2-⑯心臓を解き放て

 意気込んではみたが、いざ始まってみるとやりにくい相手だ。

 

 俺は敵の触手を膝蹴りで浮かしながらそう思う。

 

 今の膝蹴りも効果的なダメージが入っていない。そもそも俺の格闘術は生き物の関節や内臓など、内部を破壊することを目的としている。表面の防御力が高い相手に対し、中身に衝撃を伝えることで急所を潰すのだ。


 

 だから、関節や内臓のない触手に対しては効果が薄い。



 対して、リアナの剣ならば切断することで敵の武器を削ることができるが、こちらも容易に事は進んでいない。


 触手の俺たちに対する動きが、俺とリアナでまったく違うのだ。


 俺へは触手で包囲するようにダイナミックな振り回しなのに対し、リアナへは触手の側面を見せないよう、尖った先端で引っ掻くような攻撃を行っている。



 こいつには明らかに思考がある。



「くそっ! 埒が明かねぇ!」


「一気に吹き飛ばすのは……ダメね」


 削り取るように襲ってくる触手を弾き飛ばしながらリアナは首をひねった。


「さっきおじさんの剣防いでた。本体のアレ、相当硬いと思うのよね」


 言われて、先ほどオーウェンの振るった剣が真っ二つに折れたことを思い出す。

 

 たしかに。クリフォードの体に当たる直前、空中で弾かれていたように見えた。騎士も務めるオーウェンならば当然、剣にも強化魔法を付与していただろう。それが折れるということは、相当な硬度を持つ防御魔法のようなものがあったということだ。


 その場合、範囲の広い魔法を当てても削り斬れないかもしれない。


 それに加えて可能であれば諸共消し飛ばす方法は避けたかった。


『アァァァァァァ! オアァァァァ!』


 獣のような咆哮が触手の中心から響く。

 

 家から見放され、家名のために死を望まれたクリフォードの叫びだ。


 俺はまだ間に合うのならば、あの青年を救ってやりたかった。それをわかっているからこそ、リアナも無茶な魔法を放ったりはしない。


 

 とはいえ、無数の触手に阻まれて接近できないことも事実だ。


 

 リアナは両側から挟むように打ち合わせられる触手を飛び越えて、声を上げる。

 

「ユーリ! 本体に直にアタシの魔法当てられる? そこまでは自分で突破してもらうことになるけど」


「当てたらどうにかしてくれるんだな?」


 そう返すと、リアナは「まっかせて~」と言って後方へ飛んだ。


 俺は意を決して身体強化に注ぐ魔力を強める。今、俺ができる限界は、せいぜいが通常の人間の四倍の速度で動く程度だ。それ以上は体が持たないし、俺が知覚が追いつかない。


 

 俺はその限界ギリギリの速度で触手の中へ飛び込む。


 

 同時に、リアナが魔法を編み始めたことが思考の共有でわかった。それも単純な魔法ではない。四属性の各要素を組み合わせた複雑かつ、即興の魔法だ。


 火は威力の増強を、水は状態の逆行を、風は集中する魔力を離散させ、土はその道筋を滅却する。

 

 

 魔法を編み上げる複雑な思考を受け流し、俺は戦いに集中した。突きを避け、横薙ぎの大振りを飛び越し、叩きつけを舞うように躱す。

 

 

 なにせリアナに向いていた触手が加わり、今までの二倍の数の触手が攻撃を加えてくるのだ。速度を上げたからといって油断していると逃げ場がなくなり、


 だが、それは敵も数が多ければ優位なわけではないらしい。


 俺が攻撃を避けると触手同士がぶつかり合い、絡まり始めた。すべての触手を振るうには俺一人に対して多すぎたのだ


 

 その好機を俺は見逃さない。


 

 力任せに解きほぐそうと擦れ合い、火花を上げる触手たちの結び目に向けて、渾身の踵落としを見舞う。


 しなりによって衝撃を逃がそうにも下は地面だ。


 強化された踵が容赦なく結び目に落とされ、土煙を上げて固い大地に縫い付けた。


 衝撃は本体にも伝わり、引っ張られるように態勢を崩す。それを立て直そうと、他の触手がわずかに浮き上がった。



 俺はその隙間を狙う。


 

「ふっ――!」


 姿勢を低くして滑り込んだ。


 反応した触手が俺を狙うが、内側に入り込めさえすれば長い触手は脅威じゃない。


 本体近くに残った触手の振り払いを左手で弾き返す。


 さらに本体に肉薄し、弓を引くように溜めていた右手を放った。


「ぐぅ……!」


 

 体の芯に響くような衝撃が返ってくる。

 

 

 俺の右ストレートは見えない壁に阻まれていた。ただ硬いだけではない。押し返そうとする弾力がある。


 ここで押し合いをしているとマズい。


 確信があった。図体の大きな敵がリーチの内側に入られれば、やることは一つだ。


 

