8限目 澱み
Dear my friend.
you don't care.
It's a common thing, it's something that's going to be fixed soon.
*****
文化祭まで数日となった。クラスの準備も佳境に向かい、学校中が騒がしくなる。各クラスの催し物だけではなく、各部活動の出し物などもあるし、何よりも北高には軽音バンドの音楽がある。誰もがその音楽を楽しみにしながらも、それを担う各バンドたちは意気込みと緊張を感じながら、ラストスパートの練習に明け暮れているようだった。学校中の音楽がいつもより一層強く大きく聞こえ、どこかその音の中には楽しさだけではない様々な感情が織り込まれているようだった。
大きく強く響く音の中に、どこか不協和音のようななんとも言えない違和感のようなものがある。それが本番が近づくゆえの緊張感なのか、学校一の大舞台を前にした意気込みなのか、大勢の生徒からの期待に応えなければといプレッシャーなのか――私には想像もつかない何かが渦巻いているようだった。
慌ただしくも期待と楽しみで活気づくなか、私は体育の授業を受けていた。昼間の日差しはまだまだ暑いが、夏全盛期のあの死にそうな暑さに比べると可愛いものだと思える。じっとりと汗をかきながらも、私は隣に立つ咲希が放つなんとも言えない空気に触れようかどうしようかと悩む。
数日前から珍しく咲希の醸す空気が刺々しくなっていた。何がというわけではないが、いつもより言葉数が少なく、心もち言葉が尖っている。表情もどこか暗いような、ムスッとしているようなものでそれについて触るべきかどうかずっと考える。咲希は基本的に話したいことは話すし、わりとなにかあれば自分から口を開くことが多い。態度で示して察してくれということは今までなかったと思うので、話したくなければ話さないだろう。
しかし数日続くと少し気になる。別に私や誰かに何かキツいことを言うこともないし、学校生活で困るということはない。ただ、今までこういうことがなかったので咲希にどう接したら正解なのだろうかと勝手に自分の中で考えてしまう。
話してくれたら何か力になれるかもしれないと思うが、誰にだって言いたくないこともあるだろうし・・・そんなことをずっと堂々巡りに考えて進むこともどうすることもできないまま時間だけがすぎる。
体育の授業は屋外でハードル走なのだが、暑さも相まってこまめに休憩が挟まれる。体育は文理関係なく男女が別れ複数クラスで行われるため、いつものメンツで木陰で休憩する。雑談をしつつ時間を潰す。変わらない様子の咲希は沙織や遥香の言葉に笑って返してはいるが、どこか心ここにあらずといった様子のようだった。
「あれ、NIKKUの大黒柱の直樹と一輝やん」
体育館で授業をしていた男子が早めに授業を終えたのか、体育館から出てきていた。その中には今話題の中心にいるNIKKUの二人がいた。ボーカルの辻本と、リーダーの梶 直樹が並んで笑いながら歩いている。二人は同じクラスで、小さい頃からの幼なじみらしい。ふと、辻本たちがこちらに気付く。辻本が一瞬、咲希を見て手を上げかけたがその手を止める。その代わりリーダーの直樹がこっちに向かって手をふる。
二人の存在に気づいた周囲はワッと沸き立ち、みんながみんな二人に手をふる。沙織と遥香も同じように手を振り返すなか、隣に立つ咲希は二人の方を見ることはなく視線を外して遠くを見ている。
暑い中の体育が終わり、昼休憩を挟んで選択授業となる。沙織と遥香は物理の準備があるため早めに昼休憩を切り上げて物理室へと向かう。取り残された私は、ざわめく教室のなかどこか切り離されたように静かに一緒に座っていた。
「・・・咲希、なんかあった?」
沈黙に耐えられず、体育の様子が忘れられず思わず口が開く。少し驚いたように目を見開きながらも、咲希は迷ったように口を開く。
「ごめん、ちょっと色々いっぱいいっぱいで・・・」
うつむき頭を抱える姿は高校に入って今までずっと一緒にいた中で見たことのない姿で、何をどう言えばいいのか、どうしたらいいのかわからなくなる。
「いや、私はええんやけど。なんか出来ることあればって・・・」
「ごめん、今はちょっとほっといて」
言葉を選びながら咲希を窺いみていたが、咲希は視線を合わせることなく何度も「ごめん」とだけ呟き、おもむろに席を立つ。
ぽつんと教室に残され、言いようのない孤独感と激しい後悔に苛まれる。教室に響く当たり前のいつものざわめきの中、自分だけがそこに溶け込めない異質なもののように浮いている様に感じてならない。
誰しも言いたくないことも触れられたくないこともある──そうと分かっていたのに、踏み込みすぎたのかもしれない。
いつも一緒にいたからこそ、何とか咲希の力になれたらと思ったけれど余計なお世話なのかもしれない。
普段から何かをはぐらかすこともしなければ、不機嫌や負の感情を引きずることもない。そんな咲希が、今は何もかもに気を回せないほどに手一杯になっている。見ていて私も勝手に心苦しくなるし、やっぱり友達だから何かしたいと思ってしまう。
隣にいつもの友達がいない空白を抱えたまま、私は1人で選択Bの教室へとやってくる。教室移動には少し早すぎるため、私以外に誰もいない。
寂しい教室のいつもの席で、私は何も知らない友達に勝手な自分の気持ちを綴る。
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