2-⑫面倒優良児

 路地裏の戦いの後、クロエが黒ずくめの集団を伴ってやってきた。

 

 男の名はオレグ――冒険者ではあるが、冒険者ギルド以外の傭兵仕事を多く引き受けていた生粋の荒事屋だったらしい。諸外国にも行き来して戦に加わるような男だ。だとすれば、やはり魔災連に金で雇われたのだろうとのことだ。


 

 そういった人間でなければまず関わらない。魔災連とはそういう組織だ。


 

 俺たちはその後、すぐ宿へと帰ることになった。

 

 オレグの死体も含め、クロエたちが処理をするとのことだ。クロエと話している間にもごそごそとやっていた集団を見て、俺は疑問を抱く。


「クロエがすぐ来るの、スムーズすぎるだろ」


 俺はベッドに腰かけながら言った。


 戦闘と傷の治癒で体力をかなり奪われたようで、力の抜けるような感覚に襲われる。



「呼んどいたのよ。アンタに何かあったらアタシがおっさんを挽肉にするつもりだったんだから」


「原型は留めろよそこは」


 グロい想像をしてしまって俺は顔を歪めた。リアナが言うと冗談に聞こえない。


「でもどうやって呼んだんだ?」


「ん」


 リアナは自分の片耳を指差す。そこには黒い宝玉のピアスとは別に、白いイヤーカフが着用されていた。


「これで会話できんの。あの子の『上』に持ってこさせたのよ。ユーリのもあるわよ」


 上、というのはクロエに指示を出している人間のことだろうか。


 案の定、差し出された同様のイヤーカフを見て、俺はその人間に同情した。

 

 誰だかわからないが、おそらくこの聖女にだけは渡したくなかっただろうなぁ。秘匿情報の塊っぽいものを飴玉みたいに簡単に渡さないでほしい。

 

「俺が今更着ける意味あるのか? もう襲われることもないんだろ?」


「実はまったくそういうわけじゃないのよねぇ。一度首つっこんじゃったんだから最後まで付き合いなさい」


「マジかよ」

 

 どうやら魔災連の件はまだまだ終わりではないらしい。

 

 リアナによればこの先も手伝ったり、襲われたりされなきゃいけないとのことだ。



 なんだ襲われたりされるって。釣りのエサじゃないんだぞ。


 

 そう思いつつも観念してイヤーカフを受け取る。アクセサリーには疎いため、見よう見まねで着けてみた。


「こうか?」


「それじゃ暴れたら外れちゃうわよ。貸してみなさい」


 ちょいちょい、と手招きされ、俺はしゃがんで耳を差し出す。

 

「あぁ――痛ででででで!」


 すると、思いっ切り耳を引っ張られた。一応着けてくれているようだが、俺は終わり次第、すぐに体を退く。


「痛ぁ……。えぇ……。なんで……?」


 ちょっと涙出た。

 

 困惑しながら見ると、リアナはぶすっとした表情で言う。


「これであの子といつでもお喋りできるわね」


「ホントめんどくさいなコイツ」


 もしかして今更渡してきたのもそういう理由か? と勘ぐってしまうが、口に出すと今度は耳を引き千切られかねないので、黙っておいた。

 

「ユーリに渡したわよ。クロエ」


 リアナがこの場にいない少女の名を呼んだ。見ればイヤーカフに手を当てながら、独り言のように話している。

 

『あ、はい……。ユーリ様?』


 すると、イヤーカフを着けた側の耳に控えめな声が聞こえた。妙な歪みがかった響きだが、たしかにクロエのものだとわかった。

 

 返事をしようとして、リアナがこちらを向いて自分のイヤーカフをつついてることに気づく。

 

「魔力を流しながらしゃべるのよ」


 俺はなるほど、と言われた通りに話した。


「クロエか? さっきはありがとうな」


『いえ! こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ございません』


 クロエの言葉は対面で喋っている時とは違い、かなりハキハキとしている。


「いや、そもそも俺が勝手にやったことが原因だしな……。リアナからも話は聞いてる。何かあったら言ってくれ」


『はい。先に伝えておきますが、すぐに冒険者の手を借りて魔災連討伐が行われます。ユーリ様にも加わって頂ければ心強いです!』


 すでにクロエは具体的な情報を掴んでいるらしい。俺もすでに乗り掛かった船なので断る理由はない。


 夜も遅いため軽い会話でクロエとの通信を終えると、すでにリアナはベッドの中で寝る態勢に突入していた。


「明日は冒険者ギルドに行くわよ~……」


「ああ」

 

