第4話 私が何と出会ったか

 手探りで暗がりを泳ぐように進む。

石造りの壁を伝って歩いているうちに、ここが円形の空間だと知ることができた。


 空間はそこそこ広い。

自分の部屋だったら十個分くらいは入るかな。

おそらく王城の謁見の間くらいはあるだろうか。


 闇だけが広がる、だだっ広い場所だった。





 窓はなく入り口だと思わしき場所には壁を通り抜けるためのアーチ状の通路が開けられていた。

外周は通路と階段で、そちらにも窓らしきものはなかった。

何処もかしこも真っ暗闇で足元がおぼつかないが、階段を使えば上階へも下階へも行き来することができるようだ。





 先ずは階段を上って上の階へ行こうと試みるが、階段を登りきったところで行き止まり。

上の階の円形空間への入り口は、びついた鉄の扉で閉ざされていたのだ。

厳重に鍵がかけられているらしく、取っ手はピクリとも動かなかったし、扉本体だって押しても引いてもビクともしない。

ここにきて、やはり自分は閉じ込められたのだと改めて再認識させられたのだった。





 悔しいが、脱出方法なんて思いつかない。

今は……諦めるより他にない。

ため息を吐き出して、とぼとぼと来た道を戻ることに。

次は階下へと進む。

自分が倒れていた階を通り過ぎ、その下の階へと降りてゆく。

指や顔に何か得体のしれないものが引っかかるのを払い除けながら、ゆっくり進む。

途中の壁際に、角灯がぶら下げられているのを見つけた。

ブリキ製の四角いわく硝子ガラスがはめ込まれた大きめなもので、魔石燃料はちゃんと充填されているみたい。



 持ち手を握って天板部分に手をかざし起動させれば、ほのかなあかりがともる。

途端に、ツツーっと子犬くらいの大きさの何かが…………音もなく降りてきたのだ。

それは、もう……目の前に。

「いゃーーーッ」

かすれた声で思いきり叫んだ。

自分も驚いたが相手もびっくりしたようで、それはカサカサと音を立てながら素早く壁際かべぎわっていった。



 一瞬のうちの出来事だったが、はっきりと見えてしまった。

角灯の灯りが、ご親切にも照らし出してくれちゃったのだ。

艶々つやつやの脚がうごめさまを。

大きくふくらんだ腹の禍々まがまがしい文様もんようを。





 それは大きな蜘蛛クモだった。

あの巨体で、どうやったのかは知らないが石壁の隙間すきまに入り込んで姿を消した。

認識した途端にゾワワっと鳥肌が立ち、ヒィッとのどの奥で息を呑む。

どんなに大きくても、ふつうの蜘蛛は掌に乗るほどの大きさだろう。

見間違い? 幻覚?

それとも悪い夢でも見ているのだろうか。

「何? 何なの!? あんな大きな蜘蛛なんて知らないわ。見たこともない。……毒蜘蛛かしら? 他にも居るのかしら……」

自慢じゃないが、元は箱入り娘の侯爵令嬢だったのだ。

屋敷内には羽虫一匹の居場所もないほどに掃除が行き届いていたし、まれに害虫が入り込んできたとしても使用人たちが排除するような環境だった。




 止めておけば良いものを…………怖いもの見たさが勝ってしまった。

あとから思えば、その場所をわざわざのぞかずに通り過ぎてもかまわなかったのに。

いや、危機を察知するべく、確認せずにはいられなかった、……のかも知れない。



 階段を降りきって、開いていた木製の扉から円形空間の内部を角灯で照らした。

「っっっいっっやぁぁぁーーーーあ”ぁ”ぁぁぁ!!!」

ぼんやりとした灯りに照らし出されたのは、やはり蜘蛛。

そこそこ広い空間にうごめく脚と、角灯の光を反射する沢山の赤い目。

床にいつくばっているのも居れば、壁に張り付いているのも見えた。

天井からは幾筋もの糸がれ下がり、その先端には尻から糸を伸ばした不気味な姿。

空間内のあちらこちらに大きな蜘蛛の巣が張り巡らされていて、とてもじゃないが足を踏み入れる気にはなれそうにない。




 ふと、蜘蛛の巣の一つが目についた。

もちろん巣の中央部分には家主クモが居るわけで。

口顎くちあごと前脚部分を上手く使って、大事そうに何かを抱えている。

ピクピク動くそれを、巣の主はクルクルと糸で包み込む。

奴は見惚みほれるような見事な早業で、糸玉を作り上げてゆく。

耳をすませば、チューチュー……っとかすかな鳴き声。

考えたくはないが、中身はたぶん屋根裏とかを走り回っている小動物じゃなかろうか。

他の蜘蛛の巣にぶら下がっている糸玉からは、細長い尻尾がダラリと垂れ下がっているものも。

考えたくないが…………たぶん、そう。……きっとそう。




 ここに生息している小動物いきものたちは、おそらく大蜘蛛の獲物であり保存食にされちゃう運命なのだ。

「ヒィィィぃぃぃぃーーーー。いやぁーーーっ」

そこまで考えたら見ていられなくなり、身震いしながら急ぎ足で逃げ出した。

危うく角灯を取り落としそうになったが何とかこらえ、下へ下へと降りてゆく。

一刻も早く大蜘蛛の巣窟そうくつから遠ざかりたい一心だった。



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