141. インフレ
そうした会話をしながら砂漠を進み続ける一行。
純花のお陰で気温はマシになったし、日傘をしているので直射日光こそ避けられるが、地面からの照り返しだけはどうにもならない。レヴィアは背中から日焼け止めを取り出し、ぬりぬりと塗った。美肌を維持する為にはこまめなケアが重要なのだ。同じ女子である純花とリズにも塗るように言う。ネイ? 奴隷にそんなものは必要ない。
「ん?」
ふと、砂漠の向こうで激しい砂ぼこりが舞っているのが見えた。加えてかすかな地響きも感じる。
一体何だろうと思い、近くで一番高い砂丘へと上る。すると……
「サンドワームか。でかいな……にゃん」
「知ってるの? ネイ」
「ああ。砂漠に住む魔物の中でも、かなりやっかいな部類だにゃん。砂の中でも移動できるから攻撃を察知しにくいし、潜り込んでいる間はこちらの攻撃が当たらないにゃん。下手をすると丸のみされるにゃん」
レヴィアの命令通り、にゃん言葉をしながら語るネイ。
その彼女に微妙な顔をするリズだが、今はそれどころではない。直径三メートル、体長はその十倍の三十メートルはあるミミズのような魔物が、五人の人間を襲っていたのだ。
一人は褐色の女戦士、同じく褐色の女魔法使い。残り三人は黒いベールで顔を隠し、黒いローブを羽織った黒ずくめの人間。前者の二人はいいとして、後者の三人は何なのだろうか? こちらの世界にムスリムなんていなかったはずだが。
「いかん。あの大きさは二人で何とかなるものではないにゃん! 助けるにゃん!」
ネイは勇ましく駆け出す。言葉は全然勇ましくなかったが。
とりあえず突っ込むのは後回しにしたらしく、リズも呪文を唱え魔法を放つ準備する。
一方、レヴィアは悩んでいた。奴隷とはいえ、仲間が突撃していった以上助けるべきだろうが、ここから離れるとまた暑くなる。猛暑の中、肉体労働なんてしたくない。どこまでも自分勝手なレヴィアであった。
「仕方ないな……」
そこで純花が駆け出した。
以前は人助けをしないどころか見捨てようとまで言っていた彼女。まあ今回も人助けではなくネイを助けようとしているのだろうが、それでも素晴らしい変化である。レヴィアは「おお……」と少し感動。
が、純花がいなくなった途端、周囲が暑くなる。彼女を中心に精霊が働いていたので当然とも言える。レヴィアは「あっ、純花、待って」と言い、
「おおおっ! にゃーーーん!!」
魔力を全身に巡らせ、サンドワームへと切りかかるネイ。大上段から振り下ろされたその一撃に、サンドワームの胴体が切断される。体が半分ほどになったサンドワームが苦痛の叫び声をあげた。
しかし、サンドワームが死ぬ様子はない。どうやらミミズと同じ特性を持っているようで、後ろ半分は動かないが、前半分は元気なままだ。そのまま砂に潜り、地表から姿を消した。
「そこの五人! 動くな! サンドワームは音でエモノを捉える! 私たちが始末するまでじっとしてろ! にゃん!」
ネイの声を聴き、ぴたっと止まる襲われていた五人。黒いベールの一人が泣き出しそうなっているが、隣にいた女戦士がその者の口を手でふさぎ、声を出させないようにしている。
振動する地面。体が半分になってもエモノをあきらめる気はないらしく、砂の中をうろうろとしているようだ。しかし自分を切断した乱入者を警戒しているようで、中々地表に出てこない。
ネイへと駆け寄ったレヴィアと純花。レヴィアは「それで、どうしますの?」と小声で問いかける。砂に潜ったままではこちらの攻撃も当たらず、始末する事ができない。
「お任せにゃん。リズ! 土魔法で岩を作れるにゃん!? 声を出さず、仕草で答えてにゃん!」
「……!? …………」
「ならば人間と同じ重さくらいの岩を何度か出してくれにゃん! 上手くいけばつり出せるはずにゃん! 私の方は警戒されているだろうから、間違いなくそこを襲ってくるにゃん!」
どうやら音でつり出す作戦のようだ。断言しているあたり、サンドワーム退治のセオリーなのかもしれない。
しかし、近くで聴く『にゃん』言葉は思った以上にウザい。かといって無駄な声を出すのは避けたい状況である。ただの冗談で命じたのだが、まさか本気にするとは。馬鹿を動かすのはたやすいが、思い通りにするのは非常に難しい。レヴィアはそう思った。
「ネイ、私がやるよ」
「スミにゃん?」
「地面の中にも精霊がいるから。場所は大体分かる……!」
純花は駆け出し、跳躍。そして黄金の魔力を身にまとい、二百メートルほど先の地面を殴りつけた。
瞬間――凄まじい衝撃音が鳴り、爆風が巻き起こる。
「う、うおおおおおっ!?」
そのあまりの強さに、レヴィアたちまで吹っ飛んでしまった。二、三十メートルは飛んだだろうか。レヴィアは吹っ飛ばされながらも空中でくるくると身をひるがえし、無事に着地。
「げほげほっ! く、口に砂が入った」
