その辺に生えてる雑草が、万病に効く薬だった件
都如何孫山羊子
第1話
その辺に生えてる雑草が、万病に効く薬だった件 磨猿脳巳
「あれは、およそ三日前の出来事でした……」
私の目の前に座った男性は深い前傾姿勢で手へそのあたりで組んで喋りだした。
私はその見たことないほど曲がった背筋が、果たして元に戻るのかが気になってしまう。
「私は、その日妻と…………に行って、そこで見たんです。????なXXXXを!」
やばい、背中ばっかりに気がいって、話に集中できない。
ボイスレコーダーにキスでもしようとしているのか――とか、そんなこと考えると更に思考が乱れる。笑っちゃう笑っちゃう。
うん?
「えっと、ボイスレコーダーはマイクじゃないんで、そんなに近づかないで大丈夫ですよ」
「あっ、そうなんですか!?」
男性は普通の座り方に戻った。背筋は私が人生で見た誰よりも伸びていた。
◆
数日前、人気のないサービスエリアで、首吊り死体を見た。
しかし、一瞬でその死体は消え去り。幻覚か何かかと言っていたが、夫婦共に同じものを見ていたので、恐怖から霊能専門の私の事務所へ赴いたということだった。
「んで、ここがそのサービスエリアか……旅行してたなら先に言って欲しかったなぁ」
依頼を受けた後に、場所を聞いてあらビックリ。県を三つ飛び越えていた。車で四時間である。
風が吹いて、私は身震いをする。これから夏到来だというのに、ここは少し肌寒い。海が近いからだろうか。
私が、髪を風になびかせてオープニング風に演出している中、車の運転席から降りてきた男は、情緒を破壊するが如く車の扉を勢いよく閉めて、声を張り上げた。
「ここっすか!? ほんとに人の気ないっすね! でも、なんかアヤシ~感じ!!」
相棒(建前)兼運転手(本音)の猿谷言気。大学の頃の後輩で、今はフリーターとして夢に向かって頑張っている。大学のときには自分のキャンプ用品店を持ちたいと言っていたはずだが、今日聞くとVtuberになりたいらしい。いったいこの三、四年で彼に何があったのだろうか。
名前は「げんき」と読み、正しく彼にぴったりな名前だが、彼自身はこの名前をあまり受け入れてはいないらしい、なんでも名前を言うと絶対に笑われるからだとか。
だから、知り合いは全員彼のことを猿谷からもじってサニーと呼ぶ。彼と親交が深かった私は「谷くん」と呼んでいた。え? サニーって呼ぶほうが仲良さそう? 知らん知らんそんなの。決して日本人を横文字で呼ぶのがアメリカかぶれでイキってるみたいでダサいとか思ってない。
「うるさいわよタニィ!」
私が「黙れ」と言う前に、谷くんに叱咤を飛ばしたのはまたもや大学時代の後輩。「エイル・ヴィヴィアン(偽名)」。本名は「猿飼瞳」正真正銘アメリカかぶれの痛いやつである。苗字も名前も嫌いだと言う彼女は無理矢理周りに自身のことをエイルと呼ばせている。大和撫子系の美人なだけに、私は悲しいよ。ちなみに私は畏怖と敬意をこめて「エイル様」と呼んでいる。
「それで、ここがお話の首吊りサービスですか」
この裏切りそうな糸目メガネデータ男は「猿川掌」大学の知り合いではないが、何故か私の前にスポーンして私の事務所で事務雑用助手お茶出しをやってくれている不思議な男だ。本当に、これ以上説明することがないのも、裏切りそう度に拍車をかけている。しかし私は彼がいつ裏切るのか楽しみでならない。一つ文句があるとすれば関西弁じゃないことだ。
「そうだね。えっと、ここのトイレから出たときに、隣の雑木林に首吊り死体がぶら下がってた……と」
「そのようですが、今は何も……」
トイレを一度経由しなければならないのか、私達がサービスエリアに来た時点では幽霊の影も形も無い。
しかし……曰くも何もないサービスエリアで心霊現象に出会うなんて、運がいないというか、もはやあの夫婦に問題があるんじゃないかと思うが、まあ幽霊に出会うなんて交通事故のようなものなわけで、ご愁傷さまと言わざるをえない。
「うわーッ!! 先輩見てくださいっ! ここうどん自販機ありますよォ~!!」
谷くんが、楽しげにうどん自販機に張り付いている。
中身の見えない自販機ほど怖い存在は無いと思っている私にとって、彼は新大陸を発見したコロンブスのような存在だ。
