第106話 [挿話] フワモコ少女の散歩 (メリリ視点)
塔の
強面で身体の大きなおじさんが、体力をつけるためにたくさん食べてしっかり運動をした方が良いと助言してくれたのだ。
シルバと名乗ったその人は見かけによらずやさしくて、何かとメリリを
公爵閣下は冷淡で、執事のお兄さんは何を考えているのかわからなかったし、ここで召使いのように働いている骸骨たちは見た目からして怖かった。
そしてあの
それが公爵夫人だったと聞いた昨夜、再び眼の前が真っ暗になったのだ。
旦那様の公爵閣下に謝りに行ってメリリの滞在を認めてもらえたが、まだ公爵夫人その人に会うことが叶わずにいる。
彼女は昨夜から体調不良で寝込んでいるという。
もしかしたらメリリの態度が奥様の心をを傷つけてしまって、それでお身体の具合が良くないのだろうか。
ぐるぐると考えを巡らせてはみても、ただただ空回りするばかりだった。
執事によって容赦なくザブザブと丸洗いされ質の良い衣服を着せ付けられた少女は、大きく息を吐きだして空を見上げた。
「わたし、どうしたら良いのかな。とにかく奥様にお会いして、必死に謝るしかないんだけれど……でも、お会いするまえに気絶しないように根性で怖い気持ちを抑えなければ……」
未だに塔の内部を行き交う骸骨たちにビクビクおどおどしている
そんなメリリが、はたして再びあの恐怖に耐えられるのか。
「いいえ、耐えるのよ。大丈夫、骸骨たちはこちらに危害を加えたりしないみたいだし……もしかしたら、奥様だって良い人かも知れないじゃない」
グッと拳を握り、希望的観測を口にする。
そうなのだ。シルバさんは大きくて怖そうでも面倒見が良いひとだし、執事のエドさんだって一緒に閣下と話してくれた。
あの冷血漢な閣下だって、頑張って話してみたら結局はメリリのことを気遣ってくれたじゃないか。
そんな人たちと一緒に暮らしている方だもの、きっと大丈夫。
少女は気を取り直して、塔の外周を散策することにしたのだった。
・
・
てくてくと塔の外周をまわる。
高さもあるが案外と広さもある建物だと思う。
そして古い。
一階正面の正式な出入り口である
メリリは厨房の勝手口だという小さな出入り口を経て内緒の地下道から地上にやって来たのだが、塔の住人たちは主にそちらの方を
勝手口が荘厳華麗なやんごとなき方々の墓場に通じていただなんて、誰に言っても信じてもらえないと思う。
だが、この件は塔の住人にとって超重要事項にあたるらしく、メリリも内密にするという魔法契約の締結に同意することになった。
執事さんの説明によれば、塔内の機密情報を含むワードを言葉にしたり書き記したりできなくなる術式が組み込まれているのみで、他言すると命がないとかの危険なものではないらしい。
メリリは素直に彼らを信じることにして、塔内外での自由な行動を許可された。
閉ざされた扉の前から時計回りに外周をまわっていると、そよそよと風に吹かれて壁に張りついている蔓植物がゆらゆら揺れる。
塔の壁全面を覆う緑は、遥か上層階にまでも及んでいた。
壁に沿って外階段があるのを見つけたメリリ。
この階段を何処まで登れるのか自分の体力を試してみようと思いつく。
息切れのため、三階辺りの踊り場で座り込む。
ハァハァと肩を揺らしながら下を覗けば己が歩んできた成果がわかり、少しばかりの満足感を味わった。
ふと壁の植物を見てみれば、赤黒い小さな実が沢山ついている。
「何の実なのかな? 食べられるかな?」
気づけば思わずひとり言を
指先で実をつついてみる。
張りのある赤黒い果皮が指先を弾いた。
プチッと一粒を摘んでみた。
瑞々しい果実が手のひらに。
クンクン匂いを嗅いでみた。
ほのかに甘酸っぱい香りがする。
好奇心が刺激され、朝食を食べたばかりだというのに……ちょっとソレを口に入れてみたい
「……!! #$%&ーーーー!!!!」
あまりの酸っぱさに
・
・
厨房で水をもらって喉へ一気に流し込む。
メリリはそれをゴクゴク飲み下し、ホーッと息を吐き出した。
食材の下ごしらえをしていたらしいシルバが、呆れた
「おいおいチビちゃん、無防備に何でも口にいれるのは感心しないぜ。
毒と聞いて、メリリは怖気づく。
「えっ! あれって毒だったんですか!?」
たしかに赤黒くて少しだけ不気味な色だったが、
もしかして食用ではないのだろうか。
故郷の街では木苺や野苺を摘みに出かけたり市場で売っているものを買い求めたりしていたので、気軽に食べてしまったメリリである。
「いや。あれに毒性はないんだが、生だと
シルバは言いながら、ことりとメリリの眼の前に皿を置いた。
「ここに生息している固有種スライムたちの主食なんだ。そして、うちの住人たちにとっては菓子やデザートの材料としても認識されているんだぜ」
