147. ナベ女

 ネイの家を出発した一行。

 

 先ほど逃げた門前に行くと、ネロの紹介状を見せた事で上手く収まった。ついでにヴィットーリアがここを通った際、ネイの事を話してもいたらしい。「何故お逃げになったのです?」という兵士たちの疑問をかわしつつも、一行は無事王都の中へ入ることができた。

 

「ほー」


 レヴィアは周囲を見回し、感心したような声を出す。

 

 砂色の壁や建物が広がる大都市。

 

 前世の映画で見た、十字軍時代の中東を思わせる都市であった。正面を向いてずっと先には王宮らしき立派な建物。その少し左側にあるのは大聖堂だろうか? 他にも、中心部に行くにつれて立派な建物が建造されているのが分かる。


 さらにその中心部は川で隔たれている模様。王都外を流れている大河の分流で、おそらく川向こうが王族や貴族が住まう区画だと思われる。


 そして道歩く人。砂で汚れるのを避ける為か帽子やターバン、頭巾をしている者が多い。ヴィットーリアの話からすると、頭巾の者は全員男なのだろうか? 実際、顔をはっきり見せている者はほぼ女だ。

 

「異国情緒あふれる街ですわね。観光地としてはなかなかですわ。どう純花? 面白いでしょう?」

「うん、まあ。確かに見たことない感じだね」


 そこそこ、といった反応の純花。予想はしていたが、旅行とかの趣味はないらしい。レヴィアは少し残念に思う。小さいころは国内旅行しか連れて行ってなかったが、海外旅行に連れて行ってればその辺の情緒も磨かれたのだろうか?

 

「そういえば純花。純花の趣味って何なんですの? 本はたまに読んでるのをみかけますが」


 ふと、疑問に思ったレヴィアは問いかける。旅をする中で色々観察していたのだが、趣味らしい趣味を純花は示さないのだ。

 

「うーん……勉強が趣味? なのかな。こっちでも理数系の本は売ってるしね。魔法がある世界なのに難しい理論とか載っててビックリした」

「世界が違うとはいえ、同じ人間ですからね。世の中のことわりを解き明かそうとすればおのずと同じ法則を見出すのでしょう。魔法は魔法で理数系の知識は必須ですし」

「そっかぁ」


 剣と魔法の世界ではあるが、技術が発達していない訳ではない。例えば建物一つとっても、物理学などの知識に基づいた計算が出来なければ高度なものは作れないからだ。

 

 加えて魔法自体がふわっとしたイメージで発動するものではなく、イメージを実現するために理数的能力を求められる。さらには遺物の存在。それを加味すれば一部では地球よりも進んだ部分もあるだろう。


 以上の事実により、高校生が習得する知識くらいならこちらの世界でも学ぶ事ができるのだ。国語や歴史といった文系は無理だが。頭脳チート不可の厳しい世界なのである。

 

「けど、勉強が趣味なんて珍しいですわね。それだけだと息が詰まりません? 他にありませんの?」


 レヴィアは首をかしげた。自分の感覚からすれば勉強はあんまり楽しくないものである。日本トップの大学を卒業した自分とて、将来のビジョンがなければやらなかっただろう。勝ち組になって周囲を見下しつつ女にモテまくるというビジョンがなければ。

 

「他にかぁ。うーん…………強いて言えば、母さんのお世話?」

「お世話?」

「うん。休みの日にご飯作ってあげたりとか、買い物に付き合ったりとか」


 その答えにレヴィアは「おおお……」と感心。何と親孝行な娘だろうか。他人に対しては非常に冷たい純花だが、身内と認識した人物にはとても優しいのは見て取れる。身内の中の身内であるアリス相手ならそうなるのも納得である。


「あとは髪を整えてあげるのとかも好きだったかな。母さん、可愛いから。ツインテールとかすっごい似合うんだ」


 その言葉にレヴィアはひくりと口元を引きつらせた。アリスロリがさらに幼さロリを強調させる髪型をする。世間様からの罪人ロリコン扱いがさらにひどくなりそうだ。


 いや、過去には自分から要求したような……? なんて思い出しかけたところでレヴィアはぶるぶると首を振り、考えを霧散させる。色々と余計な事まで思い出してしまいそうだったからだ。

 

「でさ、ツインテールにも色々あって」

「す、純花。分かった。分かりましたから。この話は……」

「あ、レヴィアも似合いそうだよね。ツインテール。結ってあげようか?」


 嬉しい申し出をしてくる純花。が、罪状ロリコンを思い出させた直後に原罪ロリを思い出させる髪型をするのは勘弁である。レヴィアがやんわりと断ろうとしていると……。

 

「クスクス……」

「ツインテールだって」

 

 ふと、周囲から聞こえてきた声。

 

 何やらあざけるような声色。その元は井戸端会議をしている頭巾をかぶった者たちのであった。

 

 一体ツインテールがどうしたのだろうか? 今その髪型をするのは勘弁だとしても、超絶美少女の自分がツインテールになればそれはもう可愛らしくなってしまうだろう……なんて思ったところで気づく。恐らく、逆転した価値観からすれば可愛らしさを強調させるような髪型はウケが悪いのだろう。

 

「ていうか何なのかな? あのヒラヒラした服装」

「顔はいいのに勿体ないよね。もしかしてアレな人?」

「ナベ女……」


 こちらを見ながらクスクスと笑う頭巾の男たち。

 

 ナベ女。それを逆転させると……カマ野郎?