うどん自販機の汁をがぶ飲みしている勇者を無視して、私はトイレの場所を確認する。自販機が置かれている建物の、数メートル先にトイレがあり、その隣には話通り雑木林が生い茂っていた。
私は、草木に触れないギリギリまで歩いて雑木林を覗く。最近外来生物の虫がよくニュースで取り上げられているから怖くて自然には近づけない。私は情報操作されやすいのだ。
「まぁ、何もないわな」
地面や木の上、もしかしたら人形らしきものが隠されてないかと思ったが、人生そう簡単に事は運ばない。
それに、ここに来てから誰もトイレに入ってないし、幽霊が出るとは考えにくかった。
トイレがなぜ幽霊出現のスイッチになっているのかも調べないといけないが、それよりまず首吊り死体をこの目に収めることを第一目標としよう。
トイレに入るのはまだ待って、もう少し雑木林を調べよう――と思ったのもつかの間。
服の裾を、エイル様が引っ張っている。
振り返ると、恥ずかしそうにうつむいているエイル様がいて。私は嫌な予感がした。
「……エイル様。まさかだけど――トイレ?」
エイル様は、静かに頷いた。
だって、ずっと静かだったもんな。
「よし、もう行こう! じゃあみんな、トイレに入って、今から三分後一時三十分に出てきてね!」
トイレに入り――三分。一応、全パターンが必要かと思って私は多目的……オット失礼。多機能トイレに入った。
「……出るか」
トイレに入ったので、せっかくだからと出そうとしてみたが、出なかったので、諦めてトイレから出た。
そこにはすでに三人がいて、身動き一つ取らずにただ一点を見つめていた。おいおい、マジ?
向こう、雑木林に、首吊り死体がぶら下がっていた。
「本当に、いた……というより、もしかして、谷くんと掌も見えてる感じ?」
首吊り死体を刺激しないように、小声で話す。
「見えてるっすよぉ」
「ええ、くっきりと」
返ってきた返答に、私は頭を抱えた。
「そうか~マズイなぁ」
心なしか、空気が張り詰めている。
どうやら、トイレ関係なく、一定時間滞在した人間を罠に嵌めるタイプの霊だ。
私達と、首吊り死体は睨み合っていた。どちらが先に動くかだけが、その空間を形成していた。
最初に、メンタルやられたのは私だった。
「……よし! 逃げよ!!」
私の合図で、全員が車に向かって走り出す――より先に。首吊り死体が動いた。
それは、とても私の経験では言い表せないが、どうにか言葉にするとすれば、車通りの激しい高速道路のど真ん中に突っ立ているような、恐怖。危機を感じた。
一気に、意識が持ってかれそうになる、それは恐怖、危機を払拭するようなとても幸福なイメージを植え付けようとしてきた。
浮かんだ映像で私たちは楽しそうに縄を編み、それぞれお互いの首にかけ。一気に引き絞った。
それだけが、私達の幸福のように思えて仕方なくなってしまう。洗脳、幻覚の類と分かっているのに。体に悪いと思っているのに、深夜の暴飲暴食がやめられないように。抗いきれない濁流が私達の意識を攫った。
指先に力が込められていることに違和感を覚え、手を見ると――両の手が自身の首元に迫っていた。
一瞬、気を抜いただけで、自分の手で首を締めてしまう。マズイ。思っていた以上の、悪霊だ。この強制力は、そう長く抗えない……
「タニィ! ショウの場所を教えなさい!」
エイル様が、目を閉じている。視覚情報を遮断し、霊の首吊りに誘う幻覚を見ないようにしている。さすが、『見ざる』――霊を見るも見ないも自在の霊能力者だ。
しかし、こちらの逃走の気配を感じ取った首吊り死体は、私たちの拘束を動けない程度に弱め、谷くんに集中させた。
目で捉えられないほどのスピードで、谷くんは自身の首を締める。爪が喉元に深く突き刺さり、血が滴りだす。
「右に二歩、そのまま後ろに二歩っす!」
しかし、締められた喉を、無理矢理にでも開き、どんな状況下であろうと発声することができる『言わざる』である谷くんはかすれた声で叫んだ。
そこから迅速にエイル様が二歩、二歩と進み、掌の背中に飛び乗って、掌の目を覆う。
これで、エイル様と掌が首吊りの強制から脱した。
掌は、目を覆われたと同時に、すぐさま谷くんの首から谷くんの腕を外し、引きずって来る。
首吊り死体に拘束され、根が生えたように動かない私の足を、無理矢理引き剥がせるのは、「触らざる」である掌の特権だ。
