2-⑰落ちろ芋アンティーク

「どうだ?」


 青白い肌を晒した青年――クリフォードの胸に手を当てたリアナに、俺は聞いた。


 手に灯る光がクリフォードの体を柔らかく包む。聖女による治癒魔法は並みの冒険者の比ではない。

 

 助けてやりたい。できればもう一度、技師として再起できるようにしてやりたかった。


 

 だが、リアナは静かに首を振る。


 

「くそっ……」


 毒づくと、リアナがクリフォードの胸から手を放す。


「魂を食われてる。たぶん、アタシたちが来た時にはもう……。あの分じゃ制御もできないから、ブービートラップとして使われたのかもね」


 そう言って、リアナは長いため息をついた。そして、もう一度クリフォードの胸に手を当てて、目を瞑る。


「もういいのよ。痛みも、つらさも、全部置いていっていいの。還るところは皆同じだから」

 

 クリフォードの体がいっそう眩い光に包まれた。光からは柔らかな暖かさを感じる。瞬きすら失われていた目が、わずかに見開かれた。


「あ……ぁぁ……」


 呻きと共に浅かった呼吸が深くなり、一度だけ大きく肺を膨らませる。


 それを最後に青年の表情は安らかなものへと変わり、やがて静かに目を閉じた。


 

 リアナは立ち上がり、ゆっくりと後ろに下がった。俺はその肩を受け止める。

 

「……アタシたちのやったことは決して無駄じゃない。奪われた魂を大気に還し、体を人のものへと戻すことはできた。これで、この子を人として弔うことができる」


 肩を掴む俺の手に触れながら、リアナはそう言った。


 俺たちは共に祈りを捧げる。クリフォード・ゼン・フェアファクスという青年の最後を見届けたものとして。


 

 ――だが、静かな祈りは爆音に邪魔される。


 

 遠くから金属を打ち合う重い音と、魔法の炸裂する音が響いてきた。


「おちおち祈ってもいられないのかよ」


「仕方ないわね」


 互いにため息をついて、俺たちは抜けた天井から洞窟を脱したのだった。



             ◇   ◇   ◇

               ・   ・

             ◇   ◇   ◇


 

「あ~……こりゃ酷いわね」


「マジかぁ……」


 洞窟の入口近くの丘で、俺たちはその光景を見て愕然とした。

 

『ぐあああぁぁぁ!』

 

 拡声されたオーウェンの声が森に響く。

 

 

 ちょうど魔装ティタニスが、古代兵器の砲撃をモロに食らってひっくり返るところだった。



 だが、オーウェンとて遊んでいたわけではない。彼の奮闘は周囲の状況から見て取れた。


 魔装ティタニスの片腕は吹き飛ばされ、古代兵器の一体は巨大な槍を突き刺されて停止している。ここまで、凄惨な戦いを繰り広げていたのだろう。


 だが、一歩及ばなかった。

 

 クリスたち冒険者も魔法で援護しているが、まるで効いている様子がない。


 煙が晴れた時、そこには頭部を無くした魔装ティタニスが動かなくなっていた。


 

「くそっ! あのおっさんやられちまったぜ!?」


 そう言いつつもクリスが槍を構える。その後ろには冒険者たちがいて、彼らは保護した技師たちを庇っていた。


「おい! もう逃げよう!」


「バカタレが! 中でリアナちゃんたちが戦ってるのに逃げられるかい!」


 一人だけ逃げようとした仲間の頭を本で殴りつけながら、セシリーが叫ぶ。だが、古代兵器が彼らの方へ向き、誰もが声にならない声を上げた。



 その前に、俺たちは降り立つ。



「ユーリ!? 無事だったのかよ!?」

 

「死んだと思ってたのか?」


 仰天するクリスにそう返すと、「いいや、ぜんぜん」とこんな状況にも笑いが零れた。


「アンタたち、やれるの!?」


「おーけーおーけー。ぶっ飛ばすだけの方が全然カンタンよね!」


 駆け寄ってきたセシリーにそう返して、リアナが揚々と意気込みながら肩を回した。


 

 だが、よくない話は続くものだ。

 


『ユーリ様、リアナ様! クロエです!』


 イヤーカフから声が聞こえる。俺たちは嫌な予感がして、顔を見合わせた。


『現在、私たちはフェアファクス家魔装ティタニス隊と共に魔災連の大型拠点を攻撃しています! ですが、敵の抵抗が予想以上に激しく、攻略が難航している上、四つ足の古代兵器一体がイゼイヴの方角へ離脱しました! 恐らく敵の目的は逃走ではなく、街への攻撃です!』


「うっわ……。今日は厄日ね」


「ちょっ……リアナちゃん!? なんだい!? どうしたってんだい!?」


 リアナが頭を抱えてよろめく。イヤーカフの声は着用者にしか聞こえないのだ。わけのわからないまま、セシリーがリアナの体を支えた。


 リアナがそんな調子なので、俺が代わりに返事をする。

 