 

 その意味に気づいたレヴィアはビキッと青筋を立てる。過去においては男の中の男、現在においては女の中の女である自分をカマ野郎扱い。許せるものではない。なお、中身を考えればカマ野郎以外の何者でもないのだが、彼女にその意識は無い模様。

 

 レヴィアは男たちを制裁すべくそちらへと歩もうとし……。

 

「それに比べて、凛々しいよねぇ。先頭にいる女の人」

「ホント素敵。冒険者っぽい恰好けど、騎士様みたいな雰囲気。何ていう名前なのかな?」

「かっこいいよねぇ。やっぱり女といえばああいう女だよね」


 ……凛々しい? 素敵?

 

 レヴィアの目が点になる。次いで彼らの視線の先を見れば、リズと純花……ではなく、彼女ら二人を案内しているネイの姿。信じられないとばかりに男たちの視線を何度か確認するが、やはりネイを注目しているようだった。

 

 いや、彼らだけではない。すれ違う男。全てネイをちらちらと気にしており、「美人」「いい女」などと噂している。反面、レヴィアには「何だアレ」「気色悪い」扱いだ。

 

 ――ネイが、ネイがモテている――!?

 

 その事に気づいたレヴィアは衝撃を受けたようにのけぞった。

 

 ネイがモテる。モテるネイ。ありえない。天地がひっくり返ってもありえない現象だ。一体何が起こっているのだ。

 

「ん? どうしたレヴィア」

「何止まってるのよ」


 思わず足を止めてしまうレヴィア。ネイとリズがそれに気づき、声をかけてくる。

 

 目が点になり、しばし茫然とするレヴィア。が、数秒後。ネイの元までつかつかと歩き、両ほほをぎゅーっとつねる。

 

「痛っ!? いたたたたた!」

「痛い……夢じゃない……」

「いきなり何なんだ! 何で私をつねるんだ!」

 

 抗議してくるネイを無視し、レヴィアは考え続ける。しかしイマイチ考えがまとまらない。夢じゃなかったらコレは何なのか。周囲を見れば、自分ではなくネイへと好意の視線を送る男たち。

 

「モテている……? ネイがモテている……?」

「ん? ああ、カルドの男にはウケがいいからな。私は。全然嬉しくないが」

「…………」

「?」


 レヴィアの様子を不審がるネイ。リズと純花も同様な模様。が、彼女らの言葉は今のレヴィアには届かない。

 

「……ははーん。成程」


 そうしてしばらく経ち。ネイは何かに気づいたようになり、ニヤニヤとし始めた。

 

「うむ。私はモテるのだ。お前と違ってな。フフフ、うらやましいか? うらやましいだろ?」

「…………」

「カルドの男はキリッとした女を好むからなぁ。容姿よりも中身を重視するし、どこかの誰かのような壊滅的性格ではなぁ。如何に顔がよくともモテないだろうなぁ。ウフフフフ」


 ニヤニヤと嬉しそうにマウントをしてくる。間違いなくいつもの仕返しである。しかしレヴィアが反応する事はなく、ぽけーっとしたまま。ありえない現象に脳が止まってしまっているのだ。

 

「いやいやいや、いやいやいやいや」


 ありえないだろう。何を勘違いしているのかこの馬鹿は。レヴィアはその馬鹿っぷりを正すべく、百万ドルの笑顔を周囲へと披露した。

 

 超絶美少女の微笑み。瞬間、周囲の男だけでなく女までレヴィアに釘付けとなった――が、数秒後。周囲は微妙そうな感じに。「うーん」「ナベ女かよ」「せっかく顔はいいのに勿体ない」なんて声が聞こえてくる。「む、むう、女もありかもしれん」なんて価値観を揺さぶられている女はいるが。

 

 ありえなさすぎる周囲の反応。レヴィアの顔がぽかーんとした表情になる。

 

「フハ、フハハハ、フハハハハハハハ!!!」

 

 それを見たネイはとても嬉しそうに馬鹿笑いをした。レヴィアがモテない。その事実が愉快で仕方ないらしい。

 

 で、当のレヴィアといえば。目を点にしてぼけーっとしたまま。あり得ない事象に脳が考えを拒否しているのだ。


「ね、ねぇレヴィア。どうしたの? ねぇ」

「おーい、レヴィアー。……反応が無いわ。レヴィア、レヴィアってば」 

 

 心配げな視線を送る純花と、目の前で手をフリフリしてレヴィアの目線を遮るリズ。しかし何を言ってもレヴィアは呆けたまま。全くの茫然自失状態であった。

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