『私』と出会ってくれてありがとう
真夜依
私の「宝物」
『私』があの女の子に出会ったのは、今から10年前の冬だった……。
「ねぇ!ママ!!この子かわいい!!」
「えー?もう家にいるじゃない」
「それは別の色の子だもん!!」
「それはそうかもしれないけど……」
あぁ。また誰か来たのか。
私をガラス越しに見ている親子。
この『私』と彼らの世界を隔てるものを店員さん(と呼ばれているのを聞いたことがある)は「がらす」と言っていた。この頑丈は物体の先にあるのは、未知の世界。ついに私はここから連れ出されるの……?いやだ……こわい……。
「ねー!お願い!ちゃんとお世話するから!!」
「ほんとに?」
「うん!!ホントだよ!!こんなかわいいんだもん!!」
「分かったわよ……」
どうやら、『私』を連れていくということで話が決まったらしい。だけどよく考えてみよう。正直、怖がる必要はあまりない。連れ出そうとする人が目の前に現れるのはよくあることなんだ。しかし、結局私はガラスの向こうにいる彼らの元へは行かない。どうやら私を連れ出すのはとても難しいらしい。このような会話を幾度となく聞いてきたが、私は以前としてこの中にいる。だけど、この前仲間が連れてかれた……。油断はできない……。
そう、油断してはいけなかったんだ。
考え事をしていた『私』は気がつくとどこか暗い所にいた。そして、移動している。
……しまった!!気付かぬうちに連れ出されたのか……!?私は、どこに向かっているんだ……?
いったいどれだけ長い時間揺られていただろうか……
「ようこそ!!ここがアヤのお家だよ!!」
あの女の子の声がして、視界が明るくなった。
そして見えてきたのは、今まで見てきた世界とは違う場所。ここが……彼らの世界……。
「よろしくね!!イチゴちゃん!!」
イチゴちゃん?
誰のことを指しているのだろうと思ったら、彼女によって持ち上げられて、彼女の顔がドアップで視界に映る。
「君の名前だよ!!ピンク色だからイチゴちゃん!!かわいいでしょー?」
「あら、もう名前付けたの?」
「うん!!イチゴちゃんだよー!!」
「かわいいわね。その子にピッタリ」
「でしょでしょー?」
どうやら彼女によって私の名前は『イチゴ』にされたらしい。イチゴがなんだかは分からないが私の色と同じ物らしい……?
うわぁ!!
彼女がいきなり私を持ち上げながら立ち上がった。
「イチゴちゃん!!アヤの名前は
そうして私が景色を見えるように抱き直すと、アヤは私に家の中を案内し始めた。
アヤの家は、ワクワクでいっぱいだった。
私が家の中で初めて見た場所は「りびんぐ」というそうで、「てれび」という四角い箱の中に人間が入っている物があった。いったいどうやって入ってるんだ?アヤは女の子たちが「あいどる」というものを目指すお話と黄色いネズミが男の子と一緒に頑張るお話が好きなんだって。よく分からないけど、アヤやママとは違う感じの物が動いてておもしろかった。
次に案内されたのは「きっちん」。ママがご飯を作る場所なんだって。私は中に入っちゃダメみたい。アヤが持ち上げて見せてくれた。
そして最後に「アヤのおへや」に案内された。部屋に入ると……「仲間」がいた。
「ほーらイチゴちゃん!!お友達だよーー!!チョコちゃん!!ご挨拶してね!!」
アヤに床に置かれた。
「こ、こんにちは……?」
茶色の毛の下膨れがあってかわいいこの家の先輩。見た目からしてきっとかわいい声に違いない。そう思った次の瞬間……
「おー!!新入りか!!よく来たなぁ!!この生活を一緒に楽しもうぜ!!」
わぁ……ギャップがすごい……。
「よ、よろしくお願いします」
「いやまあ、戸惑うことも多いかもしれないが、されるがまま居れば良いだけだから」
「は、はぁ……?」
「お前はどこから来たんだ?」
「え?あーえっと……『がらす』の中です」
「じゃあ俺と同じだな。仲良くしようぜ!」
ちょっと強引だけど優しい先輩、優しくしてくれるアヤのおかげでここでの生活にはすぐ慣れた。
「いちごちゃん!このリボン付けてあげるね!」
「チョコちゃん、イチゴちゃん、ご飯ですよー!」
「ぎゃーーーーっ!!!これ怖い!!イチゴちゃんチョコちゃんおいで!!」
私たちを飾りつけたり、ままごとに付き合わせたり、一緒にテレビを見たり。アヤの遊びの種類は無限でそれはそれは楽しい日々だった。彼女は私たちを抱っこするのが大好きで、いつも抱っこしながらかわいいねぇと褒めてくれた。私たちはいつも一緒だった。アヤの楽しいことも、辛いことも、全部私たちが話を聞いてあげた。いつからか私にとって、アヤは大切な存在になっていた。
……しかし、それは永遠では無かった。
いつからか、アヤの興味は他のものに移って行った。友達、アイドル、アニメ、漫画、勉強……。私もチョコも相手にされることが少なくなってきた。
「ねー?この子たちのこと、ちゃんとお世話するって約束したでしょ?ちゃんとお世話しなさい!お風呂にも入れる!!」
「えー今度やるよ今度」
「今度って……そればっかりじゃない!」
……ついには抱っこすらあまりしてもらえなくなった。
私は捨てられてしまうの……?