「クロエ。つまり……なんだ?」


『お願いです……! 魔装ティタニス隊にこれを追える余力も、追いつける速度もありません! ですからお二人の力を――貸してください!』


 そんなクロエの必死の叫びが耳元に響いた。


 俺とリアナは揃って長いため息をついて、目の前の古代兵器を見上げる。


 

 こっちの仕事だって終わってないんだよなぁ……。


 

 

 だが、どうにかしなければならない。


 俺たちはこんな状況なのに何かが可笑しくて、つい鼻で笑ってしまった。


「なにもかも上手くいかないな。最悪な一日だ」


「そう。上手くいく方が珍しいのよね。でも――」


 リアナは前のめりになって顔を近づけてくる。


「その方が楽しいのかな? って思うの、ちょっと不謹慎よね」


「なんだよそれ」


 俺はそんなリアナを笑った。

 

 人を散々振り回しておいて、何を言ってるんだこいつは。もしかして知らなかったのか?


 

「俺はずっと楽しいけどな」


 

 言ってやると、リアナは手をぐっと握りしめて自分の胸に当てた。その仕草に、お互いの鼓動が同じリズムを刻んでいるような気がして、俺も胸に手を当てる。

 

 この手に返ってくる鼓動が、リアナの感情をも伝えてきて、俺はそれに心の中で返事をした。


 

 ほら、お前も楽しんでるじゃないか。



「じゃあ、やるか」


「うん。良い日か悪い日かは置いといて、今日もきっと楽しい日になる。……二人なら」

 

 銀髪がかき上げられて、耳の黒い鈴核イヤリングが揺れる。


 俺が腕に着けた振鈴ブレスレットが武者震いのように共鳴し始めた。


 

 ――我、古へ復ち返るは後悔に非ず。


 

 古代兵器が迫る中、リアナが祈りを捧げる。鈴核イヤリングに光が灯り、その体を包むように空間が歪んだ。


 

 ――我ら、後来へ思い馳すは恐れに非ず。


 

 次ぐ言葉で、俺たちは声を合わせる。


 俺の振鈴ブレスレットが燃え上がるように魔力を帯び、対となる鈴核イヤリングがよりいっそう輝きを増した。


 

 光が最大になった時、リアナの姿が忽然と消える。

 

 

「て、転移魔法――!?」

 

 セシリーが驚きに声を上げた。


 そうだ。リアナは先に迎えに行った。

 

 

 ――汝、方今を改むは哀惜に非ず。

 

 

 古代兵器はもう目の前だ。

 

 あんなものに踏み潰されればひとたまりもないだろう。

 

 だが、必ずあいつは来る。やってみたことはないが、絶対にここ来る。だから俺は、ここに立ち止まって腕の振鈴ブレスレットを掲げるのだ。



 俺は叫んだ。俺たちの新しい力の名を。

 


「――来い! ニグルム!」

 

 

 俺の頭上の空がぐにゃりと歪む。そこにガラスのようにヒビが入り、隙間から眩い光が漏れた。


 

 そして、それは現れる。

 

 

 空間の壁を叩き割り、天を砕き、世界の理すらぶち抜いて――何かが飛び降りてきた。


 直下にいた古代兵器は反応することもできず踏み潰される。


 金属が軋み、岩が砕かれ、轟音が森に響いた。

 

 

 その場にいた冒険者たちは逃げるのも忘れて呆然と立ち尽くす。

 

 

 ざわめいていた森に静けさが戻り、舞い上がった土煙が晴れた時、そこには一体の黒い巨人が立っていた。

 

 

魔装ティタニス――神格魔装ティタニス・エルダーか……!?」


 誰かが声を絞り出す。


 そこにいるだけで圧倒的な存在感を誇示する巨人に、冒険者たちは気圧されていた。



 だが、踏みつぶしたと思っていた古代兵器に動きがある。


 

 反応したニグルムはもう一度古代兵器を強く踏みつけて距離を取るが、錆びついた金属が組み合わさるような音が内部から聞こえる。


 俺はまだ終わっていないことを予感し、叫んだ。


「リアナ!」


『来て!』


 ニグルムから少女の声が響き、振り返りざまに開いたハッチへと巨大な手でいざなわれる。


 俺はニグルムの手を踏み台にコックピットへと飛び込んだ。その間も動く巨体のせいでバランスを崩すが、後部座席から伸びてきた腕に支えられる。


 リアナが強い視線で俺を見た。


「急だけど、この子のデビュー戦なんだからしっかりしなさいよ」


「ああ、カッコいいところ見せないとな」


 シートに座り込み、レバーを握ると、ニグルムは俺と繋がれた。俺の体を氷の結晶にも似た鎧のようなものセイフティリグが固定する。


「クリス、セシリー! みんなを避難させてくれ!」


 外部に向かって叫ぶと、後方を映すモニターで、顔のいい青年がぐっと親指を立てるのが見えた。


 やはりどんな状況でも率先して動けるクリスたちは頼りになる。

 

