60 「凄い! 貴方はエルフなの!? 通りで綺麗だと思った!」

 ぶつかる。そう思ってきつく目を瞑った直後。

 ぶわりと前髪が突然の風に浮き上がった。


「へ?」


 なんだ、この風は。

 そよ風とは全く違う強さの風に頭が追い付かない。そよ風よりもっと人工的で、なのにそよ風より自然を感じる。

 小石は何時まで経っても自分の額を痛くする事は無かった。


「なに……?」


 不思議な現象に恐る恐る目を開ける。

 1番に飛び込んで来たのは、少年達の引き攣った表情。その視線の先にいるウィルは、どこか呆然としながら自分の掌をただ見つめていた。


「え、使えてる……」


 信じられないとばかりのウィルの呟きが聞こえて来る。


「ちょっと貴方達! また大人に言うわよ!」


 何が何だか分からなかったが、この少年達がどうしようもない事は分かる。少年達に向かって声を張り上げている横、ウィルはずっと何も言わずに己の手を見ていた。


「えっと……こう、かな?」


 次の瞬間、ぶつぶつ呟いていたウィルの手の上に、ぼっと掌程の大きさの火の玉が現れた。


「!?」

「それで、こう」


 ウィルがもう一度呟くと――ぷかぷかとくらげのように火の玉が宙を泳ぎ、ゆっくりと少年達の前へ向かう。ただでさえ不思議な光景が更に奇妙な物に変わっていく。

 自分は今何を見ているのだろう。これはウィルの力なのだろうか。浮かんでいる火の玉から目が離せない。


「うわあああ本当にエルフだああああ!」


 青くなった少年達はそう叫ぶと、我先にとこの場から離れていく。静かになった崖上、未だ呆然としているウィルに話しかける。


「貴方……」


 自分の声にウィルの肩がびくりと跳ねる。その様子はまるで怒られるのを恐れて震える幼児だ。


「凄い! 貴方はエルフなの!? 通りで綺麗だと思った!」


 それだけに。

 満面の笑顔を浮かべて話しかける自分が意外だったらしい。目を大きく見張っている。


「……怖く、ないの?」

「どうして怖いのよ、貴方もこの地に住んでるじゃない! わー凄い、本物のエルフに会えるなんて夢みたい!」


 感動して浮かんでいる火の玉と金髪の少年を交互に見ていると、ふっと少年の目が細まった。少年は先程からどこか照れ臭そうだ。


「えっと……エルフじゃなくて、魔法使いだけど」

「わっ、魔法使い! 十分凄いわよ! ノルウェーは広いわね!」


 興奮して早口になる。魔法使いに会えるなんて、今日夏至祭に来て本当に良かった。興奮のまま話を持ちかける。


「ねえ、じゃあお願いよ。6年後――私が18になった時のトロムソの夏至祭でまた会えない?」


 いつの間にか火の玉が消え、周囲にはそよ風が葉を揺らす音だけが周囲に響いていた。ウィルの瞳が丸くなる。


「え、なんで?」

「私ピアニストになるでしょ? それにはピアノの師事を受けにクリスチャアや外国に出る必要があるから、道中その凄い力で助けて欲しいの。山でトロールに、海でクラーケンに襲われたら大変でしょう!! 駄目、かな?」


 盛り上がっているのは自分だけではないかと思い、言い終わってから不安になって尋ねる。


「ううん。駄目じゃないっ! 僕が君を助けて良いの? 本当に?」


 視線を向けるとウィルは慌てたように返し、何かを確かめるように慎重に尋ねてきた。不安そうに見えたのでにっこりと笑う。


「うん。ウィルが良かったら、是非。魔法使いなんだから、6年後もすぐに私の事見付けてくれるでしょう?」


 目を合わせて言うと、ウィルの頬が少し赤くなった気がした。


「うん。それで6年後君の役に立ってみせるから。だからアストリッドは絶対ピアニストになるんだよ、約束」

「有り難う! 勿論よ」


 ウィルが頷いてくれた事が嬉しい。彼の凄い力があって、優しい目で応援してくれるのなら、自分はどんな困難が来ても立ち向かえる。


「おーい、ウィルー!」


 その時、森の奥から彼を呼ぶサーミ人の少年が姿を表した。彼が一緒に来た友達とやらだろう。


「ここに居たのか。もう早朝だから、そろそろ帰るぞ。下に馬車持ってきた」


 サーミ人の少年は自分が居るからなのか、これ以上近くには寄って来なかった。ウィルもそれを察してか、素焼きのカップを持って慌て出す。


「あっ、うん。僕もう行くよ。アストリッド、そういうわけだから、またね!」

「うん、また6年後にね。私、絶対ピアニストになるから見てて」


 行ってしまう――数歩駆け出した背を見て不意に寂しくなった。だからか、口から飛び出したのは可愛くない言葉で。


「その時は少しは格好良くなってなさいよ!」


 つんけんしながら言うと、ウィルの足がピタリと止まった。どこかショックを受けたような顔で振り返る。


「え!?」


 想像以上の反応をされた。どうやらこの少年にとって格好良いかどうかは大きなポイントらしい。時間をかけて編んだセーターを、着て貰う前に目の前で破かれたかのように呆然としている。

 そんな反応をされるとこちらも良心が痛む。申し訳なくなりつつも、後方でニヤついているサーミ人の少年を見てしまうと、口を動かす事を止められなかった。


「見た目は綺麗だけどさあ。口調とか子供っぽいし……きっと私より年上でしょ? そうだ、6年後はもう少し大人っぽく喋ったらどう?」

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