「チョコ、私たちどうなるのかな?」
「分からないが、たぶん大丈夫だ。あれだけ可愛がってくれたのだから」
チョコは呑気だが、私の不安は日に日に大きくなっていった。
そして、さらに年月は流れ、アヤは高校生になった。
部活や勉強ばかりで、私たちのことは目に入っているのかすら怪しい。それでも、アヤの近くにいれればそれだけで良い。高校生活が心の底から楽しそうなアヤを近くで見れる。それだけで私は幸せ。そう考えるようになっていた。
「っっっ!!!イチゴ!!!!!」
急に暖かいものに抱きしめられた。
懐かしいこの感覚。
……アヤ?
いつぶりだろう。
アヤに抱きしめられたのは。
あー。
おっきくなったんだなぁ。
でも、あの暖かさは変わらない。
「イチゴ……チョコ……」
いつのまにかチョコも抱っこされていた。
あれだけ毎日が楽しそうだったアヤが目に涙をいっぱい溜めている。
「アヤ、どうしたの?何があったの?」
「どうしたんだ?アヤらしくないぞ?」
私たちが必死に声をかけるけど、私たちの声はアヤに届かない。いや、届くはずない。
アヤは私たちの体に顔を埋めて泣き続け、しばらくすると、ふと顔を上げた。
「あーあ……普段ほっといてんのにね。昔から嫌なことあるとあなたたちに話しかけてたっけ。」
懐かしむような目をして私たちを抱き直した。
「もう私の癖なんだね。あのね、前みたいに話聞いてくれる?」
そうして、アヤは高校で起こったことを話してくれた。部活でのちょっとしたすれ違い、意地の張り合いが原因で仲間と気まずくなってしまったこと。みんなが自分の気持ちを理解してくれないのならば、と思い距離を置いていたけれど、次第に気持ちのコントロールが付かなくなってしまい、感情が爆発してしまったこと。
「私が意地になってるのが悪いんだよ?でもさ、私だって間違ってるわけじゃない。かと言ってあっちが間違っているかって言ったら間違ってない。正解なんて無いんだよね。だから話し合うことが大事なのに……友達とここまですれ違ったこと無くてさ。でも、お母さんにも心配かけたくないから相談できないし……」
そこまで話すと私たちを自分の顔の前に持ち上げた。
「ふふふ。君たちはいつでも私の話を聞いてくれるね。いつからだろうね……君たちと遊ぶのが恥ずかしくなっちゃったの。別に恥ずかしがることは無いのに」
「恥ずかしい!?なぜそう思う!?我々ともっと遊べ!!いちごもそう思うだろ!?」
「うん。そうだね」
私はアヤの目を見た。昔と変わらない優しい目。
「今からでも遅くないよ。またいっぱい遊ぼうよ」
私たちの声は届かない。
そのはずなのに……
アヤは少しびっくりした顔をして
「なんか、君たちから私と遊びたいオーラがする気がする。」
……私たちの声が……届いた……?なら……
「アヤ、アヤの性格はみんなも知ってるはず。いつからでもやり直せるよ。残りの部活を楽しむためにも全力でみんなとぶつかってみなよ」
「そうだそうだ。それで何かあっても、いつでも話を聞いてやる!!」
「……行動しろって言ってる……?ふふふ。やっぱり君たちって生きてるの?昔から妙に人間臭いよね」
部屋に来た時とは違い、吹っ切れたような顔をしたアヤ。どうやら我々は役に立てたようだ。
アヤ、君には素敵な人生を送って欲しいんだよ。私にとって君は『宝物』だから。
でも、できることなら、たまには抱きしめてほしい。今のように。
そうして私は幸せな時間を過ごした。
「は!?え、制服にめっちゃホコリ付いたんだけど!!」
あ、ホントだ。
「なんで?……って、イチゴとチョコ!!あんたたちか!!あーー最後に干したのいつ!?ってか洗ったのいつ!?」
さっきまでの感動の展開はどこへやら。
私たちは抱っこすらしてもらえず、耳を持たれてリビングへ連行された。
「お母さん!!この子たちホコリやばいんだけど!!」
「だからお風呂入れなさいって何度も言ったでしょ?抱っこしたの?そりゃそうよ毛深いんだしホコリ付きやすいわよ」
「今日部活午前で良かった!今洗って干しちゃう!それにこれからはちゃんとお手入れする!!」
そうして、久方ぶりのお風呂に入り、私たちは干された。洗濯バサミが……痛い。
「やっぱり痛い……。乾かし方どうにかできないのかな?アヤが使ってる『どらいやー』使ったりさ」
「諦めるんだな。我々の中身はアヤの髪や肌とは違う」
「そっかぁ……綿だもんねぇ……」
この痛みを乗り越えれば、きっと明日が来る。
アヤのお気に入りのぬいぐるみとしての、楽しい未来が。
『私』と出会ってくれてありがとう 真夜依 @mayoi07031503
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