 その時、ニグルムの足元では古代兵器から何かが射出された。


 ブゥンと耳の近くを羽虫が通るような音が聞こえて、ニグルムの前に浮く。


 

 それは一つ目の虫のような兵器だった。



 四方に羽ばたきのないの翅を伸ばし、重力を感じさせない飛び方をしている。

 

 オーウェンが倒したはずのもう一体からも同様のものが飛び出してきて、空中に二体の一つ目が浮かんだ。

 

「そんなヒョロそうな追従器スクワイアで勝てると思ってんのぉ?」


 リアナが余裕そうに言う。どうやらドローンのような支援兵器らしい。

 

 そう思いつつニグルムを構えさせると、背後で土煙が上がった。

 

 俺たちがクリフォードと戦っていた場所からだ。独特の飛行音が聞こえて、複数の影が飛来する。


 

 気がつけば、追従器スクワイアは六体に増えていた。


 

「アタシ、フラグ立てちゃったかも。来るわよ」

 

「回収までがっ……早すぎるだろ!」


 言葉の途中で、俺はレバーを引く。

 

 ニグルムを囲む追従器スクワイアはその一つ目から光線を放ってきたのだ。


「ビームとかアリかよ!?」


「アレは半分魔法よ! プラズマだけど拡散しないように魔法で被覆されてる!」


「今は難しい話やめろ!」

 

 光線は四方八方から飛来する。


 

 だが、俺は一瞬でその全てを把握していた。


 

 ニグルムが感知する周囲の情報が、俺の五感すら飛び越して脳に直接伝わってくるのだ。そこにリアナの高速な思考が加わって、なにをどうすれば被弾を避けられるのか、瞬時に答えを導き出す。

 

 

 俺はニグルムを躍動させた。

 

 

 人の十倍の巨体を捻じり、かがませ、避けきれないものは腕に展開した防御魔法で弾く。

 

 連携した追従器スクワイアが複数の光線を束ねるように放ってくるが、ニグルムの防御はいとも簡単にそれを防いだ。



 動ける。前回よりも圧倒的に、滑らかに動ける。


 魔装ティタニスでの戦闘はまだ二回目だが、俺の中には焦りなどはなかった。


 あるのはその逆――この二グルムならば負けないという圧倒的な自信だ。

 

 

「クリスたちは十分離れた! 今ならやれるでしょ」


「ぶっ放していいのか?」


「デビュー戦なんだから派手に飾ってあげたいじゃない?」


 リアナがレバーを引くと、背中に懸下された剣が音を立ててせり上がる。


 俺は固定を外された長剣――【アンスウェラー】を引き抜くと、ニグルムの左腕に防御を集中して光線を防いだ。


 

「――ザコに時間かけてられないのよねぇ!」


 

 長剣アンスウェラーへと急速に魔力が流れ始める。リアナが魔法を編み上げ始めたのだ。しかも、先ほどの戦闘での編み上げよりも、数段早い。


 俺は瞬時に剣を構える。


 ニグルムの全周を囲んだ追従器スクワイアの一つ目が赤く瞬く。光線が撃たれる前兆だ。防御をしなければ直撃するだろう。



 だが、すでにリアナは魔法の編み上げを終えていた。



「落ちろ芋アンティーク! 今度こそ永遠にィ!」


 後部座席から聖女とは思えない獰猛な叫びが上がる。俺たちはレバーを大きく押し込んだ。


 

朱焔熱撃波ナイギス・エクス・スペクトラム!」



 熱量を広範囲に照射することだけを追求された魔法が放たれる。

 

 振り抜いた衝撃にニグルムの足元から土煙が噴出し、森全体が大きく揺れた。


 破壊の光を放つ長剣アンスウェラーの一閃が、周囲の空間を焼き尽くす。その熱に耐えきれず、追従器スクワイアの装甲は亀裂を走らせ、翅を溶解させた。


 内包していた魔力と熱量が弾け飛ぶ。


 

 浮遊していた追従器スクワイアは、次々と空中で爆散していった。

 


 直接触れるまでもなく、拡散させた魔法でこの威力。しかも魔法の編み上げまでもが生身よりも早い。


 俺はいとも簡単に複数の古代兵器を撃墜せしめた力に、身震いする。


 

 これが、神格魔装ティタニス・エルダーか。

 


 リアナの言う通り、これは人間同士で使う兵器ではない。もしこんなもので死に物狂いの殺し合いを始めたら、なにもかも壊れて無くなってしまうだろう。

 

 周囲の景色を歪める陽炎を見ながら俺は静かに息を吐き、長剣アンスウェラーを収めるのだった。

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