そのまま私と谷くんは、掌に車まで引きずられていく。
掌の腕に体を引きずられながら、私はじっと首吊り死体を見た。ここまで強力な力であれば範囲外に出るのはすぐだろう。サービスエリアと同じサイズぐらいだろうと予測する。
ギリギリのところで、逃げることができそうだ。圧倒的敗北。手も足も出なかった。敗走に違いはないが、私はただの敗北で終わらせる気はない。
目を閉じて、口を閉め、極力音を聞かないようにして、全身から力を抜く。
触れ合う楽しみが無いが、この能力は私の性分にあっていると常々思う。
「私の目を見ろ――フィリア!」
何故、首を吊ったのか、他人を仲間に引き込もうとするのは何故か、対話を試みたが、返ってきたものは、首吊り死体本人の、記憶だった。
人一生分、霊であった時間も含めばもっと増える。そんな映像が一気に頭に入り込んでくる。
昔、友人の200kmほどで走るバイクの後ろに乗せてもらったことがあったが、その非じゃないほどの速度と重力を感じ、衝撃で、一瞬今朝の出来事を忘れた。
だが、確かにアイツの正体は判明した。そして私は気絶した。
そこから記憶は途切れ、別の記憶が流れ込んでくる――
鮮明な首吊りの記憶、首に締まった縄の熱さとか、背中から酸素が抜けていく感覚とか、
月明かりだけを頼りに、暗闇の中、草の根かき分け――ぼやけ気味の記憶の、最後のページを読み終えた時、私は目を覚ました。
「う……うぅぅぅん……」
揺れる車内は、無事あの場から逃げられたのだと教えてくれた。
目の前には助手席の背が見える。私は、後部座席で寝かされていたようだ。
しかし、私は足まで座席に乗せて二席も占領している。どうやって四人が席に座っているのか、という疑問のアンサーは、私の左顔に存在していた。
左頬から感じる柔らかな感触と、甘い柔軟剤の香り、横になった私と人数に合わない座席の数。
つまり私は、エイル様の膝枕を堪能しているという事! である!
「先輩! 良かったわ、無事だったのね!」
エイル様の声を聞き、私は嬉々として顔を車の天井方向に向けるが、そこにはいけ好かない糸目メガネ男がいた!
「う、うわァーーーーッ!!」
驚き、飛び起きてしまう。何故ヤローの膝枕を堪能しなければならないのだ。
涙目のエイル様は、助手席から私の顔を覗いていた。
激しい頭痛に襲われ、まだギャグパートに入っていないことを思い出す。
「……みんなは、無事?」
私は、そこまでのダメージを負ってはいない。頭痛もいつものことなので、それ以外の体の異変は無いなら、私は無傷と言っても差し支えない。
しかし、逃走の工程をほとんど三人にまかせてしまった。誰か怪我してないか、心配だ。
「俺は大丈夫っす!」
「問題ありません」
「わたしも、平気です」
どうやら三人とも平気なようで、一安心だ。
「……ごめん、みんな、あそこまで強力なやつだとは思わなかった」
相談に来た夫婦が霊を見ただけであり、被害らしきものを受けてなかったので、低級の地縛霊かなにかかと思っていたが、その逆だった。
知能がある上級の霊――しかも厄介なタイプだ。
もう少し調べておけば、こんな事にはならなかったのかもしれないのに、私は申し訳なくて、皆に頭を下げて謝った。
「みんなを危険に巻き込んだのは私のせい――」
「先輩のせいじゃないっすよ! 基本的に、悪いのは悪霊っすから」
「そうですよ、先輩はわたしたちを助けてくれたじゃないですか」
しかし、食い下がるように、谷くんとエイル様が私の言葉を遮って喋る。
「僕もお二人と同じ意見ですよ」
隣に座る掌が言うと、これ以上謝罪の言葉を連ねるのはもったいないと思った。だから、言うなら一言だけにすることにした。
「ありがとう、みんな」
私は先程までの悪霊の情報を皆に共有、整理していた。
「これは確定で、やつは「
通常の霊とくらべて段違いの力を持つ厄介なタイプの悪霊を私たちは「
「首吊り限定の『死連想愛好家』――それがあのサービスエリアに居る存在の正体だ」
手っ取り早く言えば、宗教の勧誘みたいなものだ。
自分がこれを愛しているから、他の人もまだ知らないだけで、絶対に気に入るのだという理論にもなってない理屈を押し付ける。そしてそこが霊として最も厄介な部分。
除霊や昇天させるのは基本的に相手に納得し、理解してもらいこの現世を離れてもらうことであるので……
