18話 地図、方舟、鍵

「男!?」


 ライルとフゲンは揃って叫ぶ。


「はい、男です」


 ちょっぴり恥ずかしそうに言うモンシュ。

 足を動かした拍子に、ひらりと赤いスカートの裾が揺れる。


 「スカート」を女性の服装として認識していたライルは少々面食らったが、まあそういうこともあるか、と溜飲を下げた。

 人外じみた身体能力を持つどこかの誰かさんよりは、ずっと理解しやすいし容易に受け入れられる。


「悪い、女の子だと思い込んでた」


 ライルが申し訳なさそうに言うと、モンシュは手を振って「気にしないでください」と返した。


「まあ……そういうわけなので。改めて、これからよろしくお願いしますね」


「おう、頼りにしてるぜ。ああ、名前まだ言ってなかったな。俺はライル」


「で、オレがフゲンだ」


 名乗って、握り拳を突き出すフゲン。

 続いて意図を察したライルが、己の拳を相方のそれと突き合わせる。


 そのまま促すようにモンシュを見れば、彼は嬉しそうに笑って、自分の拳をこつんと2人に合わせた。


 モンシュが『箱庭』探しの旅に出たのは故郷のためであるが、冒険そのものへの憧れが無いと言えば嘘になる。


 冒険と言えば、仲間。

 仲間と言えば、こう、絆を誓い合うようなカッコいいアレソレ。


 かつて想像していた「らしい」ことができ、モンシュは密かに感激する。

 そしてきっと彼らの役に立とうと、固く決意するのであった。


「そうだ、お2人がこの国に来たのは、やっぱり遺跡が目的ですか?」


「ああ。つってもつい昨日、探索しに行ったとこなんだ。それでほら、手がかりになりそうなモンを見つけた」


 フゲンは鞄から手帳を取り出し、例の古代文字を書き写したページを見せた。


「わ、凄いですね! どうやって入ったんですか? 忍び込むにしても、湖を渡らなきゃいけませんよね?」


 尊敬の眼差しで2人を見るモンシュに、フゲンは得意げに言う。


「ふふん、オレとライルの連携プレーの賜物だ」


「こいつ俺をぶん投げて、自分は泳いで渡ったんだよ。死ぬかと思った」


 ライルは昨日のことを思い出し、遠い目をする。


 今でこそ、フゲンにかかればあの程度の所業は造作もないとわかっているが、あの時は本当に生きた心地がしなかった。


 そんなライルの心境を知ってか知らずか、変わらず明るい調子でフゲンは続ける。


「つーわけで直近の目標は、この古代文字を誰かに読んでもらうことだ。この国なら読める奴が多そうだが、追われる身になっちまったから……モンシュ?」


 まじまじと手帳を見つめるモンシュに、彼は不思議そうに声をかける。

 と、横髪をさらりと耳にかけ、少年はぽつりと言った。


「僕、これなら読めそうです」


「マジで!?」


 ライルとフゲンはまたしても驚愕の声を上げる。


「超優秀じゃねェか! どこで習ったんだ?」


「基本的なところは学校で勉強して、あとは独学で補完を。天上国は教育に力を入れてるので、子どもでも読める人が多いんです」


「はー、そうなのか……」


 それにしたって凄いことだ、とフゲンは嘆息する。

 学校に通っていた頃は勉強なんて大嫌いだったし、退学した後だって、必要に駆られなければ手を付けることはなかっただろう。


 天上国の教育制度がどうのとか以前に、自ら進んで学ぼうとする姿勢が、フゲンには信じられないほど高尚に思えた。


「じゃあ読みますね。ええと……」


 モンシュは手帳を受け取り、1字1字、指でなぞって解読を始める。


「ち……地図が、なければ、はこ、ぶね……うごかぬ。方舟なければ、しん……でん、ゆけぬ。神殿ゆけねば、鍵はつかえぬ。鍵つかえねば……道は、ひらけぬ。道ひらけねば、箱、庭、みえぬ」


