140. 砂漠に一台、光属性

 カッと照りつける太陽と、砂に包まれた大地。その道ならぬ道を、ネイ除く三人はラクダに乗って進む。


「あちぃ……」


 レヴィアはぐでーっとなっていた。


 暑い。暑すぎる。感覚的に四十度は越えていそうだ。日陰なんてものはもちろん無く、日傘をしていても地面からの照り返しの日射がすごい。さらに涼しい風が吹いたかと思えばぬるい温風。砂ぼこりが舞い、下手すればゴホゴホとせき込んでしまう。

 

 不快すぎる環境。前世含めて初の砂漠であるが、人間の住む場所じゃないと思う。カルド王国の建国者は何を思ってこんな場所に国を作ったのだろうか? 正直、神経が分からない。

 

「うーむ」


 一方、ネイは何かに考え込んでいるようだ。恐らくは先ほどのアリーナという女の件だろう。


「ネイ。ア、アンタ暑くないの? アンタが一番重装備なのに」

「こういう気候には慣れているからな。軍の調練にもあった。歩く程度なら平気だ」


 街で薄手の赤ずきんに着替えたリズ。彼女が額の汗をぬぐいながら問いかけると、ネイは平気そうに答えた。

 

 イジメの続きによりラクダを与えられず、砂漠を徒歩で進むという苦行をしているというのに、この元気。レヴィアは「流石は人種差別対策の面白黒人枠。最後まで生き残りそうな特性を持っていやがる……」なんて口に出す。が、暑すぎて声を張る元気がなく、誰にも聞こえなかった模様。

 

 なお、ネイは別に黒人ではない。加えてこの世界に種族差別や階級差別はあるが、人種差別は無い事をここに記しておく(※人種差別対策)。

 

「砂漠の国出身だからってそんなに変わるものなのかしら……? まあいいわ。それより、さっきから何を悩んでるの?」

「いや、アリーナの様子がな。何やら深刻そうだったし、普段カラッとしているアイツがああなるのは珍しい」

「さわやかな人だったわよね。女だてら王子様みたいというか。どんな人なの?」


 リズが問いかけると、ネイは語る。曰く、性格は軽いが、実力派の騎士で、自らのライバル的な存在であったことを。

 

「強いぞアイツは。守りこそ私の方が得意だったが、純粋な実力では明らかに私が負けていた。部隊の運用なんてのも上手く、亡き王からの信頼も厚かった。なにせ、王子との婚約を許されたくらいだからな」

「へー、王子様に! じゃあ今は王妃様なの? その割にはフットワークが軽いみたいだけど」

「いや、カルドの王は代々女が継ぐんだ。よほどの事が無い限りは。だからこそ王子の願いが通り婚約できたという訳だ。武術大会優勝という実績や、よからぬ輩から王子を守ったという功績もあったしな」


 ヤツの恋愛話は王国でも語り草なんだ、なんて言うネイ。どうやらシンデレラストーリー的なものがあったらしい。

 

 他人のシンデレラストーリーよりも自分を気にしろ。レヴィアは頭の中で厳しいツッコミをするも、やはり声を張る元気がない。とにかく暑さに弱いレヴィアであった。

 

「レヴィア、大丈夫? お水飲む?」

「お、おう……。飲む……」

「あおいであげるよ。えーと、何かあったかな。うちわみたいなの」


 その彼女をお世話をする純花。乗っているラクダを近づけ、水を飲ませたり、タオルであおいでやったりと非常にかいがいしい。で、純花のお世話をなんの抵抗もなく受けているレヴィア。甘やかされ慣れている彼女であった。

 

「そうだ。いい事考えた」


 純花がポンと手を叩く。続いて「えーと、向こうに持ってってくれる?」と呟き……

 

「お? 何か涼しくなった」


 レヴィアの周囲がいきなり涼しくなる。風で……いや、ここで吹く風はぬるかったはず。というか実際に気温が下がっているように思える。

 

「よかった。上手くいった」

「純花、これ、アナタが?」

「うん。火の精霊がいっぱいいるから、それに命令して。近くの熱を遠くに持ってってもらったんだ」


 レヴィアは二重の意味で驚いた。ネイと話していたリズも純花の行動に気づき、驚愕の表情をしている。

 

「何それ!? そんな魔法ないわよ!? そもそも水の精霊がいないのに冷やすって、どうやってやったの!?」

「魔法じゃないよ。ただ命令しただけ。あと、水で冷やしてるんじゃなくて熱交換してるだけだから。火でも水でもどっちでもできるんだと思う」


 エアコンと同じ……って言ってもわかんないか、なんて答えた純花。

 

 確かに今のは魔法ではなかった。オドを用いた様子が一切なく、声を出しただけ。なのに精霊が純花の意思に従い動いていた。これはありえない事だ。魔力という媒介がなければ精霊に干渉することはできないはずなのだから。

 

 しかも熱交換とは言うが、周囲の、それも密閉されていない場所を冷やすとなれば非常に困難である。おまけに冷媒やら何やらの機械的な仕組みもないと来た。仮に可能だとしても、冷やし続ける為に常に魔力が消費されるはず。なのに純花のオドどころか周囲の精霊も減っている様子はない。科学的にも魔法的にも非常におかしな現象だ。

 

「精霊に直接命令……。そっか、だから聖樹様は詠唱無しで……。じ、じゃあ今の純花って、魔法なら何でも使えるようになったって事?」

「うーん……分かんないけど、多分無理なんじゃないかな。それぞれの精霊にできる事しかできない感じ? 燃やすとか、今みたいに熱を持ってってもらうとかシンプルなのは出来るとおもうけど、回復魔法とかそういうのは無理だと思う」