「そういえば、
「まあ、同じだよ。普通の人間と対応は」
しかしそれは生前の状況、感情を推理し、
トマトが苦手だって言ってるのに、「絶対美味いから騙されたと思って一口食べてみなよ」とかいうやつと同じぐらい。言葉が通じない。
だから普通は、祓おうと思っても祓えない。ただ一人――
「そこはまぁ、あまり活躍しない私の出番だね」
『記憶せざる』である。霊の記憶を読み取れる能力を持つ私、『磨猿脳巳』を除いて。
「ごめん! 明日も付いてきてください!!」
週に二日しか無い休日の二日ともを私の用事で消費させるのが申し訳なかったが、三人共快諾してくれて良かった。
「それじゃあ、どこか泊まれるところを探しますか?」
「えっ? ああ、そうか。明日また四時間走るのはバカバカしいし、谷くんがしんどいだろうしね」
残念なことに、私、掌、エイル様の三人は都会育ちということもあってか、免許がない。取る気もない。谷くんが死んでしまったら私は都内から出られなくなってしまう。
「俺は全然大丈夫っすよ!」
「この辺ビジホある? 民宿とか人の温かみが嫌いだからあんまり泊まりたくないんだけど」
「調べてみます」
「わたし、ベッドは大きい方が良いです」
谷くんを慈しむ気持ちはあるのだが、会話をし始めると拘束時間が長いので、無視されがちである。可哀想。
そのままそこそこのホテルで、私たちは一泊し、次の日。八時チェックアウトの時間にギリギリ間に合わなかった私は、身だしなみも整えぬまま、ボサボサの髪で目的地まで向かうことになった。
「……だれか、起こしてくれても良くない?」
ボサボサの髪の毛を整えながら私は言った。
「昨日は大変でしたから、目一杯寝かせておいてあげようって、みんなで決めたんですよ」
掌がそう言ったが、どうも怪しい。私抜きで先輩の愚痴大会などしていたんじゃないだろうか……
「……ま、いいけどさ。でも私がパジャマで寝てたらどうするつもりだったの」
「先輩寝る時パジャマ着るんすか?」
「もしもの話だよ!」
いつもは半裸だ。というのは内緒である。
「……ねえ、なんか道混んでない? 通勤ラッシュ?」
昨日は夕刻で、今日は朝方だからか、車通りが多い気がした。
「そうっすねー、でも……県外のプレートが多いっすね」
県外のプレート? 旅行客か。それとも……悪い予感がする。
「……ねえ、一箇所寄ってもらってもいいかな」
「了解っす!」
まあ、何が起ころうと、私は私のやりたいことをやるだけだ。
◆
あのサービスエリアが……湧いてる。
一体何故だ。ジャスティン・ビーバーがここでうどんを買ったのか……?
私は人見知りなので、谷くんにでも聞き込みを任せようと思ったが、
「へーー! そうなんすね! ありがとあっした!!」
どうやら私が言う前に、すでに動いていた知的好奇心の塊は素晴らしいな。
「なんか、この後ライブするらしいっすよ!」
「ライブ? やっぱりジャスティンが?」
「ジャスティン?」
「いや……何もない。続けて」
谷くんは、スマホの画面を私たちに見せる。
動画投稿サイト、Dotubeだ。
とあるチャンネルが表示されている。
「で、この人が歌いに来るの?」
「歌うだけがライブじゃないんですよ」
掌の補足で、私は最近のDotuberはリアルタイムで視聴者とやり取りができるライブが主流らしい。
そしてその中で、最近最も勢いのあるジャンルが……
「除霊系っすよ」
「じょ、除霊系?」
聞き馴染みのある単語のはずなのに、一文字追加されるとまるで訳の分からない単語になる。
頭にはてなマークが浮かぶ私のために、谷くんが一番上の動画を再生する。
「いわくつきの場所にいって、除霊するっていう動画っす」
「はぁー……凄いな、これ企業秘密まるわかりじゃん」
これで一般人が除霊できるようになったら、私の商売上がったりだよなぁ……そのときには猫探しの探偵でもするか。
「んで、今からこの『ザイツ』って人が昼からここで除霊配信やるらしいっす」
スマホの画面に映し出された。金髪、チェック柄、金属アクセ。時代遅れのような風体が逆に新しく感じる。
「び、ビジュアル系だぁ……」
今の時代、霊能力者にもビジュアルが必要なのだろうか……この場に鏡が無くて良かったと切に思う。
そして、この人が除霊をするというのなら、私は用済みなのでは……?
