2-⑤両手に花束、修羅場に火花

「ここ……です」


 案内された場所はクロエの研究室だった。

 

 中へと入った俺は「おぉ……」と声を漏らす。


 壁には様々な星遺物のスケッチが貼り付けられ、それについての文書が山のように鎮座していた。

 

 スケッチの中には前世で見たことのあるような機械もあり、懐かしさと共に疑問が浮かんでくる。



 俺の元いた世界とこの世界との関係だ。



 違う世界だとしても、ある程度似たような文明が発展することもあるのかもしれないが、遺跡で見た物の中には明らかに繋がりを感じるものがあった。


 もしくは、俺と同じように前世の記憶を持つ人間が作った可能性もある。


 つい目の前のスケッチに見入っていると――。

 

「知ってる、ものとか……ありますか?」

 

「えっ!?」

 

「遺跡は……入ったこと、なくて」


 そういうことか、と俺は跳ねた心臓を落ち着かせる。てっきりクロエが俺の前世のことを知っているのかと勘違いしてしまった。クロエ自身は遺跡の中の様子に興味があったのだろう。


「いや、この中のものは見たことないな。俺が入った遺跡は魔装ティタニスとかの兵器が置いてあった場所だからかもな」

 

「やっぱりそうですか……?」


 ん? と俺は聞き返すと、嬉しそうにクロエは語りだす。


「私の専攻は……昔の人が生活に使っていた物が中心で……。これとか……! 小さなベッド……なんですけど、赤ちゃんをあやす……ために、ゆらゆら動いてくれるもの……なんです」


 振り絞るように説明するクロエの姿は、俺にはとても一生懸命に見えた。本当にこの分野が好きなのだろう。

 

 この世界では職業選択の幅は狭い。特に貴族でない者が自分の好きな職につくには、努力と金と運が必要だ。だからこそ容姿というハンデを背負っているにも関わらず、クロエが自分の研究に胸をときめかせている姿は尊い。

 

 様々な星遺物の話を聞きながら部屋を見回す。すると、俺は一つの書類に目を奪われた。



「これ、英語か……?」



 手に取って荒い手触りの紙をめくる。

 

 そこにはアルファベットらしき文字の羅列があった。形が崩れているものもあるが、おおよその形は前世でのそれだ。

 

「それ、古代文字の……レポートです。ユーリ様……?」

 

 この世界ではアルファベット自体を古代文字というらしい。


 俺は紙の上の文字に目を走らせながら尋ねた。


「なぁクロエ、こういうのもっとないか?」

 

「え、ええと……たしかこの辺に……」


 突然、食いつき始めた俺に戸惑いつつも、クロエは資料の束をひっくり返す。

 

 前世で得意だったわけではないが、手元のレポートに書かれているのは確かに英語だ。


「これとか……他にも、探してみます」

 

「あ、ああ!」


 クロエに渡されたものを片っ端から読み進めていく。

 

 俺は鼓動が高鳴るのを感じていた。それは期待と、そして不安という矛盾するような思いだった。



            ◇   ◇   ◇

              ・   ・

            ◇   ◇   ◇



「悪かったな……。いきなり付き合わせて」

 

「い、いいえ……私はお役に、立てれば……」


 すっかり日が落ちてしまった道を、俺とクロエは歩く。


 俺はクロエの研究室で古代文字に関する資料を読み漁った。


 わかったことは古代文字――つまり英語の意味はある程度読み解かれていること。その他の言語らしきものも見つかっているものの、非常にサンプルが少ないこと。そして、俺の前世の世界との繋がりはわからなかったことだ。


「帝都……なら、もっとわかると思うんですけど……」

 

 クロエが眉尻を下げる。


 帝都リコルドニア――俺のような田舎の平民には縁のない場所だ。他の街とは違い王族や宮廷貴族の住まいが集中しているだけに、冒険者の俺など入ることすら不可能だろう。それに、例え街へ入れたとしても――。


「いきなりそんな資料見せてくれるわけないよな……」

 

