第33話 龐統、虚に対して虚を突く

「増えておるなあ」


 氷上艇とやらが続々と集結している。

 もはや子供が見ても分かるだろうて。


 一面が真っ白な氷原に異質の物がうじゃうじゃと出てくれば、嫌でも目立つというものだ。

 それも狙いの一つではあるのだろうよ。


 戦とは何も実際に刃を交えるだけが戦ではない。

 実際に兵を出して、動くのは下策である。

 下策ではあるが、今回の敵さんは下の下ではなく、下の上を狙ってきたというところか。

 こちらに対して、威圧感を与え、戦わずして勝ちを狙ったんだろうて。


 少しくらいは頭の働く者がおるようだね?


「戦いは数だ、シゲン。そういうことか」

「そうともいうなあ。だが、数だけで見るのはいかんよ。如何いかんともしがたい」

「ひっーひひひひっ。シゲン。やるようになった」

「何の話かね?」


 いかんなあ。

 ドリーの調子に合わせるとワシまでおかしくなるではないか。

 いかんいかん。


 ふむ。

 分かったぞ。

 氷上艇はどうやら、既存の小型帆船の船底にブレード状の金属を取り付けただけの代物だ。

 風が無ければ、満足に動くことも出来ない。

 元からあった船舶に手を加えただけの急造品ではなあ。


 アレは臨機応変に動ける代物ではない。

 自由に動けるのは氷上だけとみて、問題なかろうよ。


 ならば、船を降りなくてはまともに戦えんか。

 ふむ、そうか、そうか。


「しかし、これはなあ……うむむ」


 籠城戦の折に西門以外を防御に適した楼閣へと改築した。

 されど不要になったので堀を設けた南門を除き、元に戻してしまった。

 閉鎖したままでは生活が不便であると踏まえてのことだ。

 何より、民があり、生を営んでこそ何ぼのものであるからなあ。


 ある程度、防衛しやすい簡略化された楼閣は設けてあるから、機能的な改善を施されてはいるんだが……。


「ドリーさんや。雪の上をすいすいと行く……何だったかな。す……すーなんたら」

「スキー」

「そうそう。そのすきいとやらはいけるのかね?」

「シゲン。私を誰だと思っている?」

「ドリーさんだが?」

戦乙女ワルキューレ一のスキープレイヤーとはこの私」

「へいへい」


 そりゃ、ドリーさん。

 元の姿の場合だろうて。

 あまり豊かではない胸を張っても今の君はちんちくりんなのだよ。


 幼子の姿では出来ないことの方が多かろうに……。

 この負けん気の強さであるよ。

 戦乙女とやらはそうしていないと死んでしまう生き物とでも言うのかね?


「ならば、すきい部隊は出れるかね?」

「問題ない」

「ふむ。それはよきかな」


 本来、少ない兵力を分けるのは得策ではない。

 兵法の基本は大をもって、小にあたる。

 兵少なきは退くべきであるからなあ。

 しかし、完全に虚を突かれた以上、なりふり構ってはおれん。


 ドリーの見立てですきいの得意な兵の選抜も終わった。

 すきい隊は副団長のウルリクに任せることに決めた。


 モーラを守る要となる重装歩兵隊を率いるのはエーリク殿。

 フリンフランシス殿には今回はお留守番を願うしかない。

 ブリギッタを抑えられるのは父親しかいないのでこればかりは仕方あるまい。

 あのじゃじゃ馬娘は下手をしたら、陣頭に立ちかねない以上、これが最善である。


 ウルリクの腕が申し分ないものであることは分かっておるとも。

 馬上にありながら、ワシを一撃で卒倒させた手並みは見事であった。

 ただ、すきいの方はドリー曰く「人並」しかないようだ。

 少々、気がかりではある。


 しかも籠城戦での一件以来、忠犬のように甲斐甲斐しくなっておる。

 いささか気味が悪いくらいであるよ。

 掌返しとはこのことであろうなあ。

 覆水盆に返らずではあるが、ワシはその辺り、割と気にしないのだ。


 立っている者は親でも使えと言うではないか。

 利用出来る者はとことん利用してこその軍師である。

 ウルリクも使えるうちは使ってやろうではないか。


「ふぉふぉふぉふぉ」

「お主は悪よのう。ひっーひひひひっ」


 あの陣立てを見る限り、本拠はもぬけの殻と見て、相違あるまいて。

 それだけの自信があるのか、底抜けに抜けているだけなのか……。

 この地の民を見ている限り、後者であろうがなあ。


 如何いかに疑念を抱かせず、モーラにヤツラを引きつけておくか。

 ここにかかっておるな。

 ここはエーリク殿とワシの奮起にかかっておる!

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