枯葉

雨月 史

 落ちゆく季節

ピアノが奏でる音……。

いくつもの音が重なって

胸の奥の方まで染み渡る感覚……。

♯や♭を交えた音は

何故こんなにも深く切ないのだろうか?

もちろん曲にもよるし、

聴き手や弾き手によって

伝わるものも違うだろう。

最近はまっているのだ、

YouTubeのピアノ動画。

ジェイコブ・コーラの奏でる

「枯葉」

は今の私の心に深く響いた。


気持ちが沈んでいる事に耐えきれず、

明るく振る舞っていたけれど、

落ちゆく葉を見ながら感傷に浸るのも良いかもしれないと、昨日の朝に急に思い立って、

思いつくままに荷物を準備した。




先程からフロントガラスの先の景色が一向に変わらない気がする。頭の中が少しボーっとしてきた。もうどれくらい時間運転しただろうか?


自動車専用道路というのは信号が少ないのがメリットではあるけれど、今私はその分単調な道をひたすら運転し続けて睡魔に襲われるというデメリットと戦っている。


目の前にうつる景色の焦点が曖昧になり、

気を紛らわす為のペットボトルの飲み物も底を尽きてきた。


運転し続ける事にそろそろ現界を感じて来た時、カーブの先に長い長い銀杏いちょうの並木道が現れた。


あかオレンジの深く淡い秋の景色に、黄色い銀杏いちょうの葉の絨毯が目の前で眩く映えわたる。



「うわぁー。」


と思わず感嘆の声をあげたものの……。

このダイハツ製の小さな軽自動車の中には

その美しい光景を共感してくれる人などいない。


おかげですっかり眠気はなくなったけれど、……少し淋しい気持ちになった。

この時期は理由わけもなく、

温もりを求め人恋しくなるのは

私だけだろうか……。



「いやいや一人になる為に来たのだろう。」



と自分に一喝してこの先にある目的地へとアクセルを踏み込む。冬場はスキーゲレンデになる高原道を力の無い軽自動車が「ブォーン」と悲鳴を上げながら進む。奥に進めば進むほどに、細く曲がりくねった山道を登り切ると、ようやくキャンプサイトにたどり着く事が出来た。