マイナスなことは考えないようにして、もう一度スマホの画面に目を落とす。
「みんなは、このチャンネル見たことあるの?」
私はDotubeとか全く見ないので、除霊系Dotuberがいるなんて聞いたこともなかったが、当日予告でこの人数が集まるということは、相当な有名人なんじゃないだろうか。
「わたしは、友達にオススメされて一回見ました。意外と女性人気が高いらしいですよ」
エイル様はあまり興味なさそうだった。私はそれが嬉しくて、珍しく笑顔になった。
「俺、この前テレビで見たっすよ、今若者に大人気って」
谷くんからテレビを見るという言葉が出てきた時点で驚きそうになったが、そういえば意外と常識的な子だった。
「地方の新聞にも載ってましたね。数十年続いていた老人宅の怪奇現象を解決したって」
逆にこいつは何故そんな細かいところまで知ってるんだ。末恐ろしい。
「へぇ……知らないのは、私だけかぁ」
なんか、決して流行り物に飛びつきたくないとか、とにかく流行に疎くなりたいとも思ってもないのに、気づいたら私の知らない物事がどんどん増えていくのは何故だろう。
私が一歩進む前に、地球が三回転ぐらいしてるんじゃないだろうか
しかし、私が先に除霊してしまうと、ここにいる数百人にタコ殴りにされるかもしれないという恐怖を感じた。一応、彼を待ってみようということになった。
しかし、結局来ても、除霊はできない。
「ザイツさんが『記憶せざる』なら話は早いんだけどね」
「そんなうまい話そうそうないっすよ!」
「そうだね……ま、そうじゃないとしても、人手が増えるのはありがたいよ」
しかし、これから四時間ほどどうしようか。
昨日家に帰って、今日八時集合でここに来ても間に合ったじゃないか。
無駄な時間は嫌いだ。自分が空白であることを思い出してしまう。
「先輩! あの」
「ん? エイル様どうした?」
「あ、あのー。えっと、その……」
私が、暇に耐えられないと知って必死に話題を提供してくれようとしている……!
しかし、私と話したいことが、なかなか見つからないようだ。そんなに先輩とお話するの嫌い?
「……ありがとう。エイル様。気持ちだけで十分だよ」
頭を撫で――そうになったが気持ち悪がられると嫌なので、やめておいた。
すると、突然視界の端を何かが通り過ぎた――
「では、トランプでもしますか?」
「し、掌!? びっくりしたな、音もなく高速で移動するな!」
いきなり目の前に、トランプを繰る掌が現れる。
「え、ええ? どこから持ってきたそんなもの」
「僕の私物ですよ」
こいつ……旅行気分で来てやがったな。まあだがそれが今役に立っているので良しとしよう。
「じゃあ何する?」
「ダウトとかどうですか?」
「エイル様なんかリクエストある?」
掌の提案を、私は後頭部を見せることによって拒否しつつ、エイル様の方を向いた。
「――えっと、わたし、ババ抜きしか知らないんですけど……」
「じゃあババ抜きにしよう!」
そう言って、トランプを手に取るが、コンクリートの上でトランプをばら撒くのはマナーが悪い気がして、近くの長椅子まで移動することにした。
「じゃあその後にダウトを……」
「掌の提案するゲームはイカサマ仕組んでそうだからヤダ」
私が再度切って、トランプを四分割する。そういえば、一番テンション上げそうな谷くんが終始無言だったのが、不思議だ。すると突然、谷くんが肩を揺らしながら高らかに声を張り上げた。
「ふっふっふ、はーーーはっはっは!! 言っときますけど、俺一回もババ抜きで負けたことないっすから!」
どうやらテンションが高すぎて今まで黙っていたらしい。そんなに楽しみにされると、こちらもどんなふうに反応すればいいか悩んでしまう。
「ほぅ、カードゲームで僕に勝とうなんて、いい度胸ですね……!」
まさかの掌が乗っかった! こいつ、トランプを準備していたのもそうだが、まさかこの遠征を楽しみにしてやがったな……!?