 敵は体触手ごと体を振り回した。



 いくつか触手を縫い付けているので完全な回転はできないが、それでも無数の触手が波のように襲い掛かってくる。


 これを続けられるとこの距離にはいられない。再度、リーチの内側に入るチャンスが来るとは限らない。


 その時、リアナの叫ぶ声が聞こえた。

 

「ユーリ!」


 思考を伝えてくる。


 魔法が編み上がったこと、魔法を俺の攻撃で直接敵に流し込む必要があること、そして――今ここで決めねばならないことを。


 

 俺は前へと攻める以外の選択肢を捨てた。

 

 

 高波を想像させる触手たちは正面から見ると避け場がないが、実際にはこちらに届くタイミングが揃っていない。


 俺は両腕を構えて、待ち受ける。


 頭の高さに振るわれる触手をかがんで避け、体を水平に捻りながら飛んだ。だが、完全には避けきることはできない。


 腕に展開した防御魔法を盾に、転がるようにして受け流す。

 

「ぐっ……うおおあぁぁあぁ!」


 防御魔法が氷のように砕かれ、削り取られながらも――乗り越えた。その先に見える、触手同士のわずかな隙間に体を放り込んだ。



 次がラストチャンスだ。



 魔法の編み上げが終わった今なら俺の拳に貫通力を上乗せする余裕はある。さっきは見えない壁に阻まれたが、間合いと感触は理解した。


 あの硬い防御を砕くのは難しい。だが、砕かなくとも中にダメージが伝わればいいのだ。



 それは俺の十八番じゃないか。



 右腕を引き魔力を集中する。リアナのように即興で魔法を作ることなどできない。あらかじめ作られ、想定していたものをその通りに編み上げるだけで精一杯だ。


 触手を振り切った敵の本体に、再び右ストレートを打ち込む。

 

「【風滅破伝廻撃ケイテラス・アエル・ルティス】!」


 

 またしても俺の拳は阻まれる。だが、それでいい。


 

 いくら防御が厚くとも、外界から完全に遮断されるわけではない。たとえ拳を阻んだとしても、俺の魔法はのように回り込み、さらにその奥で発動する。


 

 防御壁のさらに奥――本体に近い空中で、風の力が爆ぜた。



『アガアァァァアァァ!?』


 至近距離の爆圧に、本体側面にあった目がひしゃげる。


 同時に拳への抵抗力が失われ、俺はさらに本体へ接近した。


「これで――ッ!」


 リアナの魔法を本体に打ち込むことができる。俺は左腕で貫手を繰り出した。防御壁が失われた今ならば――!


 

 ――だが、届かない。

 

 

「なにっ!?」


 錆色の表面に届く寸前、俺の貫手が止まる。あとほんの少し、爪の厚さ程度の距離を抜き切れない。潰したはずの目が、その大部分を損傷しながらもこちらに向いていた。


 

 くそっ! あと数ミリなんだぞ!



 しかし、それが遠い。絶対的な硬さが本体への接触を阻んでいる。


 

「――聖ッ剣ッマグナァム!」


 

 その時、意味不明な掛け声とともに、俺の側頭部を掠める何かが飛来してきた。それはあと数ミリの壁を破壊し、敵に突き刺さる。

 

 剣だ。リアナが長剣をブン投げていた。背中に膨大な数の魔法陣を展開したまま、不敵に笑った顔で。

 


 戦い方が蛮族のそれなんだよなぁ。


 

 思いつつも全身を捻り、コンパクトな後ろ回し蹴りを放つ。


 俺の蹴りは投擲された哀れな長剣の柄頭に当たり、さらに深く剣身を沈めた。


 

「巡れ紅鏡! 高天の原へ此方と等しく!」


 

 複雑な魔法に対してその構成を補足する前句を叫び、リアナは魔法陣を統合する。

 

 その瞬間、編み上げ、まとめ上げられた大規模魔法が心臓を通して俺へと流れ込んできた。


 リアナの背にあった魔法陣が、剣を中心に発動する。


 

 俺たちは叫ぶ。二人で編み上げたその魔法の名を。

 

 

星辰滅解流閃ステラ・ファン・ゲオルギウス】」


 

 眩い光が収縮する魔法陣と共に敵へと注ぎ込まれた。


 光は一気に浸食を広げ、内部に取り込んだクリフォードとの魔力的な経路を分断する。行き場を失った魔力が各所で弾け、火花のような魔力光として放出されていった。


 浸食はそれだけに留まらない。伝播する光は触手の先端にまで到達する。


 触手は痙攣する蛇のようにのたうち回っていたが、すべてが光に侵されたとき、一斉に動きを止めた。



『アアアアアアぁぁぁぁ……ぉぉぉぉ……』



 クリフォードの咆哮が力なく終わる。


 纏っていた装甲がボロボロと脱落していき、無数の触手を従えていた威容が崩れ去っていった。


 

 やがてすべてが柔い土くれのように畳まれる。



 静けさが戻った。


 崩落した天井の一部から光が差し込んむ場所に、一人の青年だけが横たわっていたのだった。

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