第6話 ワシ、参上!しないよ

 ワシとドリーは息を殺して、藪に潜んでいた。


 さすがにこの状況だ。

 ドリーはワシの背中から降りて、隣にいる。

 いささか距離が近い気もするが、小さな女の子なのでどうということはない。


 元の姿のドリーであれば、理性を保つのは難しかったかもしれん。

 だが、ぺったんこなちびすけに欲情する性癖はワシにはないのだ、多分。


 かなりの美少女だが、大丈夫だ。

 問題ない、恐らく。




 さて、ワシとドリーがなぜ、藪の中にこうして、潜まねばならなくなっているのか。

 事の発端を辿るには少々、時をさかのぼらねばなるまい。


 ドリーをおんぶして、ひたすら道なき道を歩んでいたワシの耳に不審な物音と不穏な悲鳴が聞こえたのだ。


 断片的にだが「助けて」「誰か」「お嬢様」といった単語が聞き取れる。

 間違いない。

 ワシの耳は地獄耳なのだ。

 どんな悪口も聞き逃さんぞ、孔明!


 おっと話が脱線したが事件の匂いだぞ、これは。

 何かしらの良からぬ事態が起きているのは確かである。


 ワシの推理は当たっていた。

 道の脇の藪に何かを隠そうとしたんだろう。

 不自然に積まれた大きな葉の束。

 明らかにおかしいだろうて。


 ドリーは未だ寝たままだが、こういう場合に見て見ぬふりをするなとは言わんだろう。

 士大夫したいふたるもの『義を見てざるは勇なきなり』が理想である。

 理想とは必ずしも必ずしも実現出来るものではない。

 だが、目指してもよいものだ。

 ワシとて男である。

 時に夢の一つを見たいものなのだ。


 早速、葉の束を確認すると、正しく大当たりだった。

 べったりと血糊ちのりがついた馬車であった残骸と数人の男の遺骸が乱雑に重ねられている。


「酷いことをするもんだ」


 すぐにバレないように脇へ隠したというところか。

 だが、まだ希望はあるのではないか?

 悲鳴が聞こえたということは生存者のいる可能性が高い。




 そして、ドリーと藪に潜み、機会を窺っている訳である。

 ワシらに見られているとも知らずにこれから、良からぬことを致そうとする輩どもが、下卑た笑い声を上げている。


「や、やめて……助けて」


 輩どもの前には服の用途をほぼ成していない程に泥で汚れ、引き千切られた憐れな姿の少女がいる。

 年の頃はドリーが小さくなる前と同じくらいか、幼いかもしれない。

 まだ、十代半ばにも達していないのではないだろうか?

 いたいけな乙女が悪辣な輩どもの毒牙にいままさにかからんとしているのだ。


 どげんかせんといかんぞ、ワシ。

 だが、しかし!

 何の考えも無しに動くのは愚策。


 兵は神速を貴ぶのが兵法である。

 だが、いきなり乗り込んだとしても多勢に無勢ですぐにやられるだけのことだ。

 それでは意味がない。


 ワシは一軍を預かる軍師だった。

 こういう場合はまず、どうするべきか、考えるのだ!


「シゲン。お前はフェニックス。迷わず、行け」

「フェ、フェミなんだって?」

「うるさい。とっとと行け」


 あろうことか、ドリーのヤツめ。

 ワシを無理矢理、藪から叩きだした。

 あの小さい体のどこにあのような力がなどと考える余裕もなく、ワシはだらしなく、地面と接吻をしている次第である。

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