第二章 colored

5限目 落書き


 Dear my friend.

 you finally found me.




 *****



 変わらず毎日は、やってきては過ぎ去っていく。授業は毎日あるし、残暑はずっと暑いし、文化祭の準備で校内はザワついている。特に放課後は各クラスや部活の準備で生徒の多くが残っているし、文化祭ステージの出場権を得たバンドたちの練習音がいつになく大きく響き渡っている。


 気づけば9月も半ばに差し掛かっており、いい加減そろそろ涼しくなってくれないかと思ってならない。台風が時々くるけど、警報が出る訳でも無く雨ばかりが降るのも勘弁して欲しい。



 変わらずフィルター越しの生活をしながら、そのことが段々と気にならなくなる。慣れってこういうことなのかと実感してしまう。


 特に面白いことも、何か変わったことも無く毎日がやってくる。まあ、普通の生活をしていれば漫画や本の世界のように急に何かが始まることは基本的にないんだけど。


 いつも通り、時間割に従い今日も授業をすすめていく。4限目に現社があり、いつも通りの席に座る。変わらず日差しは強く、授業は面白くない。眠気と空腹を抑えながら、淡々と黒板の文字を模写していく。授業に面白みもなければ興味もないし、どこか他人事のように感じてしまう。


 何度目か分からない欠伸を噛み締め、自分の机を見る。机の上には教科書とノート、ペンケースが置いてある以外に変わったところは無い。


「・・・?」


 ふと、ノートの下の机の上に何か書いてあることに気づく。授業の準備をした時は一切気づかなかったが、机の上に何かが書いてあるようだった。


 誰かの落書きか・・・と思い、何気なく暇つぶしにノートを除けて見てみる。普段なら無視するのに、何故か少し気になった。



 Dear my friend.

 It's hot every day and I hate it.

 Do you like summer?



 几帳面そうな角張った文字でそう書かれている。机の上を全て確認してみたが、それだけしか書かれていない。


『親愛なる友へ

 毎日暑くて嫌になるね。君は夏が好きかな?』


 当たり障りのない内容の英文であり、逆になにか怪しい気がする。誰かと誰かの暗号的なやり取りなのか、本当に暇な人が書いてみただけなのか、それともSNSみたいに誰かとやり取りをしようとしているのか。


 この落書きが何なのか、何故か興味が引かれる。 他になにか書かれていないか、おかしな所はないか確認するが私のわかる範囲ではそれだけしか書かれていない。


 小さく角張った几帳面そうな文字は丁寧に英文を書いており、書き手の几帳面さというか性格を想像することが出来る。


 少し気になった落書きに対し、私は少し迷いながらも返事を書く。



 I hate hot summer.



 率直な思いを簡単に綴る。

 変わらず残暑の厳しさに疲弊し、早く涼しくなってくれたらいいのにと毎日思う。


 こうして返事をしたことで何かが変わるとは思わないし、変えられるとも思わない。ほんの気まぐれの行動だし、相手もそんなものだろう。


 代わり映えのしない教室で、再び授業に耳を傾ける。






 妙な落書きと、それに返事をしたことすら忘れて私は毎日を繰り返す。文化祭が近づきながらも、私はどこか他人事のようにクラスの手伝いをしている日々だった。放課後は居残りでクラスの出し物の縁日の準備を進める。縁日と言っても、簡単なヨーヨー釣りと射的くらいなので準備がめちゃくちゃ忙しいという訳では無い。


 特にそこまで楽しみでもないものに対し放課後残るのは少し面倒だが、咲希とダラダラと話しながら過ごすのは楽しかった。



 その日も変わらず授業があり、例のごとく選択Bの教室へと移動する。適当に準備をして、咲希と喋って、チャイムが鳴って、席について授業を受ける。

 そんな当たり前のルーチンのなか、ふと自分の机に目をやる。



 Dear my friend.

 I am too. I really don't like the heat.

 I wonder if autumn will come soon.



 数日前に見たのと同じ、小さく角張った文字でそう書かれていた。


『親愛なる友へ。

 自分もそうだよ。暑いのは本当に嫌だよね。

 早く秋になってくれないかな。』


 その内容は明らかに私の返事に対する返答だった。思わず周囲を見回すが誰もこちらを見ている気配はなく、急に胸がドキドキする。


 気まぐれに書いた返事が届いたことへの驚き、さらにそれに対する相手のレスポンスがきたことにも驚き、そしてどこの誰かも分からない相手と机越しに会話をしている不思議さを実感する。


 当たり障りのない会話で、相手が誰か特定する内容も書かれていない。強いて言えば、相手の特徴はこの小さく角張った文字だが、私の知っている範囲でこんな字を書く人はいない。


 相手はやりとりしている相手が私──斎藤 安芸だと分かってやっているのか、それとも単純に落書きのメッセージを書いてみて返事がきたからレスポンスを返したのか。そもそも、なんの目的でこんなことをしているのだろう。



 Dear my friend.

 Who are you?



 あなたは誰──?

 率直な疑問を相手に問うてみる。相手が何者で、私のことを知っているのか、それとも遊びでやっているだけなのか。

 私は目立つタイプじゃないから、たぶん相手も私の事なんて知らないだろうし、あえて私という個人に宛てたメッセージとは思えない。


 他の学年や教科でこの教室のこの机を使っている人なのかもしれないし、放課後部活か何かでこの教室を使っている人かもしれない。なんなら、そんなこと関係なく色んな教室の色んなところにこのメッセージを書いているのかもしれない。


 全く見ず知らずの相手のことを考えながら、少しワクワクする。

 なんだろう、この感じ。なにか新しいことを始める時のように、楽しみな気持ちと、緊張感と、はやる気持ちが溢れてくる。



 変わらずつまらない授業と学校なのに、少しだけ教室から見る外の景色が鮮やかに見える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る