2-②うちの聖女はステゴロもできる

 宿に荷物を置いた俺たちは、イゼイヴの街郊外にある山林へと来ていた。


 木剣を持って互いに十歩ほどの距離で向かい合う。


「で、なにするんだ?」


「これからは剣も使えるようになってもらわないと困るのよね」


 リアナは言いながら木剣を手の中で器用に回した。一応、片手の指でやっているようだが速過ぎて何をやっているのかまったくわからない。


「なんでだよ。俺の格闘術に不満でもあるのか?」

 

 剣を使えと言われて素直に従うほど、俺の格闘術への思い入れは浅くない。


 この格闘術は冒険者だった親から幼少の頃に叩き込まれたものだ。


 たとえ強化魔法がなくとも、鎧や毛皮、筋肉に守られた敵の#髄__・__#を破壊することを目的としている。

 

 俺としては安易に変えられるような戦い方ではなかった。

 

「ないわ。大したもんだと思ってる。けどそれは生身ならの話」


「なんだって?」


 俺が訝しむとリアナは後ろを指さした。それはイゼイヴの街で歩く魔装ティタニスに向かっている。

 

魔装ティタニスに乗るのなら……剣だけじゃない。銃に砲、盾に隠し武器――装備されてるものは全て使えるようにならないとダメ。特に神格魔装ティタニス・エルダー魔装ティタニスと戦うための兵器じゃない。アタシたちよりも上位の存在を殺すための兵器なんだから」


 リアナは回していた木剣を勢いよく地面に突き刺した。


 上位の存在という言葉に俺は息をのむ。それはつまり人間以上の何か、という意味だ。


「もちろん徒手空拳で戦う時も来る。騎士っていうのはそういうのに乗ってるのよ」


 いつの間にかにその場の空気は張り詰めていた。


 射貫くようなリアナの視線が俺を捉え続ける。俺はたじろいでしまいそうなところを歯を食いしばって、耐えた。




 しばらくして、リアナがふっと笑って硬い雰囲気を解く。


「だから、今のうちに慣れときましょって話。わかった?」


「……ああ」

 

 俺の答えに満足そうにリアナは頷く。


「じゃあ、まずは……」


 ここから剣の指導が始まるんだろう。そう思い、見よう見まねで構えた瞬間――。



「んなっ!?」



 ――リアナに蹴りで剣を弾き飛ばされていた。

 

「素手で手合わせってことで」


「不意打ちかよ!」

 

 衝撃に右手が痺れて拳が握れない。素早く飛びずさるが、それ以上の速度でリアナが迫る。


「真面目にやらないと怪我するわよ」


 言葉と共に放たれたハイキックをのけぞって避けるが、当たってもいないのに殴られたような風圧を感じた。

 

「くそっ……!」

 

 俺は悪態をつくと、雷の魔法を己の右手に発動する。


 付与させる、というよりも右手の指に通電させるイメージの魔法に痛みが走った。だが、それが狙いだ。

 


 次に俺が左右でジャブを放った時、拳はしっかりと握りこまれていた。わざと自分に通電させて、その筋肉収縮で無理やり拳を作ったのだ。



 続けて肘打ち、裏拳、掌打を混ぜて畳みかける。


「おお……」


 リアナは感心したような声を出していたが、攻撃はしっかりといなされていた。


 これでは足りない。速度をあげようと踏ん張ると、リアナからの攻撃も返ってくるようになる。


 打撃を繰り出しながら凌いでみせたが、曲芸のように放たれた足技を受けて俺の体勢が崩れた。その隙を縫った一撃が俺の顔面に当たる。


「ぐっ!?」


 鼻血が出るが、まだ意識は持っていかれていない。落とした姿勢を利用するように、不意を衝く水面蹴りを放つ。



 だがその時、リアナは空中にいた。



 何かが俺の頭上をかすめる。


 こいつ、俺がまだ倒れないと読んで、飛び蹴りを先に繰り出していやがった!


 心の中で叫んだとき、俺の中にあったのは高揚感だ。


 それは互いに同じなようで、リアナは驚きの表情の後、歯を剥いて口角を上げている。俺自身も似たような顔をしているんだろうと思った。

 


 次の攻撃で決まる。



 不思議と俺は予感していた。


 水面蹴りの遠心力をそのまま回し蹴りに乗せる。たとえリアナに規格外の膂力があったとしても、当たりさえすれば蹴り飛ばせる自信があった。


 自分ですら周囲の風景をとらえ切れないほどの回転を経て、衝撃が足に伝わる。



 そこにあったのは、互いに同じ体勢で止まる俺とリアナだった。


 俺の蹴りはまったく同じように加速された回し蹴りで相殺されていたのだ。


 しばしの間、静寂がその場を支配する。

 


「はぁっ……」


 先にリアナが息を吐いて尻もちをついた。

 俺も肺にためていた空気を開放して、その場に座り込む。

 

「いい腕だったのね。お母さん」


「ああ。……だんだん俺の我流になっちまってるけど」


「それができたのは基礎がよかったからよ」


 スカートについた砂を払いながら立ち上がったリアナが、俺の前に立った。


 そして、俺の両手を手に取ると、「よいしょ」と引っ張り上げられる。


「んふふ~」

 

 リアナはなぜかご機嫌なようだった。


 どこからか取り出したハンカチで俺の鼻血を拭いてくれている。


 俺は今、上がってしまったままの呼吸を必死で抑えようとしているというのに、こいつはなんで平然としているんだろう。

 

「じゃあ次は剣を教えてあげるわね」


「あ、ああ……」


 俺が酸欠でよろめきながら答えると、リアナは鼻歌交じりに剣を拾いに行くのだった。



 今日は地獄になりそうだ……。

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