彼女はせき込みながらも状況を確認。
ネイは倒れてはいるが無事であり、遠くにいたリズも大丈夫なようだ。その他五人も砂だらけで倒れているが……動いてはいるので生きてはいるだろう。純花が向かった方向と反対にいたのが幸いしたようだ。
「こ、これは……」
そして衝撃の爆心地といえば。駆け寄ったレヴィアが見たものは、巨大なクレーター。まるで隕石が落ちたようであった。直径百メートルはゆうに越えているだろう。その中心には純花がおり、さらに彼女の周囲にはおびただしい数の肉片が散らばっている。サンドワームの末路であった。
――あまりにも凄まじい威力。その結果を見たレヴィアは口元を引きつらせた。もはや生物の限界を超えている。ただ魔力を込めて殴っただけなのに、その威力は下手な爆弾より上だろう。
リズの言う光属性、京子の言う
「やっば。何これ……」
で、当の純花。彼女自身も困惑しているようだった。元々の力も人間離れしていたとはいえ、今回のは格が違う。バトル漫画並みのインフレっぷりであった。
「にゃ、にゃんと……」
「こ、これ、純花がやったの……?」
駆け寄ってきた仲間も同じ感想のようである。二人とも驚愕のあまりぽけーっと口を開いている。
「あっ! いかん! あの者たちは無事にゃん!?」
「そ、そうだった」
しばし呆けていた二人だが、当初の目的を思い出したようで、きょろきょろと辺りを見回す。そして五人を発見すると、彼女らの方へと走っていった。とりあえず純花に上がってくるように言い、レヴィアも二人に続く。
「う、うう……」
「だ、大丈夫にゃん? 怪我はないにゃん?」
ネイは黒いベールの一人をゆさゆさと揺さぶっている。そのうち意識を取り戻したようで、ぱっと起き上がり、「サ、サンドワームは……?」と震えた声を出す。その低い声から察するに恐らくは男だろうとレヴィアは予想。顔を隠しているのは訳アリか、はたまた高貴な人物か……。
「大丈夫にゃん。スミにゃんが倒したにゃん」
「ス、スミにゃん?」
「あの者にゃん。安心するにゃん。仮にもう一匹サンドワームが出てきてもヤツなら楽勝だにゃん」
安心させるように語りかけているネイ。すると、黒いベールの者は「スミカ様……」と呟きつつ立ち上がった。それを見たネイは別の者を起こし始める。もう大丈夫だと判断したのだろう。
結果としては、全員が無事であった。女戦士と女魔法使いはベールの三人の護衛だったらしく、「助かった。本当にありがとう」と礼を言ってくる。
一方、守られている三人と言えば、少しもじもじとしている様子。随分女々しい姿だとレヴィアは思った。さっきは男だと思ったが、声の低い女だったのだろうか? 三人とも背が低いのでその可能性は高い。
しばしまごついていた三人だが、そのうちの一人が二人に押し出されてこちらに来る。彼女? は純花に向かい、ぺこりと頭を下げた。
「あ、あの、ありがとうございました。お名前を伺っても……?」
「私? 木原……じゃない、スミカ・キハラだけど」
「スミカ様……。素敵なお方……」
これは……もしかして惚れてしまったとかだろうか。
女に惚れる女。レヴィアは少し前の事を思い出し、嫌そうな顔をする。加えて娘が同性愛に巻き込まれるのも勘弁だ。
現代人として古い価値観と言われればその通りだが、レヴィアは父である。娘を取られるのは嫌、だけど孫の顔は見たい。そういう父親あるあるの
「よ、よろしければデザニアまでご一緒しませんか? 護衛としてのお金もお支払いしますし、お食事の世話なども私どもがさせていただきますので……」
「悪いけど、逆方向なんだよね。無理かな」
「そ、そうおっしゃらず……」
「無理って言ってるじゃん」
取り付く島もない純花。どうやらレヴィアの考えるような心配はなさそうだ。そういえば仲間以外には塩対応なんだったと思い出す。最近とても優しくしてくれるので忘れていた。
「お、おい。恩人に対して言いたくはないが、もう少しだな……」
「うむ。相手は男なんだぞ」
その純花に、女戦士と女魔法使いは眉を顰めて忠告。……男?
レヴィアはつかつかと歩き、彼女? のベールをばっとめくる。「ひゃあっ!」という声と共に出てきたのは、顔を赤らめた男の顔。女戦士と女魔法使いが「お、おい!」「何をするんだ!」と注意してくる。
これは一体。何というか、あまりにもカマ野郎すぎる。男として情けないのもそうだが、立ち振る舞いが完全に女っぽい。しかも周りはそれに違和感を抱いている様子もない。
困惑するレヴィア。そして仲間の一人がカルド出身だったことを思い出し、ネイの方へ顔を向ける。すると……
「ああ、そういえば言ってなかった。カルド王国はな、男女の役割が逆なんだ。にゃん」
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