144. お帰り

 ネイが向かった場所。

 

 そこは王都から少し離れた場所の、川沿いにある町であった。

 

「ビンボーそうな町ですわね。こんなトコにネイの両親は住んでるんですの?」


 レヴィアは眉をひそめながらもネイへと問いかけた。


 彼女の言う通り、少々小汚い町である。暑いので裸に近い恰好なのはいいとして、その少ない布地は薄汚れており、砂色の住居はところどころがひび割れている。これまでに見てきた町に比べ、あまり経済的に恵まれていなさそうな町だ。王都のそばにあるのにも関わらず。


「ああ。転居してなければだが。それと、ここは貧民街だ。外から来た者は間違いなく狙われるだろう。スリに気を付けておけよ」

「ふーん」


 赤い頭巾(リズの予備)で顔を隠したネイ。彼女がきょろきょろと挙動不審に周囲を伺いつつも答える。よほど母親に見つかりたくないらしい。


 そしてこの場所は貧民街との事。という事はネイもビンボー人だったのだろうか。立ち振る舞いからあまりビンボーな感じは見受けられないが。

 

 加えてここも貧民街にしては少し違和感がある。普通、貧民街といえばどよーんとした雰囲気をしており、下を向いて歩く者ばかり。なのにここにいる人々の表情は明るい。治安もそれほど悪くなさそうだ。

  

 レヴィアがそういった疑問を放つと……

 

「フッ。まあ母上のお陰だろうな。母上が来てからこの場所の治安は格段に良くなった。来る前は犯罪者の巣窟そうくつのような場所だったからな」

「という事は、昔はここに住んでなかったんですの?」

「ああ。私は騎士の家系だ。元々は王都の中に住んでいた。しかし母上は引退後、ここに移り住み、貧しき人々の為に働くようになったのだ。“貧民街の騎士”なんて呼ばれていたよ」


 ある人は敬意を、ある人は侮蔑を込めてな、なんて誇らしそうに言うネイ。苦手そうにしながらも母親を尊敬している様子である。リズと純花が「へえ、立派なお母さんなのね」「ボランティアしてるんだ。私の母さんと似てるかも」と返す。

 

 ふと、いつの間にか近くに少女がいる。何やらこちらをじーっと見上げていた。こちらというかネイをだが。

 

 一体なんだろうとレヴィアが思っていると……

 

「あー!! ネイだー!!」

「ちょっ……!」


 少女が叫んだ。それを聞いた周囲の人々が「ネイ?」「ネイだって?」と注視してくる。どうやらネイの事は貧民街でも有名なようだ。

 

「おや、ネイ! いつ帰ったんだ?」

「久しぶりじゃないか」

「頭巾なんてかぶって。女前おんなまえが台無しじゃないか」

「ヴィットーリア様にはもう会ったのかい?」

 

 嬉しそうな顔をしながらもこちらに寄ってくる人々。ネイはまずいといった感じの顔をし、焦りつつも周囲を警戒している。一方、レヴィアは少し離れた場所に移動。汚いので近寄りたくないのだ。

 

「ネイだと……?」


 そこで聞こえた、どこか圧力のある声。途端、ネイがビクリと身体を縮ませる。

 

 声の方を向けば、かなり長身の中年の女がいた。赤い髪に褐色肌、背中にロングソード。胸部を布で隠し、腰巻を巻いただけのお腹出しスタイル。ちょっと年を考えろと思わなくもないが、その腹筋や二の腕は鍛え上げられており、バッキバキである。

 

 一言でいえばネイが年をとったらこうなるだろうという感じの女だった。ただ、その眼光はネイに比べて非常に鋭い。

 

「は、母上……」


 ネイは顔を青くしながらも呟いた。見た目から予想はしていたが、彼女がネイの母親らしい。恐ろしさを感じるほど鋭い目でネイを睨みつけていた。


 その人物は瞳を動かし、レヴィア、純花、リズと近くの人物を見る。次いで再びネイの方を見ると……フッと顔を緩ませる。

 

「お帰り、ネイ。よく帰った」

「は、母上……?」

「心配していたんだぞ。俺もネロも。本当に、よくぞ戻った」


 表情を優しく変化させ、帰還を喜ぶネイの母、ヴィットーリア。

 

 彼女を見たネイは「は、母上……!」と感動したように声を震わせ、頭の赤頭巾を外した。そしてヴィットーリアが腕を開くと、母娘二人は抱き合って再開を喜び合う。彼女らの姿に周囲の者らは感動し、拍手が送る。

 

 リズと純花も同様に思っている様子で、片や涙ぐみ、片や優し気な目線を送っている。純花の方は少しだけ羨ましそうな感情も見受けられる。きっとアリスの事を思い出しているのだろう。

 

 そうしてしばらくし、彼女らが抱擁をやめると。ヴィットーリアが口を開く。

 

「さあ、こんなところでは何だ。疲れているだろう? 久々の我が家で休むといい。婿殿も、ご友人らも、ぜひ」

 

 ……婿殿?

 

 一体何の事だろうか。察するにネイの夫を指しているようだが、言うまでもなくネイは独身だ。夫どころか恋人の姿すら影も形もない。

 

「どうした。しゅうとめの前だからと緊張する必要はない。ネイ、お前もリードしてやらんか」

「えっ?」

「フフフ、しかし可愛らしい少年だな。アリーナと同じく年下趣味だったのか。あの二人以上に年は離れていそうだが……まあ、十年も経てば気にならんだろう」


 ヴィットーリアは微笑ましげに言った。彼女の視線の先は……リズ。リズは「私?」という感じで自らを指差す。

 

「プッ」


 レヴィアは思わず笑ってしまった。目の前の女はリズを男と思っている。恐らくは胸のサイズでアタリを付けたのだろう。

 

 リズもその事に気づいたらしく、彼女の顔が徐々に赤く染まってゆき……

 

「ふ、ふふふふざけんじゃないわよ!! 私は女よ!!」

「む?」


 激怒した。貧乳だから男扱い。失礼にも程がある。

 

 そしてその失礼すぎる女といえば。何やら首をひねっており……数秒後。ネイの元までつかつかと歩くと……。

 

「いったぁ!?」

「馬鹿娘が……! いつまでもフラフラしおって。来い! 根性を叩きなおしてくれる!」


 ゲンコツを放った。ネイの首元を掴み、ずるずるとどこかへ引きずっていくのであった。

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