5-2
エイブラとその息子に対する怒りや憎しみ、嫌悪がぶり返して胸を騒がす。
それが少し落ち着くまで待ってから、言葉を続けた。
「――修道院へ入る以外に、もっと確かな方法が一つあった。エイブラには敵も多いの。王家の方々はともかく、家格や財力でほとんどの人間は比べものにならないけれど、一つだけ拮抗しているところがあった」
感情の波風をたてぬように言ったつもりが、ヴィートは弾かれたように目を瞠った。
まさか、と低く短いつぶやきがこぼれる。
「あの坂の上の神殿……太陽の神殿の神官長よ。言葉よりも先に信心を覚え、己の言葉よりも戒条の言葉を発したほうが多いほどとされ、己の死すら信仰の証拠にかえるであろうという筋金入りの神官――」
「……聞いたことがある。バーナード氏か」
ええ、とわたしは短く首肯した。
太陽の神殿は各地にあるが、あの坂の上の神殿はとりわけ特別だ。その昔、太陽に生け贄を捧げる儀式があって、かの神殿で儀式が行われたのだという。古くから存在し、権威ある場所なのだ。必然、そこのもっとも信仰心篤き神官が神官長となる。
大神官はすべての神官の頂点に立つといわれているが、都心部にあって形式的な意味が強いのに対し、神官長は実際にもっとも敬意を集め、他への模範として信仰を保つことを求められ続ける者ともいえる。
ただでさえ正反対といえる立場なのに、清貧そのもののバーナードと、その真逆の生活を送るエイブラとでは油と水ほども相容れない。
「世俗の人々は金銭で動かすことができるけれど、神殿の関係者ともなればそうはいかない。神官は人々から一目置かれる存在であり、その神官たちから絶大な支持を集めている神官長ともなれば、エイブラといえどもバーナードは厄介な存在よ。バーナード氏自身も苛烈な性格で、たびたびエイブラに対して手厳しい批判を加えている。エイブラはバーナード氏に弱みをみせまいと神経を尖らせているわ。――だから、バーナード氏を頼ったの」
ヴィートはまたわずかに片頬を強ばらせた。自分ではなく、面識すらないバーナードを頼ったという事実が彼を傷つけてしまったのかもしれない。
――こちらが頼ることで、エイブラを忌み嫌うバーナード氏にとっても有用な攻撃材料を与えるわけだから、単純に利益が一致したのだ、ともっともらしいことを言ったところで、言い訳にしか聞こえないだろう。
そしてこの先の言葉に言い淀んで、わたしは無意識に目を伏せていた。
「……それから?」
わたしのためらいを察したように、ヴィートは言った。
少しの間、わたしは言葉を探しながら息を整えた。
「……バーナード氏はエイブラとその息子の非道に憤ってくれたわ。この件を公にしてエイブラを非難してもいいと言ってくれた。でも、いくら当代一の敬虔な神官とはいえ、ただで悩める者を助けてくれることはなかったというわけね」
そう吐き出した自分の口元がかすかに引きつったのは、軽い嘲りが抑えきれなかったからだろうか。
エイブラほどではないにしろ、バーナード氏も決して、世間でいわれるような模範的神官ではなかったということだ。
「見返りを、求められたと?」
ヴィートの顔が険しくなり、その声がはっきりと鋭利な糺弾の響きを帯びる。
ええ、とわたしは短く、できるだけ無感情に言った。
「金銭を要求されたのではないわ。バーナード氏もそこまでは落ちていない。求められたのは……フォシアの身よ」
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