「それは……そうですね」


 あとは地道に調べていくしかないのかもしれない。

 

 俺が笑ってごまかしてみせる。

 


「あ、あの……!」



 いつの間にかに立ち止まっていたクロエが今日一番大きいと思われる声を上げた。


「私なら……きっと、見れます」

 

 それはそうだろう。家柄もあるし、研究者としての立場なら問題なく調べることができるはずだ。だが、これは俺がただ知りたいだけで、俺の記憶を頼りに調べなければならないことでもある。



 俺が困惑していると、クロエは言葉を紡いだ。

 

「もし……!」


 胸の前で不安そうに手を合わせたクロエは、一つ一つの言葉をゆっくりと繋げていく。


 

「もし、帝都にご一緒できたら……私が……! ユーリ様を、ご案内……します!」


 

 言い終わる頃、彼女の手は強く握りしめられ、目を耐えるように瞑っていた。

 

 彼女なりに勇気を出して話してくれたのだろう。それがわからないほど俺は鈍感じゃない。


「……そうか。ありがとう。もし一緒に行けたらその時は――」

 

「その時は?」



 ――空気が凍った。

 

 

 突如、背後から聞こえた声は鉛の塊のような重さがあった。


 俺はすぐに反応できなかった。しなかったと言ってもいい。その声は聞き覚えのある声だったからだ。



 だが、状況は俺が思っているよりも厄介だった。



 俺以外の誰かが、相棒がわずかに放った殺気に反応したのだ。大概の人間は殺気を向けられれば竦むはずだ。特に戦闘慣れしていない研究者など動けるはずがない。



 だというのにクロエは反応した。その手に――拳銃のようなものを持って。

 

 驚きと共に、俺はその銃口の先を目で追っていた。狙いは俺ではなく、後ろにいる相棒だ。



 クロエは切羽詰まった表情で狙いを定める。そこに邪悪さは感じない。むしろ、必死で俺を守ろうとしているように見えた。


 背後から相棒が地面を踏み込む音が聞こえる。同時に、俺を案ずる相棒の感情が頭に流れ込んできた。

 

 俺は理解した。


 

 ――今、知り合い二人が俺を挟んで壮絶な勘違いをしている。



 殺気を向け合う二人はこのままでは止まらない。

 

 違う。こいつは敵じゃない。


 そう伝えるには時間が足りない。ならできることは一つだ。


 全力で身体強化魔法を発動して、俺はクロエの方向へ走った。距離は約十歩、瞬きする間に詰められるはずだ。それでも間に合うかはわからなかった。目の端で奔る銀の閃光を追い抜くために、俺は歯を食いしばる。



 街に銃声が鳴り響いたとき、俺はクロエの手を取っていた。



「なに、やってんの!?」

 

「ユーリ様……!?」


 背後から怒鳴られ、どうやら間に合ったようだと悟る。長剣は俺の首に寸でのところで止まっていた。肩にも焼けつくような痛みを覚えたが大したことはない。



 それ以上に問題なのは、急激に視界を揺らし始めた眩暈だ。俺はそれを紛らわすために怒鳴り返す。



「二人ともやめろ!」


 

 俺の声で二人ははっと何かに気づいたようで、その場にあった殺気が散った。

 

 振り返って、そこにいた相棒の肩を掴む。


「リアナ、お前は――……」

 

「ゆ、ユーリ……」

 

 怒鳴ろうとして声が出ない。息が詰まる。リアナは狼狽えた表情で俺の名を呼んだ。


 

 なんでそんな顔してんだ? しっかりしろ! お前はもっと察しのいい奴だろ!


 

 言葉が出るならばそう言いたかった。だが、視界が前に傾斜してゆく。踏ん張ろうとした膝が自重に負けて、俺は倒れ込んだ。

 

「あ、ああっ……ごめんなさい! 私……!」

 

「ユーリ!? しっかりしなさい! なんでこんなことに……」


 重なった二人の声がだんだんと遠くなる。

 

 体から力が抜けていくのを感じながら、俺は意識を手放した。

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