5-1

 ヴィートが大きく目を瞠った。困惑、驚愕――かすかに息を飲み、それから彼もまた顔を歪めた。まさか、と低い声がこぼれる。


「フォシアは嫌がったわ。とても。エイブラの息子は、いかにも将来を約束するというふうで何人もの令嬢に近づいては、もてあそんで名誉を著しく傷つけている。そうでなくとも、フォシアにとって誠実さの欠片もないエイブラの息子など嫌悪と恐怖の対象でしかない。両親だってフォシアを守ろうとした。でもエイブラの息子はそれで余計に醜くしがみつくようになって、に泣きついた」


 ――これまでと同じように、と呪いと侮蔑をこめてわたしは言った。


「……知らなかった。なぜ、相談してくれなかった?」


 ヴィートは悔しさでも覚えているかのように歯噛みして、わたしに向ける眼差しに鋭さを加えた。

 わたしは目を伏せる。


「……巻き込んでしまうと思ったから」


 歯切れ悪く、そう答える。――半分真実で、半分は嘘だ。

 外聞が悪いというのもあったし、なんとか内々で処理して――いずれフォシアとヴィートが婚約するなら、厄介ごとなど知られないほうがいいと思ったからだ。


「どこまでも、俺はルキアにとって部外者なんだな」


 ヴィートはかすかに自嘲するように言って、わたしの肩が揺れた。

 声を荒らげて糾弾されずとも、ヴィートを傷つけてしまったとわかるのが何よりつらい。

 深いため息が耳をつく。押し殺した息を無理矢理逃しているかのような。


「……それで、エイブラは何をしたんだ?」


 ヴィートは眉間に深く皺を刻んで言う。

 わたしは手を握り、苦さと忌々しさを噛みしめた。


「はじめは、穏便な人物を装って接触してきたわ。フォシアを息子の婚約者に欲しいって。家格ではとうてい釣り合わない。エイブラのほうが上よ。だから両親も断らないと思ったのでしょう。でも、両親は断ったわ」


 両親がフォシアを溺愛しているのは、わたしが誰よりも知っている。

 ――それを抜きにしても、フォシアは若く美しい娘だ。こんな考えはいやだけれど、引く手数多で、手駒としては非常に有用なのだ。エイブラは有数の富豪だが、他にもいい嫁ぎ先はたくさんある。


「……それでもエイブラは……正確にはエイブラの息子がというべきかしら。諦めなくて、何度も持ちかけてきた。それが高圧的な態度になり、脅迫に変わるまでさして時間はかからなかったわ」


 父にしろ息子にしろ、欲しいと思ったら手に入れないと気が済まず、後で捨てるくせにとにかく一時でも手に入れて貪らなければ気が済まないということだろう。

 父親はうまい捨て方をするが、息子は下手という違いだけだ。


 ――唾棄すべき親子。

 わたしも両親もフォシアも、そんな思いを同じくしていた。


 知らなかった、とヴィートはまたうめくようにつぶやき、歯噛みした。


「フォシアが逃げるためには、修道院に入るしかないようだった。でも修道院すら、抜け道がないわけではないわ。エイブラの財と人脈を用いれば、修道院から引きずり出すことも難しいことじゃない。なにより、どうしてあんな忌まわしい親子のために、フォシアが残りの人生を閉じこもって過ごさねばならないの?」


 わたしの声は自然と荒くなる。

 修道院は、傷つき悩んだ者が信仰だけを頼みに最後に行き着く場所だ。また、女性だけの修道院もいくつかある。神殿よりもひろく、世俗に疲れた人々を受け入れる。

 基本的には俗世と隔離されるはずだが、いまや純粋な信仰と存在意義を保っている修道院のほうが少ないだろう。



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