第40話 北北西に進路を取れ①
(三人称視点)
龐統の考えた『すきい部隊』の兵、およそ二百。
モーラ騎士団・副団長であるウルリクに率いられた精鋭部隊である。
……というにはいささか奇妙ないでたちをした部隊編成と言えよう。
防寒具を着込み、背中には大型の
皮革製の箱型の物で収納性に重きを成した|背嚢《はいのうは、非常に物々しいが身なりは比較的、軽装というよりも身軽と言った方がしっくり、くるような装束だった。
両手には掴みやすい取っ手の付けられたスキーストックを持ち、両足にはスキー板を履いている。
オルシャ湖岸の雪上を月明りだけを頼りに黙々と行軍する一行の姿は、一種異様ですらある。
彼らがひたすら、目指すのはオルシャ湖の北西にあるヴァームフスの町だった。
龐統の立案した作戦は極めて、単純明快だ。
モーラを狙い、敵が出払っているのであれば、その間、敵の本拠はがら空きである。
空き巣紛いに急襲すればいい。
「うおー。さすが先生だ」と盛り上がる少々、脳まで鍛えすぎた面々に龐統は何とも言えない表情になり、隣でゴンドゥルが「ひっーひひひひっ」と気味の悪い笑い声を上げるのもお約束となっていた。
「愚行するに普通に攻めるのでは落とせんよなあ。なら、どうするね? そう。頭を使うのだよ」
「頭突きですか! 俺、頭の固さには自信があるぜ」
がっはははと豪快な笑い声を上げるエーリクに龐統の下顎が落ちそうになり、頬は引き攣っている。
脳を鍛えすぎた者どもは「さすが、若様だ」「さすわか」とさらに盛り上がるのだから、付ける薬すらない。
「シゲン。頭突きで壁を破るのか。ひっーひひひひっ」
「んな訳があるか。頭の外ではなく、中身を使うんじゃい」
「シゲン。言葉がおかしくなっている」
龐統の血圧が急上昇しそうなやり取りがされるのはいつものことなので、周囲も淡々としたものである。
「ドリーさんや。用意出来そうなのはどれくらいかね?」
「多くて二百。それ以上は無理」
「十分であるよ。それだけの数がいれば、いけるだろうて。ウルリク君はその何だ……すか……すこ」
「シゲン。スキー」
「そう。すきいとやらは得意なのだね?」
「自分は町内ちびっこスキー大会で三年連続優勝しております!」
「うむ?」「ふぅん」と何とも気の無い返事をして、顔を見合わせる龐統とゴンドゥルの様子から、明らかに期待外れであるという反応をされているのに当の本人は全く、気が付いていない。
「まあ。君しか適任者がいないから、仕方ないなあ」
「自分にお任せください。どーんと!」
「うむうむ。泥船に乗ったつもりで任せるとも」
「シゲン。泥船。タヌキ。泥船。沈む。ひっーひひひひっ」
いくら副団長という地位にあるとはいえ、子供の頃にスキーが得意だった程度のウルリクをヴァームフス急襲部隊の隊長にしなければいけない。
そんな切羽詰まった事情が龐統の策には含まれているのだ。
ヴァームフス領主オロフには一人娘ロリがいる。
オロフは愛妻家としても知られていた。
妻アグネスに百七回の交際を申し込み、毎回断られながらも百八回目にしてようやく、その心を射止めた逸話『百八回目の求婚』は大衆小説として人気を博し、演劇にもなったほどだ。
愛してやまない
目に入れても痛くない程に溺愛するのも至極、道理であると言えよう。
このロリが『きれいなもの』に目がないことはよく知られている。
龐統はここを狙い撃ちにする策を思いついたのだ。
『連環の計』では美女を使ったが、美男子を使えばいいだけではないかと……。
そこで抜擢されたのが騎士団きっての美丈夫ぶりを知られるウルリクだった。
剣の腕に関しても副団長にまでのし上がった実力者である。
急襲部隊を率いる統率力に関しても問題がなかったのでこれほどの適任者がいなかった。
問題とされたのはスキーの腕だけである。
案の定、子供の頃に得意だっただけで成人してからは一切、滑ったことがないという点にいささかの不安を感じない龐統だったが、今更、策を変える時間はないのだった。
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