「じゃあ、ババ抜き。負けた人は罰ゲームにしようか」
「良いっすよ!」
「望むところです!」
「が、頑張ります!」
そして、結果として谷くんの無敗宣言は子供の頃、やけにテンション高く、トランプでそれはそれは楽しそうに遊ぶ谷くんに忖度され、毎度出来レースで栄光を手にしていたらしく。本来の谷くんは表情でババの位置が分かるというもはや様式美と言われるぐらいベタな理由で、惨敗してた。
私はなんか、毎回最初の方で上がって、最後の心理戦に混ざることすらできなかった。
「先輩、どうぞ……」
「あ、ありがとう」
敗者は、ジュースおごりということになった。というか、谷くんが長年の夢から覚めたかのように、意気消沈としてしまってもはや罰ゲームどころではなくなった。
まあ、それでも勝つまでやると意気込んでいたのは谷くんなんだが……私たちも容赦ないなぁ。
それより私は、ホントに三時間半ほどをババ抜きで消化できたことが驚きでならない。一時間もすれば飽きると思っていたのに、盛り上がりまくったな……騒いで乾いた喉に、谷くんの選んだジュース……ジュースかこれ? なんだか青汁を薄くして砂糖を混ぜたみたいな、一言でいうとクソ不味い。それを飲み干して、数分。
「きゃー! ザイツ様ーー!!」
どこからか黄色い声援が飛んできて、私たちは声の方を向いた。
黒い高級車と後ろに二、三台のバンが付いてきて、高級車から、サングラスをかけた金髪の男が降りてきて、あっという間に女性に囲まれる。
あれが、ザイツ様……? 嘘だろ……
「一般人があんなに人気になれるの?」
「登録者200万っすからね」
「Dotube以外にも色んなところで活躍してますから」
凄い、本当に凄いな。
これだけの人数を集めるのはやっぱりカリスマ性があるってことなんだろうか。たとえ私が彼と全く同じことをしていても、こうはならない絶対。
そして今気づいたが、サービスエリアに集う人数も倍ほどに増えている。
数百といわず、千に届きそうなほどの人数だった。
こんなに集まると、除霊どころじゃなくなるんじゃないかという不安もあったが。今回はまだ大丈夫だろう。
「今から始めるのか?」
「準備するらしいっす」
準備……一体何をするのだ、と思えば、複数人の男が黒塗りの車の隣に止まっていたバンから、テレビ局が使っているようなサイズのしっかりしたカメラを取り出して、設置し始めた。
「簡易テレビ局でも作る気かよ……」
照明や発電機も車から引っ張りだされ、そこは完全に野外スタジオと化した。
雑用に勤しむ男たちは皆一様に体格が出来上がっていて、ボディーガードも兼業しているようだった。
「……Dotubeって、そんなに儲かるのか?」
機材も、車だって高そうだし、七、八人の男、それも筋肉質が条件である、を雇える。
そこまで準備して行うのが無料の、誰でも見られる配信。
個人でやるにはスケールが大きすぎて、私の想像を遥かに越えていた。
「おっと、そうだ。今のうちに
そう思い、私はファンに囲まれる彼に近づいていく。人混みをかき分けながら、声の届く範囲まで近づく。隣に屈強なボディーガードがいるのが、少し怖かったがまあこちらも有益な情報を持っているため気後れせずザイツの名前を呼んだ。
「私、『記憶せざる』の『磨猿脳巳』って言います! 少しお話を聞いてもらってもいいですか?」
彼は、こちらに気づくと隣の男と小声で何かを話し、立ち上がった。
「……えっと? 君も、霊能力を持ってるのかい?」
そう言って、彼は私の目を見る。何か、私から読み取ろうとしている風に思えたが、きっとただのフリだろう。
「いやー、私も霊能力者で、同じような仕事をしてるんですけど、あなたの名前はよく聞くのでねー、挨拶したいと思ってたんです! 私、磨猿脳巳っていいます、よろしくお願いします!」
とりあえず角の立たない言葉を並べて、その場は立ち去った。
名刺を忘れていたことを今思い出した。まあとにかく名乗るだけで良い。
そして遠巻きから、私のことを心配そうに見つめる三人に近づいて、手を合わせる。
「……じゃ、皆! 準備しようか」
あいつ、『ざる者』すら知らないとは。
農家が農薬知らないようなもんだぞ……
『ざる者』とは私や、谷くん、エイル様、掌のような『特殊能力』を持つ者のことを指す。