「さてと……。」

レジャーシートを広げて

大きな荷物を五つ並べる。

少し大きめのクーラーボックスに、

一目惚れして買った焚き火台。

着替えやタオルをまとめたバックに、

ウォータータンク。

そしてこのテントだ。


「よし。頑張ろうっと!」


はじめてテントを建てた時は前日にYouTubeのテント建て動画を2、3度見て2

建てた。曖昧な記憶を辿りながら、あーでも無い、こーでも無いと、やーやー言いながら

、完成した時に2人で手を取り合って喜んだ。

その後二人でサイダーをプラスチックのカップに注いで、冷凍のベリーミックスをいれる。あの夏二人で飲んだベリー入りのサイダーは格別だった。


2回目は彼が一人で建てたいと言ったので、

黙々とテントを建てるを見ていた。

要領よく以前より早く建てたので驚いた。

その感動半分、物足りなさ半分……。

春の風が「心地よい」を通り越して肌寒くすら感じた。それでも心は満たされていた。

それから二人で温かいコーヒーを飲んだ。



そして今日3度目の挑戦。

今回は私一人で試みる。

インナーテントを広げて、

ポールを全部だす。

テントを支える中心のポールはメタリックなオレンジ色の物。

それをクロスさせて、弓なりにしならせる。


私だって一人で建てられる。

昨日何度もYouTubeを見て、

それからノートにまとめて、

頭に叩き込んできた。

……なのに一つ一つ組みながら思い出すのだ、彼と組み上げたあの日の事を……。

結局前日にまとめたノートなどほとんど見ずに、YouTubeの画像を思い出す事なく、

無事にテントは組み上げられた……。



「ファイアーグリル」という名の付いたシルバーの焚き火台に薪を組み上げて、

それから水をくみに行きながら、

火付け様に落ち葉を拾いに行く事にした。



春には緑色の高原が満開のソメイヨシノでピンク色に染まる。それはそれは目を見張るような美しい薄紅色の花びらがくうを舞うのだ。

それから桜の木は新緑の季節を迎えて……。

なるほど今日初めて気がついたけれど、


「桜の葉って紅葉こうようするんだね。」


と1人で感心。

その黄色から橙色を経て紅色に染まっていく過程にセンチメンタルな気持ちになりながら、ザクザクと枯葉のつもる道を歩く。

持って来たスーパーの袋に無造作にザクリザクリと落ち葉を詰めていく……。



それで誰もいない紅葉樹の山道で、

物悲しげな口笛を吹きながら歩く。



「枯葉」


The falling leaves drift by the window

The autumn leaves of red and gold

I see your lips, the summer kisses

The sun-burned hands I used to hold


枯葉が舞い落ちる 窓の外で

赤と金に色づく秋の枯葉

あなたの唇 夏の日の口づけ

日焼けした手 握ってた


Since you went away the days grow long

And soon I'll hear old winter's song

But I miss you most of all my darling

When autumn leaves start to fall


あなたが去ってから 一日が長くなった

そしてすぐに 懐かしい冬の歌が聞こえてくる

でも一番あなたを恋しく思うのは

秋の枯葉が落ち始める頃





テントに戻ってくると、

たくさん拾ってきた枯葉を薪の間に詰めた。

程よく空気の入るように、

ふんわりと、ふんわりと……。

それからマッチを擦り付けて、

枯葉の中に放り込む……。

マッチを擦った時の匂いが私は好き。

ライターやチャッカマンでは味気ない。

小さな炎は、

パチリパチリと、

静かにうちぜて、

乾いた薪にじんわりと、

赤い火を灯す。

その爆ぜ燃えゆく火の粉を、

小さな椅子に座ってじっと魅入る。

時々吹き荒ぶ木枯らしが、

その小さな炎を煽り、

揺らめきながら、

パチパチと激しく燃えていく。



炎がおさまり、薪がオレンジ色に染まってきたところで、クーラーボックスからアルミに包んだサツマイモをだして、火の中に放り込んだ。それとは別に小さなお鍋には牛乳を入れて、カセットコンロで沸かす。そこにインスタントコーヒーをいれて小さな泡立て器でよく混ぜる。そこに小さなは瓶のウィスキーを15ccほどいれて大きめのマグカップに注いだ。



「うーん。温かくて、美味しいな……。」



私は来年の春から東京に行く。

彼とは就活の最中にお別れしたのだ。

理由は……、なんだったかな?

なかなか会えなくて、

ろくに話す時間も持てなくて、


「でもそれは仕方がない!!」


って思っていたけれど……。

時間が経てば別れた理由すら思い出せないくらい、きっと些細な喧嘩だったのにね。

コーヒーを啜りながら啜り泣く。

ポロポロと涙を流して、

暮れゆく夕日と

揺らめく炎と

落ちゆく色づく枯葉たちが、

自分の役割を終えて、

無の境地にかえっていく……。


やがて冬を迎えて、

落ちていった物たちは、

春を迎える為の肥となるのだ。


「白秋」という言葉がある。

そう、あの「北原白秋」の「白秋」だ。

彼はこの言葉をとても気に入っていたらしい。



色で季節を現すと秋は白なのだ。

意外な感じだけれど……。



枯葉の舞い落ちる秋の物哀しげな様子が、白い色に例えられているとか……。


「白」というか本来は無色透明のイメージだったらしい。無に帰るといった感じなのだろうか?


そうか私の心は今は「白い」のだ。


季節は過ぎてやがて冬(玄冬)を迎える。

玄冬げんとうの玄は玄人くろうと

のクロ。つまり冬は黒。

その黒い冬を耐え抜けば、

「青い春」つまり再び「青春」が訪れるのかも知れない。


なるほど……時には1人もいいかも知れない。

人は一人では生きていけないけれども、

1人になる時間も必要なのかもしれない。

いつも笑って過ごす事はない。

時には一人で悲しみに耽って

涙を流してもいいんだ。


彼との時間は終わりを告げたのだ。

過去はみんなこの朽ちた枯葉の様に、

この焚き火で燃やしまう事にした。


「あ、熱!!」


軍手でアルミを剥がしながら、

焼き芋をハフハフしながら食べて、

それからウィスキー入りのカフェオレを

飲み干した。

見上げると満点の星空に大きなお月様が顔をのぞかしていた。

寒くて暖かくて気持ちの良い秋の夜だった。



             end

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枯葉 雨月 史 @9490002

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