第16話 再会
現実世界
夕針市にある廃棄石炭発電所の買収は怖いくらいに順調に進み、メルとトオルはその施設に引っ越してきた。
元そこで働いていた作業員や技術者を招き、再稼動に成功する。
「よし。これでアスティア世界と接続できるぞ」
トオルとメルは電脳世界で手をとりあって喜ぶ。かなりの費用を掛けて再稼動した結果、電脳空間からアスティア世界へ通じる「門」を開くための電力の確保に成功していた。
「ですが、現実世界とのゲートを開くにはまだ研究が足りません。まず、私と親しい者の夢を通じて接触してみましょう。『開門(ゲートオープン)』」
電脳世界に建てられた神殿の大広間に、黒い穴が開く。
メルとトオルはその穴に、「精神感応(テレパス)」の魔法をかけ、電脳世界とアスティア世界をつなげた。
夜
カグヤは自室のベッドで悔し涙を流していた。
(私はどうすればいいの?元の世界にも帰れないし、親友のメルはユウジに奪われちゃったし。あいつはただの我侭なお子様よ!ほうっておいたら、みんなあいつに殺されちゃう!でも……私には何もできない)
無力な自分が恨めしく思いながら、次第に眠くなっていった。
「あれ?ここはどこ?」
気がついたら、彼女は高いビルが乱立する現代のような街にいた。
「ここは……日本なの?私は帰ってきたんだ!」
嬉しさのあまり街を走り回るが、すぐに様子がおかしいことに気がつく。街には一人も人間がいなかったからである。
「ま、まさか、私がアスティア世界に召喚されている間に、何かあって現実世界が滅んじゃったの?」
パニックを起こして走り回っていると、前方に普通のファミレスが見えてくる。
そこから一人の少年が出てきた。
「えっと……カグヤさんかな?ちょっと話し合いをしたいんですだけど、来てくれる?」
そう呼びかけてくる少年は、彼女がもっとも激しく憎んでいる『勇者ユウジ』とまったく同じ顔をしていた。
「ユウジ!ここの人たちをどこにやったの?」
激怒して杖を向けてくるが、少年はやれやれと肩をすくめた。
「だから嫌だっていったのに。メルの奴、はりきってご馳走を作るから俺に迎えにいけだって。絶対誤解されるよ」
「何わけわからないこと言ってるの!ホーリーショット!」
カグヤの杖からでた光の槍が、少年を突き刺す。
しかし、何のダメージも与えられなかった。
「ふーん。これが聖魔法か。覚えたよ。なかなか面白いな。でも現実世界では空中に魔力がないから、発現しないんだよな。残念だ」
少年は体に突き刺さった槍を抜くと、呆然としているカナに自己紹介する。
「はじめまして。俺は神埼徹。ユウジの兄だ。メルの親友である君にいろいろききたいんだけど、いいかな?」
「……え?」
一礼する少年に、カグヤは困惑するのだった。
ファミレスに入ったカグヤは、制服を着た少女に抱きつかれる。
「カグヤ様!お久しぶりです」
その少女は現代風の可愛い制服をきていたが、顔はお姫さまのような上品な美しさにあふれていた。
誰だかわからなくて硬直したカナは、数秒間顔を見つめて驚きの声を上げる。
「メル!」
二人は抱き合って再会を喜び合った。
「さあ、心をこめて作りました。召し上がってください」
カグヤをテーブルに座らせて、メルは自分が作ったステーキやハンバーグなどの料理を運ぶ。
「久しぶりの日本の食べ物だ!」
あまり豊かではない異世界で、散々苦しい目にあっていた彼女は、大喜びで食べ始めた。
「どんどん食べてくださいね。がんばって作りますから」
そういってメルは厨房に戻り、料理を作る。
「……メルって料理なんてできたの?お姫様なのに」
「この一年で、メルはお姫様から完璧超人へと進化したんだよ。料理だけじゃなくて、農業・工業・商業から政治経済にいたるまで、あらゆる知識を吸収してね」
対面に座るトオルがなぜか自慢する。
「でもちょっと待って。メルは私のホーリークリスタルの中に封じ込められているはず。そもそもここはどこなの?」
相変わらず客がいないファミレスを見渡して、カグヤは混乱する。窓の外をみても、高層ビルが立ち並んでいるだけで人っ子一人いなかった。
「ここは現実世界じゃなくて、俺たちが作った「電脳世界」の中だよ。眠っているカグヤさんの意識だけこの世界に招待したんだ」
「……え?」
カグヤは訳がわからず、キョトンとなった。
腕いっぱいに料理を持ったメルが戻ってきて、席に着く。
「そうですか。私の肉体はカグヤさんが守ってくれたんですね。ありがとうございます」
自分の肉体がクリスタルの中に封印されているだけで無事だと聞いて、メルは頭を下げる。
「お、お礼なんていいよ。むしろ余計なことをしちゃったかも。まさかメルの魂だけが現実世界に行っていただなんて」
「私も最初はどうすればいいのかと途方にくれました。ですが、トオル様が助けてくださいまして……」
メルはトオルに親愛のこもった目を向ける。それを見たカグヤはちょっと膨れてしまった。
「はいはい。ずっとお兄さんといちゃいちゃしていたってことね。心配していた私ってなんなんだろ」
「そ、そんな。いちゃいちゃなんて……」
照れるメルを見て、カグヤはやれやれと肩を竦めた。
「はいはい。ご馳走様」
「お、俺たちのことはともかく、ユウジのことを聞かせてくれ。今そっちではどうなっているんだ?」
トオルが水を向けると、カグヤはポツポツと話し始めた。
「そんな残虐なことをしているなんて……」
一部始終を聞いたメルは真っ青な顔をしている。そのトオルも隣で顰め面をしていた。
「あのバカ本当に何やってんだよ。そりゃあいつは昔から巨大ロボットが好きで、いつか乗るのが夢だっていってたけど、普通人を殺してまで実現しようとするか?」
トオルは子供の残酷さを見せるユウジに怒りを感じるが、同時に疑問に思う。
「おかしいぞ。たしかにアイツは幼稚な所はあったけど、そこまで邪悪な人間じゃなかった。なんでそんなひどいことができるんだ」
それを聞いたカグヤは、わっと泣き出した。
「全部私たち勇者のせいなの……」
カグヤは涙ながらに、どうしてユウジが邪悪な勇者になってしまったかを語り始めた。
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