月下に猫を釣る

南沼

 月の出る夜、それも晴れた日であれば、決まって高田次郎衛門は長っ尻をする。この日もそうだった。

 釣りの話だ。非番の日ともなれば、必ずと言って良いほど魚籠びくと竿を持ってふらりと出掛ける。お気に入りは拝領町屋敷の連なる深川は小名木川沿い、萬年橋のたもとから降りていったところにある筏橋の根元だ。少しばかり西に歩けば大川(隅田川)と合流するあたりで、川とは言っても潮の香りがほのかに漂う汽水域であるから、砂魚はぜが良く釣れるのだ。実際、釣りの腕の方も中々の物で、初夏から秋にかけての旬の時期には、魚籠いっぱいの釣果を抱えて帰宅することも少なくない。

 妻のひょうと二人暮らしといえど棒禄は三十俵二人扶持、さして余裕のある暮らしぶりとはいえず、釣果はそのまま食卓に上る主菜の有無に関わった。次郎衛門はどちらかと言えば朴訥とした気質で、見栄を張ったり強がったりという態度を余り表に出さない。良く釣れた日にはにこにことした笑顔で「おうい、帰ったぞう」と玄関で声を張り上げるが、坊主であれば黙ったまま、そろりそろりとかまちで草鞋を脱ぐ。それが、ひょうには面白くて堪らない。敷居を跨ぐときの態度で釣果の程は知れるのだが、敢えて「今日は如何でしたか?」と訊く。べつだん意地悪をしているのではなく、「いやあ、今日はちょっとなあ」と照れたように笑う夫の顔が、この上なく好きなのだった。勿論、日に良く灼けた顔で快活に笑う顔も。

 子はまだだったが、何も焦ることはないと、二人そろってゆったりと構えている。当代の武家には珍しいほど、極めておっとりとした若夫婦だった。


 さて、釣りである。

 そろそろ梅雨を迎えようという時期には珍しく、よく晴れて風もない日だった。風向きが良いのか日の巡り合わせが良いのかは知らぬが面白いほど釣れるものだから、ついつい長居をしてしまった。

 気付けばもう黄昏時が近い。大川のほうに目を向ければ、眺める先には江戸城と、もう少し視線を左には富士山が既に宵闇を迎える準備を済ませ黒々と佇んでいる。対岸に元柳橋の緩い弓型の梁が遠近感を欠く影のように浮かび上がっていて、空はまだ朱く川面も照り返しに優しく光ってはいるものの、それも程なく暗く沈むだろう。

 振り返れば、上弦を僅かに欠いた月が既に、萬年橋の上に掛かっている。月明かりがあれば足元も確かであるし、夕闇にも良く見えるように、浮子うきは小振りの瓢箪を好んで使っていた。