幽霊に限らず、普通の人は目に見えぬものや、聞こえぬもの、喋れないものとの接触を可能にする。さらに意識的に霊からの接触を拒否出来る。
エイル様は意識的に霊を認識しないことで霊からの接触を完全にシャットアウト出来る。そしてエイル様に目を塞がれれば、私も幽霊が見えなくなる。
谷くんは霊に口封じされていても、なんらかの方法で言葉を発することが出来る。そしてその逆も。
掌は、あまり情報が無いし、本人も喋りたがらないが、霊に乗り移られようとも自分の体の自由を奪われないらしい。そしてそれは触れた他人をも霊の拘束から解き放てるのだ。
まあ特殊能力があるってだけで普通の霊能力者と変わらない。しかしこれは、霊能に携わる人間なら誰だって知ってる情報だ。
つまりザイツは、何も知らない素人だ。
だから、私を含めた四人で
「どうするんですか」
掌の問に、私は、自身の考えが正解か分からないが、あいつに見られると自殺への強制力が働きだす。と話す。
「だから、不意打ちしか無いよね」
……これが普通の悪霊だったなら。話は簡単なのだが、相手は
首吊りに魅入られた男……誰にも理解されない感情を持て余し、最終的に自身で慰める事になった。
「ねえ、写真を撮る時ってさ、ビデオカメラなんて使わないよね」
「……わたしは、普通、スマホで撮りますね」
その想いに寄り添い、少し手助けをするだけの……簡単なお仕事なのだ。私にとっては。
私は、トイレ横の雑木林の前に立って、ただ、その瞬間を待っていた。
だが――
「――うわぁぁああっ!!」
突然、誰かが叫び声を上げる。まさかと思い、その方向を見ると霊が現れ、首を括ろうとしている。
まだ吊ってない、間に合う――私は、すぐさま霊の方向へカメラを向けて写真を撮ろうとした――
彼ら
私も同じように、人の感情などわかりゃしない。それは『記憶せざる』の能力のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私は私の性を何かの「せい」だと言いたくない。私は私以上にも私以下にもなれないのだから。
――首吊り死体の幽霊は、生前「首吊り死体」を集めるのが趣味だった。休日、あるいは仕事終わりに、山に入っては死体を探す。死体を見つけると写真を撮ってコレクションしていた。
もちろん、そんな趣味があるとは誰にも、奥さんにさえ言っていなかった。
だから内緒で、毎日探していた。しかし、探しても死体が見つからない日が半年ほど続き、彼の衝動は限界に達していた。
休日も一日中家を開けて探すが、死体は見つからず、奥さんには浮気を怪しまれる。負のスパイラルの中、ついに、奥さんに自身の趣味がバレてしまう。
奥さんに拒絶され、衝動が抑えきれなくなった彼は――暗闇の雑木林にて、二つの首を吊った。
だがその時、最後に心残りだったのは……奥さんの首吊り写真が撮れなかった事。
悲しい話だ。奥さんを殺めたこともだが……死の間際に思うことが家族や大切な人ではなく、自身の欲望だったのだから。
彼の無念が、記憶として、私の感情に混ぜられる。
だから私は、彼のことをカメラに収め、これ以上被害が広がらないように、アイツを消さないといけない。
シャッターを押そうとした瞬間
「幽霊が現れましたー!!」
ザイツの撮影隊に邪魔され、失敗した。
ヤバい、強制が始まる……!
次の瞬間、その場にいた全員が、ピタリと動かなくなって、手の自由を奪われる。
「くっ、掌、私を、触って……」
掌がこちらに手をのばすが、私の体まで伸びてこない。
「はい……わか、くっ! 昨日より、強い……!」
昨日より、強制力が強くなっている……。全員、首に手が伸び、締める。
落ち着け、落ち着かないと、私が悪霊になってしまう。Dotuberを全員祟る悪霊に……一度落ち着こうと、私は当たりを見回す。
数百人が、その場で蹲ってる。すでに危ないところまで首が締まってる者もいる。全員が生き絶え絶えに、どうにか抵抗するのに精一杯の中――
平然として立っている一人の男がいた。ザイツだった。
「じゃあ、除霊していきまーす! めぇぇぇぇえあつッ!」
一気に、体の重みが外れる。え?
「いや~今日も除霊できました! 一体、ここの霊は何に対して恨みを持っていたんでしょうね?」
え?
