第38話 シゲン、ワクワクムカムカする

「あやつは一体、何者ぞ」

「アレはエインヘリヤルではない。シゲン。お前とは違う。アレは……」

「まさか!? もう一人の方かね?」

冥府の女王ヘルの加護を受けし者」

「へいへい。名からして、面倒と分かったぞ」


 冥府の女王か。

 あの時、ワシをドリーに譲った少女のことで間違いなかろうて。


 冥府とは恐らく、黄泉の国のことだろうよ。

 それはまた、えらく厄介なところに目をつけられた相手だ。

 敵さんだけに他人事ひとごとで語れんところが辛いところだな。


 ワシには全く、興味がなさそうだったが、単に面食いという訳ではあるまい。

 あの女子おなごの目には覚えがあるぞい。

 ありゃ、恋する乙女の目とみて間違いなかろうて。


 ワシとかみさんは家と家の事情で結婚したよくある政略結婚だった。

 好きとか、嫌いとか。

 そういう心のありようを無視して、顔も見たこと無い相手が「お前の嫁だ」と紹介された訳だ。


 吃驚びっくりしたのはかみさんの方だろうよ。

 夫だと紹介されたのが、ワシのような風采の上がらん男だったんだからなあ。


 しかし、不思議なこともあるもんだ。

 ワシとかみさんの間に情はなかった。

 なかったのだがいつしか、生まれるものなのかもしれん。

 ワシにとって、かみさんが一番になり、かみさんにとって、ワシが一番になった。

 それだけのことに過ぎんのだよ。


 かみさんはワシのどこを気に入ってくれたのか、分からん。

 だが、あの女子おなごはかみさんと同じ目をしとった。


 うむ。

 つまり、あの女子にとって、あの目を向ける相手しか、見えてはおらんのだろうよ。

 顔だけで選んだという訳ではないな。


「いい勝負のようだが?」

「女王の加護は厄介……」

「ふむ」


 大きく振りかぶったエーリクの大斧の渾身の一撃を軽く、いなすように槍の穂先で滑らせ、受け流すハクヤクとやらの技量は中々、どうして侮れんぞ。

 しかし、返す刀で繰り出されたハクヤクの三連突きを驚異的な動体視力で、避けてみせるエーリクもたいがいに人間離れしておるようだ。


 実に面白い。

 剛のエーリクと柔のハクヤクの激突と思いきや、それが逆転する。

 どちらの技量も優れておるからこそ、緩急を使い分けた激戦が繰り広げられるのだなあ。

 うむ。

 こりゃ、エーリクがおらんかったら、今回の策は完全に失敗しとったな。


 しかし、軍師という立場ではついぞ体験することのなかった一騎討ちを傍観者としてにせよ、見届けられるのだ。

 何とも新鮮な気分である。


 ワシ、ワクワクしてきた。

 してきたんだが、何かが気になるのだよ。


「二人とも無駄にきれいな顔でワシ、ムカムカしてくるんだが」

「シゲン。そこなのか」

「そこなのが何か、問題かね?」

「問題ない。それがシゲンだ」


 何? どういうことかね?

 ワシの扱い、酷くない?

 顔が全てということかね。

 そういうのはいけないと思わないかい?


「シゲン。頃合いだ。空に向かって、叫ぶがいい」


 分かっとるよ。

 ワシにも分かっとる!


 エーリクが派手に暴れてくれたのも作戦通りである。

 あちらさんに想定外の面倒そうな男が現れたが、うまいこと釣られてくれた。

 今こそ、やるべきであろうなあ。


 あまり、気は進まんが仕方あるまいて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る