 毛布の中から眠たそうな声が上がり、俺は短く答える。すると、「おやすみ、ユーリぃ……」と言って、爆速で寝息を立て始めた。


 相変わらずの健康優良児っぷりにため息をつき、俺も床につくのだった。



             ◇   ◇   ◇

               ・   ・

             ◇   ◇   ◇



 次の日、俺たちは朝から冒険者ギルドに来ていた。避けていたわけではないが、この街のギルドに来るのは初めてだ。


 二人で揃って金属製の証明書を出すと、受付の女性が驚いた声を上げる。


「ユーリ・コレットさんと……リアナ・レイ・エアハート様……!? 一等級冒険者様に来て頂けるなんて、ありがとうございます……!」


 女性は珍しいものをみた、という顔だ。


 そりゃそうだろう。一等級の冒険者なんて主要都市に一人いるかいないかのランクだ。街にいればあっという間に噂が広がるような存在がふらっと立ち寄れば驚きもする。地味にリアナだけ『様』付きなのもその差を感じさせた。



 まぁ、俺はこいつが一等級だなんて初めて知ったんだけどな……。

 

 

「これも聖女パワーか……? ちょっとやりすぎじゃないか?」

 

 どうせまた裏で手を回してランクを弄らせたのだろう。

 

 俺が耳打ちすると、ふふんとリアナは鼻を鳴らす。


「アタシじゃ役者不足?」


 リアナは挑発するように言うが、俺は実力を疑っているわけではない。もうすでにギルドの中でも視線が集まってしまっている状態を見て、俺には懸念があった。



 経歴詐称もやりすぎると怪しまれるのではないかと。だが――。

 

 

「三か月前にはお世話になりました。ワーグウルフの討伐をお一人でなされるなんてさすがですね」


「えぇ? マジで?」


 俺が驚くと「んっふっふ」などとリアナが口を開けずに笑う。嬉々とした雰囲気で、顔だけがこちらに向いた。


 すごいドヤ顔だ。よくうっかりしている女がやっていい顔じゃない。絶対に後悔する。


 俺の顔はきっとドン引きに色んな感情が入り混じった複雑なものだっただろう。そんな謎のにらめっこをしていると――。


「ユーリ・コレットさん、二等級冒険者様ですね。頼もしいお二方がいれば私共も安心です」

 

 

 俺のランクまで詐称されていた。



 がしっ、とリアナの肩を掴む。


「おい、俺のランク四等級……」


「そんなショボかったら恰好つかないでしょ。ついでよ。つ、い、で」


 ついでで二階級特進させるやつがあるか!


 スタッカート付きで強調してきたリアナに大声で憤慨しそうになるが、ここでバレると大問題になるので思考を送るだけにしておく。


「ユーリさんもつい最近、バウォーク近郊で単身での遺跡発見、攻略ですか。すごいですね!」


「あ、ああ……」


 部分的に合っているけど間違っている。おそらくドルカスやミックの働きが俺の手柄になっているはずだ。その功績で無理やりランクを上げさせたのだろう。力技にもほどがある。


 俺はやつらの残念そうな顔が目に浮かんで、頭が痛くなってきた。


 

 額に手を当ててふらつく。



 すると、後ろから支える腕があった。首を巡らせると、焦げ茶色の髪をした青年に肩を組まれている。


「おいおい、一等級に二等級だって? どんなやつらかと思ったら俺とそう変わんねぇじゃねーか!」


 青年はそう言って快活そうに歯を見せて笑った。


 

 顔が良い。なんだイケメンは? 歯が光って見えるぞ。

 

 

 俺が困惑していると青年は後ろに引っ張られる。


「おい、バカクリス! 人様に迷惑かけてんじゃないよ!」


「いや、見てみろって姉貴! 一等級だぜ!? すっげぇじゃんかよ!」


 見れば青年の襟首を女性が掴んで引きずっていくところだった。女性も青年と同じ焦げ茶色の髪で、鼻に残る傷跡が目立つが整った容姿は非常に似ている。


「すまないね! うちの弟が邪魔して!」


「い、いや、大丈夫だ」


 手を挙げて答えると、そのまま二人組は離れていく。


 あの二人、姉弟なのだろうか。青年の方に肩を組まれた際の感じではかなり鍛えていると見える。


「賑やかな二人組ね」


 気づけば、リアナが一枚の依頼書を持っていた。

 

 俺が絡まれている間に手続きを済ませてくれたようだ。依頼書は急遽作られたものなのか雑な字で書き殴られており、『口外厳禁』と『秘匿依頼』の印が押されている。


 そこには集合時間と場所のみが書かれていた。

 

 俺が滅多に見ない形の依頼書を眺めていると、リアナに腕を引っ張られる。

 

「さっさと行くわよ」


 されるがままに俺たちはギルドを出る。

 

「もう行くのか? 説明とか、他のパーティと合流は……そもそも集合は明日だろ?」


「いいから」


 短く言い切ったリアナから圧のようなものを感じた。


 この依頼は普通の依頼とはまったく違う。そんな予感がする。

 


 足早に郊外の指定場所に向かう中、俺は無意識に手足の装備と魔装ティタニス振鈴ブレスレットを確かめているのだった。

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