ナズナ 〜中学生編〜

雲空

第1話

 一目惚れは本当にあるんだと、柏木由莉かしわぎゆりは直感した。彼女があまりにも美しかったからである。ステージに立つ彼女の一挙手一投足に、ただ一人、由莉だけが目を奪われていた。

「由莉、由莉!」

ハッとして瞬きをすると、目の前にふわふわのツインテールが揺れる。桐原楓きりはらかえでは手を後ろに組み、由莉の顔を覗き込んで話しかける。

「もう終わったよ。ぼーっとしてどうしたの?」

「あ、ううん、なんでもないの。ごめんね」

「ふふ、もしかして緊張した?」

「……そうかも、しれない」

由莉は頬を染め恥ずかしそうに言った。楓は優しく微笑み由莉の手を引く。

「ほら、遅れちゃうよ!早く教室に行こう!」

流れに身を任せ、体育館を後にする。由莉は走りながら一目惚れの彼女の名前を頭の中で反芻した。


 教室にチョークの音が鳴り渡る。最後の一画を書き終わると、女性は振り向きながら手を叩いてチョークの粉を飛ばした。

「私は工藤遥くどうはるかです。今日から1年間、君たちの担任をします。どうぞよろしくね」

教室にまばらな拍手が起きる。しかし工藤は満足気に進めた。

「うちは部活動の入部は自由だけど、委員会は強制だからね。はい、じゃあ今からどの委員会に入るか決めていきます。まずは順番に名前を書いていってください」

クラスメイトは立ち上がり、わらわらと黒板に名前を書いていく。

「ねえ、由莉。どこにするか決めた?」

「……うん、決めてる」

由莉は黒板から目を離さず楓に応える。

「どこにするの?」

「……うん……」

「由莉?」

「…………」

楓は軽く溜息をつき、黒板に目を移す。着々と名前が増えていくが、ある委員会にはひとつも名前が無かった。が、由莉は気にもとめず、人が少なくなると迷わずそこに書きに行く。楓は驚き由莉の傍に急いで近づき言った。

「由莉、本気?噂知らないの?」

「え、噂?」

「ほら、あの美人な先輩。色々噂されてるじゃん!」

「……えっと、ごめん、わかんない。でも凄い美人な人だったよね、私ずっと頭から離れなくて」

「とにかく!やめた方がいいよ。由莉まで変な目で見られるよ!」

「でも……、でも、私、あの人と話してみたい」

「……じゃあ私も入る!いいでしょ?」

「うん、嬉しい」

楓は由莉の何倍にも濃く名前を書き、少し乱暴に席に座った。由莉はそれを見届け、静かに座る。全員が書き終わり人数調整をすると、工藤は放課後に委員会があることを伝え、授業は終わった。


 前後の席である由莉と楓が向き合って話をしていると、女子が数人集まってきた。

「ねえねえ、柏木さん達って本当に風紀委員に入るの?」

「風紀委員ってあれでしょ、宮原みやはらさくら!」

「美人なのをいいことに援交とかしてテストの答えゲットしてるんでしょ」

「小学校でも有名だったよね!」

「……それって、単なる噂でしょ?」

次々と与えられる情報に困惑する由莉を見て、楓は女子たちの会話を切る。

「そうだけど〜、正直、してそうな見た目だったよね」

「わかる〜!」

「風紀委員って宮原さくら以外幽霊らしいし、2人もそうした方がいいよ」

「え、でも、そしたら、宮原先輩が1人で仕事することになっちゃう……」

「……へー、柏木さんって優しいんだね」

女子の低い声に肩を震わせる。拍子抜けした女子たちは「ま、なんかあったら教えてよ」と言い帰って行った。少し時間が経つと、由莉は自分の手を揉みながら机を見つめて呟き始めた。

「私ね、宮原先輩を見た時、なんか、ビビビって来て、目が離せなかったの」

「……えっ」

「頭から離れないの。私が傍にいなきゃって、なんでか思ったの。……これって、一目惚れ、だよね」

「違うよ。だって相手女子だよ。凄い綺麗な人だったからさ、きっと憧れかなにかだよ」

「でも凄いドキドキして」

「それにまだどんな人なのか分かんないのにさ、決めつけない方がいいよ。もしかしたら凄いやな人かもよ。いじめられるかも」

「…………うん」

「とりあえず、今日の委員会は絶対二人で行くからね。置いていっちゃやだよ」

「分かってるよ。ありがとう」

丁度チャイムがなり、黒板へと向き直る。どこか釈然としないまま、由莉は授業を受けた。

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