 ここまで釣れるのならば、今ひと時……と改めて腰を据えたその時、視界の端に小さく黒い影がある事に気が付いた。

 黒猫だった。日中であれば艶光るであろう毛並みを闇に半ば溶かし、そぐ傍にいる次郎衛門を警戒する風でもなく、じっと見つめていた。

「何だ、脅かすな」

 ぽつりと溢すが、猫は動かない。その視線は、次郎衛門の腰の辺りにある魚籠に注がれているようにも見えた。

「砂魚だよ。今日は大漁でな」

 やはり猫は動かない。

「欲しいなら、ほれ、お裾分けをやろう」

 大漁に気を良くした次郎衛門は、魚籠の中から手探りで三匹ばかりを掴んで猫の傍に放ってやった。それでもまだ、数え切れぬほどあるのだ。

 放った中の一匹はまだ息があり、ぴちりと音を立てて僅かに跳ねたが、それをただ一瞥して黒猫は言った。

「施しはいらねえよ」

 張りのある、若い男の声だった。余りに明瞭なそれに、次郎衛門は訊き間違いではなく、傍に別の誰かがいるのかと疑り辺りを見回したほどだ。

「猫が喋るのは珍しいか?」

 笑いを孕んだ声、細められる目。気圧されなかったと言えば、嘘になる。驚いたのもまた真実だ。しかし、好奇心が勝った。

「珍しいな。化け猫か?」

 一説には、二〇年余りを生きた猫は尾を増やし、猫又と呼ばれる怪物に成るという。ただ、目の前の黒猫の尾はどう見ても一本きりしかない。

「いかにも」としかし、その猫は言う。

「永え歳を経て成り上がった猫又よ。人間風情の情けを、どうして請おうか?」

 次郎衛門は、ついに吹き出してしまった。偉そうなことを言いながら、ならばその物欲しげな視線は、一体何だと言うのか。

「おい、何が可笑しい」

「いや失礼をした、猫又どの」

「む」

「御姿が余りに麗しゅうござった」

「むむ」

「御声もまた麗しく。天上の調しらべもかくあろうかと」

「やっぱり莫迦にしてんだろ」

 はは、と次郎衛門は悪びれもせず笑う。

「食いきれんぐらいに釣ったでな、腐らせるよりは分かち合うのが魚への功徳よ」

 むむむ、と三度黒猫は唸る。

「では、貰うてやる」

 その口ぶりに、再び吹き出してしまった次郎衛門を、ぎろり、と黒猫が睨む。

「良い良い。たんと食え」

 ふん、と気も無さそうな鼻息ながら、三匹とも器用に咥えて黒猫は去って行った。

 気付けば、最早とっぷりと日は暮れている。流石にこれはいかんと、次郎衛門は慌てて竿を片付けた。


 それからしばらくは曇天と湿っぽい天気が続いて、日が暮れてからの長っ尻などではなくなったが、それでも次郎衛門は笠を被り、あるいは少々の小糠雨などであれば何事かあらんといった風で、委細構わず釣りに励んだ。ただこれは何も特別なことではなくいつものことであるから、ひょうもそれを知る同僚たちも、半ば呆れた目で見送るばかりだった。

 あの黒猫を除いては。

「さむらい、おめえは莫迦なのか?」

「なんじゃ。また来たか」

 笠を被りはするものの、着流しはどこもかしこも濡れそぼっている次郎衛門を見て、猫は呆れたような吐息を漏らす。

「妖怪と申す割に、昼間でも現れるのだな」

「昼でも猫はいるだろ」

 だから何ら不思議はない、という理屈のようだった。やはり、その言い分には何とも言えない可笑しみを感じる次郎衛門である。

「雨だぜ、さむらい。なんでこんな日に外で釣りなんぞしやがる」

「雨だから良いのだ」と、事もなげに次郎衛門は言う。

「ほれ、滴で川面が賑やかになるからな、人の気配を消してくれるのだ」

「でも、濡れ鼠じゃねえか」

「夏の雨だ、風邪なぞ引きゃせん」

 次郎衛門に言わせれば、褌一丁でやっても良いぐらいなのだ。南町奉行所に勤める他の同心たちからは『牛蒡ごぼう』とまま揶揄される痩身だが、ちょっとやそっとでへこたれるようなやわな身体ではない。また、そうでなければ激務と言われる大江戸の定町廻り同心など、務まるものではなかった。

