50 「ウィルと話をさせて……!」
「……嫌!」
レオンを抱えている為自分は上手く抵抗出来ず、簡単に拘束されてしまった。が、思わず口を衝いたのは拒絶の言葉。
また地下牢に入るのは覚悟していたが、ウィルがクリスチャニアに送られると聞かされても尚、大人しくしていられる程従順になる気はない。
「ち、地下牢はそのつもりだったし良いわよ! だけどちょっと待って! ……ご、ご飯くらい食べさせてよ!」
ここを切り抜ける策を考えるべく少しでも時間が欲しくて、とりあえず何かを口にする。
「そんなこと……地下牢に持っていくわよ?」
何を言っているんだ、とばかりに母が小さく肩を竦める。
「要らない! 久しぶりの我が家、食卓でみんなの顔を見ながら1食くらい食べたって良いじゃない。お母様達も昼食まだでしょう、一緒に食べましょうよ。私朝も食べていないのよ」
「もう貴女って子は……仕方無いわね、じゃあお昼にしましょうか」
どうやら少し猶予が出来たようだが、自分の腕を掴んで離さぬ母親を振り払って玄関から逃げるのは難しそうだ。
「……」
4人で1階に降りながらどうしたらここを切り抜けられるか考える。
オーロラの下でウィルから貰ったレザーネックレス。
あれを使えば簡単に抜け出せるだろうが、あれはウィルの居場所を特定する為に持っておきたい。
今自分の鞄に入っているのは残り数枚のノルウェーターラーくらい。この量では靴下に詰めたこれを重りに、人の後頭部を殴って気絶させる事も出来ない。
そう思いハッとした。
――そうだ、いつか鞄の隅に移したあれがあった。
笑みを浮かべながらロヴィーサに話し掛けた。
「ねえお母様……私、コーヒーを飲みたいです。折角だから淹れてあげる。長旅ではコーヒーを淹れる機会も無かったから腕が訛っていないか心配だわ」
嘘だ。本当は何度も何度も機会があった。でもそんな事母親達に分かるわけが無い。
ルーベンの貨物船に乗った時ウィルに作って貰ったコーヒー豆。あれはそのまま飲むと7時間、煮出して飲んでも30分は眠れるという代物。
あれを使おう。30分も眠らせる事が出来れば十分だ。
「本当に仕方無いわね。まあ良いわ、私にも貴女が淹れたコーヒーを飲ませて頂戴。だけどレオンは貴女が抱いてるのよ。食事も食べさせておやり」
レオンを抱いていればそう簡単には逃げられない。そう思っての事だろう。
「勿論よ、じゃあ早速……」
ロヴィーサと女中。
4つの目に監視されながら厨房に入り、ハンカチと一緒にこっそり取り出したコーヒー豆入りのコーヒーを淹れた。ふわっと香る独特の匂いには、どうやら眠くなる要因は無いようだ。
その間に女中が用意したパンやサーモンを乗せたワゴンに、コーヒーを淹れた陶器のカップも3つ乗せて居間に戻る。レオン用によく煮込んだ鱈のスープも用意した。
「いただきます」
「いただきます」
食前の挨拶をし、パンにサーモンを乗せる。母と女中は、乾いた喉を潤すべく早速コーヒーに口をつけていた。ゴクリ、とその喉が上下に動いた事を確認する。
「あら……?」
すぐに母の不思議そうな声を聞く事が出来た。あのコーヒー豆は飲んだらすぐに効果が現れる。
なるべく母を見ないように何食わぬ顔を浮かべながら、パンを口にする。口当たりの良いサーモンの微かなしょっぱさが口内に広がった。
「うー」
食器の音はするが、レオン以外は誰も何も言わぬ不思議な空間だった。
「……あ」
今日初めての食事を堪能していたら、いつの間にかロヴィーサと女中が椅子の上で眠っていた。レオンにスープを食べさせるので一生懸命で気付かなかった。
「成功ね……」
良かった、と胸を撫で下ろす。これで屋敷を出る事に問題は無さそうだ。
このままでは危ないので、レオンには一旦地下牢に入って貰う事にした。その旨を書いた手紙を残し、鞄から数枚のノルウェーターラーを取り出す。
それらを持って玄関を飛び出した。もう10分は経っている。仕方がない時間の使い方だったとは言え、正直焦っていた。
まずは裏の森に身を潜めた。
岩陰に身を潜め、ウィルから貰ったレザーネックレスを取り出す。身を守れそうなアイテムはもうこれで最後だ。
次からはロヴィーサに捕まっても身を守る手立ては無い。その事実に唾を飲み込み、白いパーツを握り締める。
「ウィルと話をさせて……!」
言われた通り、周囲の自然に頼むように語り掛ける。と、すぐに周囲の音の様子が変わった。
片耳だけ手で塞いだ時のように、聞こえ方に齟齬が生じだす不思議な感覚。
少しして鮮明に音が聞こえだした。いつかこっそり自室に入った時のような覚えのある感覚に、繋がったのだと分かる。
「ウィル! ウィル!? 聞こえる!? ……寝てる、か……」
勢い良く話し掛けるも、聞こえて来るのは規則正しい寝息だけ。レオンを治したのは人体魔法だ。当然の反応であると言うのに頭に無かった。
「ウィル……起きなさい! ウィル!」
起きる事を願って名を呼ぶも、石像に話し掛けているかのように反応が無い。
しかし。
「――!」
「――」
微かに子供が遊ぶ声が聞こえて来たのだ。
何処かで聞いた声――そう思った時には足がもう崖上の家に向かっていた。
あの声は、崖上の老夫婦の家の外でいつも遊んでいた子供達の物。
少し前まで良く聞いていたから間違えるわけが無い。ノルウェーの家の事だから換気をしていて、それで偶然聞き取れる事が出来たのだろう。
「あそこね……っ」
どうしてあの家にウィルが居るかは分からないが、それは走り出す自分の足を止める理由にはならなかった。
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