3-2

「俺は、ルキアにとってフォシアの半分ほどもないのか。ルキアの中で、俺はこれほど簡単に切り捨てられる存在でしなかったのか」

「! そんなこと……っ」


 投げかけられた言葉が胸を貫き、とっさにわたしはそう反論した。

 ――ヴィートがこんなふうに思っていたなんて。

 けれどわたしの言い訳を遮るように、ヴィートは言葉を被せた。


「いっそ本当に嫌いになってしまえたらどんなに楽だろうな。俺をあっさり捨てて神殿に入ろうとするルキアなんて。待っても結局振り向いてすらくれないと突きつけられただけだというのに」


 とんだ道化だ、とヴィートは自嘲する。

 怒鳴るでもない、皮肉まじりの静かな糾弾はわたしから言葉を奪った。ぎゅっと胸が締め付けられて、言葉が出てこない。


 ヴィートをこんなふうに傷つけてしまっていたなんて。

 絞められたように感じる喉を必死に叱咤して、ごめんなさい、と震える言葉をこぼした。

 ――それでも、とっさに脳裏に浮かぶのはヴィートとフォシアの仲睦まじげな姿だった。

 世間が、噂にするほどの。


「でも……あなたはフォシアと仲が良さそうに見えたから。その、わたしよりよほど相性がいいのではないかと思って」

「……だから俺を捨てたと?」

「ち、違うわ! ただ、二人が一緒にいるほうが幸せになるのなら……」


 その先の言葉は濁すしかなかった。ヴィートを捨てるだなんてありえない。だがそれならばなぜと言われたら、自分が恥ずかしく思えてくる。

 ――わたしは、二人に嫉妬していた。


 ヴィートはまた唇の端を鋭くつりあげた。誰ともなく嘲るような表情だった。


「それで身を引こうとしたと? ……ますます俺は道化だな。フォシアと接する機会が多かったのは、ルキアという共通点があったからだ。俺は、ルキアの好みや考えをフォシアにたずねることが多かった。時に……フォシアに、少しルキアと距離を置いてくれとも言った。そうでもしなければ、ルキアは俺に振り向かないから」


 わたしはまた、何度目かわからぬ衝撃を受けた。

 ――ああ、まさか。

 胸の底で重くわだかまっていたものが、一気に解けていく。


「フォシアにとって、俺は唯一の異性の友人だという。実際、フォシアから親愛以上のものを向けられたことはないし、俺は他の男のような目でフォシアを見ていない。そして互いにルキアという共通項がある。いずれ義兄になるのが楽しみだと言われたし、俺も、フォシアはほとんど妹のように思っている」


 ――それに、とヴィートは一拍の間を置いて、続けた。


「……フォシアに良くしたほうが、ルキアから好感を持たれるだろう? もっとも、それが逆効果になったみたいだが」


 ヴィートは唇の端をつり上げる。

 びく、とわたしの肩は勝手に揺れた。

 いまこの瞬間に、胸に去来したものをどう表現したらいいのだろう。


 ――フォシアを利用されたことへの怒り? あるいは、ヴィートがそこまで自分を想ってくれたことへの暗い喜び?


 黙りこむわたしをどう捉えたのか、ヴィートの口元からあの鋭い笑みが消えた。



 ふいにその言葉が耳に飛び込んで、わたしは息を止めた。

 ――かつて他ならぬ自分が彼に投げかけた言葉。

 なのにいま、まるで、いまのわたしを咎めるような響きだった。


「……言葉にしろと、ルキアはずっと言っていたな。こんな本音を言葉にしてしまえば嫌われると思っていた。だが、黙っていても意味をなさないのだから、もういい。俺は、ルキアほど善良でも慈悲深くもない」

「! ち、ちが……っ」


 ――俺は、ルキアほど善良でも慈悲深くもない。

 その言葉が、ふいに横頬をたたいた。ヴィートにそんなつもりはないのだろう。だが強烈な皮肉を浴びせられたようでかっと頬が熱くなる。


 かつ、とまたあの音。

 それが最後の一歩だった。

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