素朴な白い皿の上には、赤黒くて艶々のアレがのっているタルトがちょこんと
「……ぅえっ!?」
まさか自分にまたあの悶絶を味わえというのだろうか。
シルバを見上げて涙目になるメリリ。
「まあ、良いから。
「は、いぃ……」
銀のデザートフォークを渡されて、渋々と小さく
少女は大きく目を見開いた。
「……はうぅ!!」
サクサクのタルト生地にたっぷりのカスタードクリーム、そこにしっとりと調理された甘味と酸味の絶妙な果実たちがぶつかって得も言えぬ濃厚な美味しさが成り立っている。
「ぅう、はぅ……はぐはぐ、もぐもぐ……」
言葉にならない単語らしきものを漏れこぼしながら、メリリはホクホク食べ進む。
「どうだ、旨いか?」
シルバの問いにコクコク頷き、ゴクンと最後の一口を飲み込んだ。
「…………はぅん」
全部食べて無くなってしまったと悲しそうなメリリの表情に、ニヤリと笑う大柄な料理人。
「ハハハ、素直でけっこう。コイツは加熱調理すれば極上の食材にもなるんだよ。ちょいと調理の匙加減が難しいが、毒なんかじゃないから安心しろよ。んで、もう一個食べるか?」
「はいっ! いただきます」
すっかり胃袋を掴まれて、極上の良い返事を返したメリリだった。
ふと隣で何やら動く気配を感じたメリリは、視線をそちらに動かした。
そして奇妙な光景に固まった。
「え"!?」
テーブルの上に載せられた皿と、その上に載っているプルプル揺れる何か。
何かの中で漂う闇苺タルトの
「え"ぇ"!?」
信じられなくて二度見した。
するとプルプルが、向きを変えてクニャリと変形する。
「え"ぇ"ぇ"!! ……ナニコレ!?」
変形したプルプルの中身が揺れた。
驚きの表情でプルプルを見ていると、シルバが苦笑する。
「ああ、チビちゃんはコイツを見るのは初めてだったか。コイツはお嬢、……公爵夫人のペットで、ベリーという名前のダークベリースライムだ」
「スライム……ってことは、さっき言ってた固有種スライム?」
「ああ、そうだ。他の奴らは生の闇苺だけを主食にしているんだが、コイツは何でも食べちまう。そのせいなのか、近ごろは他のダークベリースライムたちよりもズンズン大きく育って色味が薄くなってきちまっててなぁ。それに、何となくだが少し光沢が出てきているような気がするんだよ……」
「……へ、えぇ〜」
「ま、塔の住人に危害を加えたりはしないし可愛いヤツだから。仲良くしてやってくれよ」
プルプルがクネクネっと上半身らしき部分を曲げてお辞儀のような仕草をしてきたので、メリリはスライムなのにお行儀が良いのだなと思った。
「えっと、ベリーちゃん? わたしはメリリ、仲良くしてね……」
言葉が通じるとは思わないが、何となく話しかけてみれば、ベリーと呼ばれるスライムが皿の上でポヨポヨと小刻みに跳ねた。
「え。この子わたしが言っていることがわかるのかしら?」
「ん〜、どうだろうな? お嬢もコイツに色々と話しかけているから、もしかしたらもしかするかも知れないな……」
「……触ってみても大丈夫かな?」
「ああ、問題ない。なかなか陽気で可愛いやつさ」
恐る恐る、メリリは指を差し出した。
皿の上のプルプルを、ツンツンと
「わぁっ、不思議な手触りだ〜。でも、すっごく可愛い」
さほど時間をかけることなくすっかり打ち解けたメリリとベリー。
厨房のテーブルで、しばらく遊んで楽しい時間を過ごしたのだった。
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
[ クマな作者のひとり言 (*^(ェ)^*) ]
毎度ながらたいへんご無沙汰をしております。
プライベートがバタバタで創作にちっとも身が入らない困ったクマです(^^ゞ
次の章のお話を未だに一話分しか書き上げていなくって、ウンウン唸っておりまする。
とりあえず、とにかく、いま何かを投稿したい……と、メリリ視点の小話を単発でお送りしてみました。
次章が書き上がるのがとうぶん先になりそうなので皆さまどうか忘れないでねという、我が儘自己主張なのでございます。
ヒロインとの出会いを書こうと思っていたのに散歩場面だけで一話分の長さになってしまい、挿話として挿入と相成りました (苦笑)
そんな不純な動機の産物ではございますが、ちょこっとでもお楽しみいただけたら嬉しいです(T_T)うるうる。
季節がすすみ、段々と涼しいから寒いに移り変わる今日このごろ。
どうぞ皆さま、お身体に気をつけて元気に過ごしてくださいませね。
2024 秋の吉日 しろ いくま
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