143. よからぬ考え

「はあっ!? なくしたぁ!?」


 リズはありえないといった感じの声を出した。


 何とか逃げる事に成功した一行。川沿いの密林に隠れた彼女らがほっと安心の溜息を吐いた後、リズはレヴィアを追求。その答えが「なくした」であったのだ。


「お、落ち着いてくださいまし。あんまり声を張り上げると追手が……」

「これが落ち着いていられるかってーの! いつ! どこでなくしたの!?」

「え、ええと、どこでしたっけ……ヴィペールのどっかだったような……」


 目をそらしながらもレヴィアが答えると、「はあ!? ものっすごい前じゃないの! 何で言わないのよ!」とリズはさらに怒りを示す。

 

 報告連絡相談ホウレンソウは社会人の基本。冒険者においても例外ではない。彼女が怒るのも当然である。その怒りに、元社長レヴィアは「うう……」と耳をふさいで聞こえないフリをした。

 

 当然ネイも怒っているようで、激しく叱責。


「何という奴だ! 自分の間抜けさを棚に上げて人を犯罪奴隷扱いしおって! お前の方がよっぽどひどいじゃないか!」

「わ、わたくしのはわざとじゃありませんし。愛ゆえの失敗と言いますか……」

「私とてわざとではない! 大体、よく考えたら魔法都市のアレもお前の口車に乗せられた結果じゃないか! 全部お前のせいだ!」


 それどころか先日の件までレヴィアのせいにしている。いや、言ってる事は決して間違いではないのだが、だからといって普通あんなことにならないだろう。

 

 さらに「この悪魔め!」「間抜け!」「ばーか!」と罵り始めるネイ。これまでのうっぷんを晴らそうという腹だろうか。レヴィアのこめかみ付近にピキッと青筋が立った。馬鹿をしてしまったとはいえ、ネイに馬鹿にされるのは非常に腹が立つらしい。

 

 一方、持ち物をなくされた被害者たる純花と言えば。

 

「リズ、ネイ。もういいよ。なくしちゃったものは仕方ないし。これまでも何とかなったんだから何とかなるよ」

「す、純花……」


 激甘であった。

 

 助かったとばかりにレヴィアがそちらを向くと、「もう隠しちゃダメだよ。メッ」と軽く叱るだけ。純花むすめの優しさに感動しているのか、涙目になっているレヴィア。確かに初期の冷たさを考えるとものっすごい変わりっぷりである。

 

 が、流石に変わりすぎというか甘やかしすぎである。それを見たリズは一言。


「ス、スミカ、アンタさぁ……。この間からレヴィアに甘すぎじゃない?」

「え? そうかな?」


 どうやら純花に自覚は無い模様。最近仲間に対して甘い純花であるが、レヴィアには特に甘い。暑いだけでわざわざ精霊を動かしたり、美久へ腹パンしたりと過保護すぎる。

 

(もしかしてお母さんの血かしら?)


 リズはそう予想した。あのレヴィアと結婚し、円満な家庭を築いていたらしい女性。前世では金持ち&顔よしを自称するレヴィアであるが、如何にその二つが魅力的だとしても普通の神経で上手くやれるはずがない。性格という致命的な欠点があるからだ。

 

 そういう女性の血を引いているがゆえに純花はああなのかもしれない。元々の耐性のようなものを持っているのだろう。でなければ普通は怒る。

 

 そしてその純花はじーっとレヴィアの方を見つめていた。「ス、スミカが許したとしても私は許さんからな!」「狭量な人って嫌ですわぁ。だから行き遅れたんですのね」「関係ないだろう! というかお前だけには言われたくない!」なんてネイとケンカしてる彼女を。ちょっぴり頬を染めつつ。

 

「スミカ、アンタまさか……」

「え?」


 ふと、よからぬ考えを抱いてしまうリズ。いや、流石に無いはずだ。下種の勘繰りというか、想像しすぎというものである。リズは自らの予想を振り払うようにフルフルと首を振った。

 

「何?」

「いえ、何でもないのよ。それよりアンタたち! 一旦ストップ。レヴィアの説教は後でもちろんするけど、これからどうするか決めなきゃ」


 リズの言葉に、ひくりと口元をひきつらせながらも喧嘩をやめるレヴィア。ぐぬぬとなりながらも黙るネイ。


「どうしよっか。ホントなら王都で情報収集してからお墓に向かうつもりだったけど……。入るのが無理なら直接行く?」


 純花が皆に問いかけた。魔法都市で得たルディオスオーブの場所。それはカルド王国の歴代王族が眠る墳墓という話であった。

 

 当然、王国管理下にあるのだが、ここから少し離れた場所に存在する。王都に入る必要は必ずしもなく、お墓ともなれば警備もそれほど厳しくはないだろう。


「い、いや待て。待ってくれ。やめたとは言え、私はカルド王国の元騎士。許可も無く王族の墓をあばくような真似は……」

「許可って、どうやるのよ。王様に会うコネでもあるの?」

「なくはないのだが……」


 腕を組み、難しい顔で悩むネイ。

 

 せめて魔法都市のときに気づいていれば賢者に紹介状などを書いてもらうこともできただろうが、今となっては後の祭りである。レヴィアにせかされて逃げるように出てきた為、思いつく時間がなかったのだ。


「ていうかさ。何で母さんと会いたくないの? さっき嫌がってたみたいだけど」

「!?」


 純花の呟き。ネイはびくりとした。

 

 確かにその通りである。ヴィットーリアという人物を呼ばれそうになったネイは非常に焦った様子になり、そのせいで怪しまれた。あれさえなければ特に問題なく通れただろう。

  

「そういえばそうね。何で? ケンカでもしてるの?」

「親子で喧嘩は良くないよ。母さんは大事にしなきゃ」

不肖ふしょうの娘すぎて顔見せられないとか?」


 リズ、純花、レヴィアが言葉を放つと、ネイのひたいからたらりと冷や汗が流れる。

 

「む、むう、別に喧嘩はしていないのだが……。実は、母上はこの国の元騎士団長でな。かなりカタい女というか、昔気質というか。それに困ったからこそ私は家を飛び出したんだ。だから、ちょっとなぁ……」


 はぁー……とため息を吐きつつ頭を抱えるネイ。具体的な理由は不明だが、とにかく母親に会いたくないのは間違いないようだ。


「あっ。そうだ。父上がいるじゃないか。父上ならきっと……」


 ふと、ネイは何かを思いついたようにポンと手を叩く。

 

「え? お父さんなら大丈夫なの?」

「うむ。母上と違い、父上は話が分かる方だ。元学者であるし、王墓の事についても詳しいだろう。何かしら考えてくれるに違いない」


 リズが問いかけると、ネイはうんうんと頷きながら自らのアイデアを肯定。しかし、父親に会うのであれば母親に遭遇しそうなものではあるが。リズがその疑問を続けて問うと……

 

「大丈夫だ。この時間なら母上は働きに出ているはずだし、父は専業主夫。母上に会うことは無いはずだ」


 ネイの答えに一瞬ハテナマークを浮かべるリズだが、「そういえば役割が逆なんだった」と思い出す。専業“主婦”ではなく“主夫”なのだ。厳しい母に優しい父。逆転すればよくありがちな家庭ができそうだ。

 

「さあ、こっちだ。モタモタして母上に遭遇してはたまらん。早速会いに行こうではないか」


 そうして歩き出したネイ。一行は再び王都の方へと歩き出すのであった。

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