「それじゃあ、今日はここまで! 皆さん、ありがとうございましたー!」
いやいやいや。除霊した?! まさか、こいつ、純粋な霊力の物量で霊を消したのか……!? 聞いたこともないぞ、そんなやつ。
「あ、あの……失礼ですけど、師事は誰に?」
私は、必死に高名な霊能力者を思い出しながら、こんなパワータイプの霊能力者がいたか思い出していた。
「え? 独学ですよ」
私はその言葉に、人生観が変わるほどのショックを受けた。
その辺の雑草が、万病に効く薬だった……と言われたら誰だって驚くだろう。
「へ、へー……末恐ろしいですね」
とにかく、これで、問題のおおよそは解決した。後は成仏させるだけだ。
「え? もう成仏させましたよ?」
「あれは一時的に消し飛ばしたに過ぎないですよ。
次の瞬間、首に縄をくくった霊が現れる。
「ほ、本当だ! いつもはアレで退治できるのに……!」
「霊だって、みんないろんな事情を持ってるんですよ!」
私は再度、霊にカメラを向ける。
私も、感情が分からない。だけど分からないなりに、付き合い方をよく考えている。
谷くんが笑ったら、私も笑えばいいし。エイル様が美味しいっていたものを美味しいと食べればいいし。掌がおすすめする小説は、犯人が全員上司なんだけど嫌味なんだろうか。
でも。私はそれで満足しているから、充分だ。これ以上望むものは何もない。
彼の、不幸は。けしてそんな性を持って生まれてしまったことではない。
それを隠してしまったことでも、暴走させてしまったことでもない。
それを受け入れられる場所が無いことこそが、不幸だ。
「だから、今だけ、私がその場所になる」
今は『記憶せざる』の力によって、彼の半生は私の脳裏にくっきりと刻まれている。小学生の時、ふいに、山で首吊り死体を見つけてしまい。そこから芽が出て、大人になると趣味として花咲いたのだ。
最初に死体を探し、見つけた時は、心の底から煮えたぎるような達成感が湧き上がった。
私にしか、幽霊の感情は分からない。しかし私の感情は誰にも分からない。
私は、きっと一生そんな気分味わうことはない。
だが感じることは出来る。
だから私は霊能力者として事務所を開いて心霊依頼を待っている。
幽霊の感情を食らうために。
パシャ、と空間が切り取られ――私のスマホの中に首吊り死体の写真が追加される。
「……どう? 背筋が伸びてて、綺麗に撮れてるだろ」
首吊り死体に撮影した画像を見せると、その場の空気が軽くなって、息苦しさも緩和されていった。
どうやら、満足してくれたみたいだ。
「はぁ~~~……終わった! みんなお疲れ様ぁ!」
帰りの車で、私は背伸びをし、皆の労をねぎらう。
「どうする、この後ご飯とか行く?」
よく考えたら、朝から何も食べてない。
「行きたいっす!」
「いきますよ」
「もちろんです」
全員、満場一致のようなので、どこへ行こうかと考える。
「じゃあ、エイル様何食べたい?」
「えっ、えーっと……お肉が、いいです!」
霊とは言え、首吊り死体みたあとに肉を食べるのは倫理観的にどうなのかとも思ったが、エイル様がいうことなのだから、間違いないだろう。
そして私は、首吊り死体の写真を見ながら。こいつをどうしようかと考えていた。
この状態で、お祓いに持っていくとか、そういうのは人道に反している気がした。
子熊を拾って育てていたが、危険なので大人になる前に殺処分するような、胸糞悪い気分になる気がした。
「まあ、これ以上は仕事と関係ないか」
今はこれだけで、満足しておこう。高望みすると、私は高確率で失敗するのだ。
でも結局、あの除霊騒動はザイツの手柄になってしまった――まあほとんどザイツのおかげと言えるが――私の今回の報酬は首吊り死体の写真一枚。換金すらできないものだ。
いや、ネットオークションに出したらいい値段がつくのでは……? 呪われそうだからやめとくか。
ガタガタの道を、通り座席が跳ねる。隣に座る掌と肩がぶつかって、昼間見たザイツの車を思い出す。
「あーあ、私もDotuberになりたいなぁー」
「えっ、先輩Dotube始めるんすか!」
「私も除霊の動画とか投稿してさ。ザイツ様ぐらい有名になれないかなぁ」
「いやぁ、先輩の性格は万人に受けないっすよ」
「な、何だと!!」
四人の笑い声が車内に響く。皆が楽しそうにしていると、私も楽しくなっている気がするので、とても好きだ。
「でも、アンチコメントとか怖いし、やめとこう」
行動すれば、心の傷と引き換えに富や名声が手に入るかもしれない。
だけど、基本的に心の傷は治らないんだよなぁ。
たぶんネットショッピングでレビューを書くぐらいが、私に出来る精一杯の自己表現かな……霊能力者として、本を書くとか、憧れではあるんだけど。
「じゃあ少しでも活字に慣れるように、僕のおすすめの本お貸ししますね。今度は上司が死ぬやつ」
「はーい掌くんの給料はお肉一枚でーす」
こうして、私の二日間は、幕を閉じたのだった。
◆
「どう、私の初めての短編小説。決まってるでしょ」
「あの、作文じゃないので、タイトルの下に名前はいらないですよ」
「えっ?」
「なんか、ちょいちょい出てくる例えがくどいっすね」
「え?」
「わ、わたしは面白いと思いますよ。でも、なんでタイトルこんな変なんですか?」
「そうでしょそうで……え?」
その辺に生えてる雑草が、万病に効く薬だった件 都如何孫山羊子 @mozumooooon
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