 リズの疑問に、純花は顎に手をやりつつ予想した。どうやら万能ではないようだが、それでも非常に強力な力と言える。

 

 魔法の強みは、自らのオドを媒介に精霊に干渉することで、己の持つオドの何倍もの力を引き起こす事だ。一の力で十を出す、なんて風に。しかし純花はゼロの力で百を出すなんて事も可能な訳だ。利得で言えば無限倍である。だからこそこんな非効率すぎる真似も平気で出来るのだろう。

 

「そうなんだ……。でも、流石は光属性ね。キョウコには救世主メシアって呼ばれてたらしいし、そう呼ばれるだけの力はあるって事か」

「うむ。単純な腕力だけでも化け物クラスなのにな。純花の理不尽さがさらに増したな」


 感心するリズとネイ。魔法都市で京子から聞いた情報は二人にも共有しているのだ。

 

 魔力を扱えるようになり、攻撃力や防御力といった身体能力も増した純花。さらには魔法的な力も得てしまった。単純なスペックではもはや人類最強と言っても過言ではないだろう。流石は我が娘である。レヴィアはうんうん頷いてドヤった。

 

「けど、勿体ないわね。ホントならレヴィアも使えるんでしょ?」

「え? 何が?」

「精霊を操るってやつ。昔なら……じゃない、万全の状態なら出来るんでしょ? スミカがやったみたいに」


 リズの言葉に、今度は「うーん」と考え込むレヴィア。

 

 純花同様魔力を知覚していなかった前世で出来なかったのは当然として、今世においては少し困った体質になってしまっている。ゆえに精霊を操るなど考えたこともない。

 

「まあ万全なら出来るんでしょう。ただ、もしかしたらわたくしとアリス……さんは少々性質が異なる可能性もありますわ」

「というと?」

「ほら、わたくしは戦士タイプ、アリスさんは魔法使いタイプといった感じで。あの平民落ちによるとアリスさんは魔法みたいな戦い方をするっぽいですし。で、純花にはその魔法使いタイプの性質が遺伝しているから精霊を操る才能がある……と」


 レヴィアはそう予想した。


 つまり純花は自分とアリスのハイブリッド。戦士タイプの自分と魔法使いタイプのアリスの力の両方を受け継いだという考えである。実際、新之助じぶんの体格はどう考えても戦士タイプだったし、アリスは逆に魔法使いと言った方が納得がいく。


「ふーむ、お母上譲りか。まあ魔力の強い者からは魔力の強い子が生まれやすいと言うし、自然ではある。……しかし、中身だけ遺伝するなんて事があるのだな。見た目は全然似てないのに。という事は見た目はお父上譲りなのか?」


 ネイが首をかしげながら言った。実際その通りである。純花の見た目は完全に新之助じぶん寄りだ。「新之助様に似た子が生まれるといいなぁ♥」なんてアリスの願いが叶った訳である。

 

 しかし、その母の気持ちとは異なるのか。純花は少し微妙そうな顔だ。

 

「……まあ。母さんの要素は身長くらい?」

「身長? シャシンの御母上はもっと小さかったようだが」

「足して二で割ったら私くらいだから」


 確かに、とレヴィアは思った。純花の身長は百六十半ば。自分が百九十ちょっとだったから、アリスと足して二で割れば大体その辺となる。

 

「ほ、ほほう。だとすると私よりも大きいのか。スミカの容姿を考えるに顔も……。シ、シャシンは無いのか? 御父上の」


 それを聞いたネイはちょっぴり頬を染めつつ要求。女性としてはかなり長身であり、かつ乙女チックな願望を持つ彼女である。理想としては自分よりも大きい男が好みなのだろう。その彼女の願望に気づいたレヴィアはとても嫌そうに顔をしかめた。自分を妄想のネタにされそうだからだ。

 

 前世でも女性のネタにされまくったのだが、目の前でやられるほど嫌なものはない。当時の男友達と自分を掛け合わせる、なんてハタ迷惑かつろくでもない妄想を語ってくる者なんてのも高校時代にはいた。気持ち悪いくさってるので焼却炉に燃えるゴミとして叩きこもうとしたのを覚えている。

 

 が、幸いなことに純花は「ないよ」と答えた。ネイは残念そうにし、レヴィアはほっとする。いや、レヴィアも少し残念に思ったが。十年前の事とはいえ、一枚くらいケータイに入れておいてくれてもいいのではなかろうか?

 

「痛っ。な、何をする!」

「仲間の親に色気出してんじゃねーよ。あと、奴隷が一丁前に喋るんじゃねー。どうしても喋りたいなら語尾に『にゃん』ってつけろ。爆笑してやるからよ」


 その残念さ及び不快さ込めて、レヴィアは背中に格納した物体をネイに投げた。たわしであった。こんなものしまったっけ? と疑問に思うレヴィアだが、まあ何かと一緒に紛れていたのだろう。

 

「全く。美形と見ればすぐ反応しやがって。国を出たのもアレだろ? どうせモテなかったらとかだろ?」

「ち、違う! 何というか、カルドの男は私好みではないというか……」

「モテないクセにえり好みしてんじゃねー。あと、喋るなっつっただろ。奴隷ごときが」


 言葉でいじめ続けるレヴィア。うぬぬぬ……となりながらも黙って耐えるネイ。そろそろ怒ってもよさそうなものだが。律儀な女である。

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