 たどたどしくもなんとか読み上げると、モンシュはパッと顔を上げた。


「どうやら『箱庭』に行くには、『地図』で『方舟』を動かして『神殿』に行き、そこで『鍵』を使う必要があるみたいです」


「おお! めちゃくちゃデカい情報だな!」


 思いのほか直接的な手がかりに、フゲンは目を輝かせる。

 遺跡の壁に刻まれた文なんて総じてわかりにくいに決まっている、と思っていたがこれは思わぬ収穫だ。


「問題は……『神殿』はともかく、『地図』『方舟』『鍵』が何か、だな」


 わしゃわしゃとモンシュの頭を撫でるフゲンを尻目に、ライルは口元に手を当てて首を捻る。


「そのままじゃねえの?」


「いや、そうとも限らない。『地図』は『方舟』を動かすのに使うんだろ? 普通の紙とか布とかじゃないと思う」


「んあ、確かに」


 フゲンは手を止め、しばし思案した。


 紙や布じゃないとしたら何だろう。

 いい感じの棒だったり、ギザギザの剣だったりするのだろうか。

 だとしたら『地図』という名前が意味を為さないが……。


「ま、ともかく一歩前進だな! まだ他にも手がかりがあるかもしれないし、要はそれっぽい物を探してみればいいんだ」


 想像力が底をついたらしく、フゲンは思考を放り投げてあっけらかんと笑った。


「それもそうか。よし、じゃあとりあえず移動しながら、次の目的地を決めよう」


 ライルは言い、街からさらに離れる方へと足を動かし始める。

 せっかくモンシュが逃がしてくれたのだ、悠長にしていて、また捜索隊に囲まれるわけにはいかない。


「また遺跡を探すか?」


「そうだな……。この近くだとどこがあるっけ?」


「えっと、確か北東の方にあったような」


 あれこれ話し合いながら、少々足早に場を後にする3人。

 だがしかし。


「見つけた」


 不意に響いた声に前を見れば、いったいどうやって先回りをしたのやら、先ほどの黒マスクの軍人が立っていた。


「げっ、いつの間に」


 ライルたちは素早く臨戦態勢をとる。

 四の五の言う前に、まずは彼を倒さなければならない。


 彼がいるということは、遅かれ早かれ、リンネたちもここに来るということだ。

 けれどせめてここを切り抜けるまでは……とライルは願うが、悪いことは重なるもの。


 戦闘を始める間もなく、背後から残りの面々がやって来た。


「ご苦労様、新兵くん」


 先頭をリンネと並んで歩くミョウが、ぱちぱちと手を叩く。

 黒マスクの軍人は「やめてくださいその呼び方」と不満げに返した。


「さて冒険者、覚悟は良いか? 今度は逃がさないからな」


 ミョウは不敵に笑い、上を指差す。

 つられてライルたちが空を見上げると同時に、にわかに辺りを影が覆った。


 影の主、それは――青色の竜。

 モンシュの竜態同様、巨大な身体の生き物が、ゆっくりと羽ばたきながら上空に鎮座していた。


「何も『地上国』の軍だからって、天竜族がいないわけじゃない。尤も、彼はハーフだけどな」


「くっ……」


 ライルは歯噛みする。


 つい最近までモンシュは一般人だったのだ、戦闘慣れはしていなかろう。

 彼の竜態は驚くべき力を発揮するが、同族の軍人相手では太刀打ちするのは難しいに違いない。


 再びモンシュに頼って離脱、という手は使えないものと考えた方が良い。


「その気になれば捕まえられるのに、わざとオレたちを泳がせたのか?」


 フゲンがミョウを睨む。

 が、返答は彼からではなく、上から降って来た。


「いやあ、さっきは俺がいなかったので、普通に追いかけられなかっただけです」


 意外にも若く、そして呑気な声で話す竜。

 回答に納得がいかず、フゲンはまた問いかける。


「じゃ、なんでいなかったんだよ」


「ごはん食べてて招集に遅刻しました」


「馬鹿か?」

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