「お主は良いのか?」

 ちらりと黒猫を見る。猫は水が不得手だと訊くが、雨に濡れるのは平気なのかという視線だ。

「俺ぁ化け猫だぞ。雨なんか屁でもねえ」

 ふむ、そんなものか、と再び視線を川面にやる。しとしとと粟立っては波紋の広がる水面に、ゆらりと浮子が揺れる。

「で、釣れてんのか?」

「いや、さっぱりだな」

 またも溜息を一つ、「待ってな」と残して、ふいと猫は立ち去った。

 それからしばらく粘ったが、どうにも釣れそうにない。当たりはあるのだが、やれ今、と竿を引けば、餌の船虫だけが忽然と消えているような有様が続いた。

 今日は日が悪いかなと腰を上げようとした折、ぽいと脇に投げられたものがあった。

「持ってきな」

 でっぷりと太った鳩だった。半ば羽根を広げたような姿で息絶えている。次郎衛門が「ほ」と眉を上げた。

「お主が仕留めたのか」

 羽ばたけば自身の身体より大きいだろうそれを、どうやって捕まえたのだろう。

「雨の日は、呑気に雨宿りしてやがるからな。簡単だ」

「そんなものかね」

「良いから持ってけよ。こないだの礼だ」

 これで貸し借りはなしだ、と黒猫は言う。その口ぶりや矜持の持ちようはそのまま人間のそれで、増々次郎衛門は面白くなってしまった。

「これは、かたじけない」

 ふん、と黒猫は鼻息をひとつ、「さむらいが、畜生風情に礼をいうのか」と嘲笑う。

 妖怪だったり畜生だったり忙しい奴だ、とは思ったが、流石に口に出す事はしない。代わりに、名乗りを上げた。

「高田だ。高田次郎衛門」

 しかしそれに応えることなく、もう用は済んだとばかりに黒猫は尾を翻し、歩み去る。

 雨音に紛れるように、「黒吉くろきち」と声がした。


 時は寛政、江戸の町は隆盛を極めた。

 人が集えば争い事が起きるし、ならず者もその分だけ増える。長谷川宣以(平蔵)が建言した人足寄場が石川島に建造されたのは五年ほど前になるが、それで江戸の治安が大きく改善したかと言えば、否である。江戸の人口は年々増加の一途を辿り、その一方で奉行所の人員の拡充は遅々として進まない。御役御免となったばかりの長谷川宣以が没したのは昨年、死因は長年にわたる過労であるとも言われていた。時に苦役とすら評される定町廻りである、市井に蔓延る犯罪の増加に対応するにあたって、人が増やせぬとあれば耳目を増やすしかない。即ち、私費をもって御用聞きなどを子飼いとするのだ。同心は拝領した土地を又貸しして賃料を副収入として得る権利も有しており、次郎衛門もその例には漏れななかったが、それでも生活はかつかつだった。

 なればこそ、釣りである。釣れればそれだけ食費が浮く。これは生活の為にしているのだ、というのが次郎衛門の言である。彼自身の人柄もありそれは半ば冗談の類として周囲には受け止められていたが、さもあらんという納得もまた半分はあった。次郎衛門だけでなく、生活の一助とするために多くの武家が勤しむ、実益をもった趣味なのだった。

 もう一点付け加えるならば、釣りを武芸鍛錬の一環と見做す向きもまた、少なくなかったことだ。何でも、当たりに竿を合わせるその動きの機微が、武術における後の先にあたるとかどうとか。流石にこの説は眉唾物だが、次郎衛門のような下級武士から上は大名将軍に至るまで釣りに励んだ世相の背景に、そういった風潮があったのは確かと言える。

 釣って帰った獲物は、時にはひょうと二人がかりで捌き、煮付けや焼き物にするか、新鮮であれば刺身にする。多ければ近所にお裾分けに回る事もあったし、家に人を呼び酒肴として振る舞うことも少なくない。

 例えば、今のように。


「これは、砂魚か?」

真鯒まごちじゃ。尾のあたりが旨い」

「む」

 高田家の座敷である。次郎衛門の向かいに崩れた胡坐を掻き、畳の上の大皿に並べられた白身魚の刺身を箸で掬ってまじまじと眺めているのは、一人の青年だった。唐草模様を染め抜いた空色の小袖を尻にからげて藍の股引を履く姿は町人そのままだが、伸ばした髪を髷に結うでもなく背に垂らしているのは、どうもそれらしくない。既に何本か空いた徳利を片付けながら、はてなとひょうは不思議に思う。

 初めて家にいらしたお客様のはずだけれど……

 町人が酒宴に招かれることは茶飯事である。武家屋敷とは言うものの、次郎衛門のような下級武士に与えられるのは町人町の一角だった。隣近所の付き合いもあり、また仕事柄御用聞きを招いたりと、当世の同心稼業は殊に町人との距離が近い。

 とは言え、青年の態度や言葉遣いには、余りにも遠慮というものがない。最初の一献を注ごうとして「自分てめえで注ぐよ」とすげなく断られてからひょうは手持無沙汰だったが、ひょう自身、さして気を悪くしたわけではなかった。

「旨いか」

「ん、旨い」

 満足そうに笑いながら、次郎衛門の頬は既に赤い。もう一升は空けているはずだ。

 確か黒吉さんと仰ったかしら、まあわたしは楽でいいのだけれど、とひょうは徳利へ代わりの酒を注いでは、二人の脇に供していく。

 それにしても、とひょうは内心嘆息する。何と見目麗しい男性だろうか。女なら誰もが羨むだろう艶光る黒髪を惜し気もなく背に流して、切れ長の眼には底光る大きな瞳。おとがいは細く、しかしその下にある喉仏の逞しさたるや……これだけの男前なのだ、もしかしたら名のある役者かもしれないとも思う。

 まあいいわ、目の保養、目の保養。

 ひょうは、どこまでも暢気である。


 少し、時は遡る。

 次郎衛門が返礼にと鳩を貰った、翌月の事だ。雨が続き、朝も夕も湿っぽく蒸し暑い日々が続いていた。

 ちょうどその頃、大捕り物があった。近頃頓に町を騒がせている押込み強盗が商家廿楽屋つづらやに目を付けていると、次郎衛門の同僚である古谷与兵衛が御用聞きから聞きつけたのだ。辰三というその男は、けちな盗みを繰り返しては寄場を出入りし次に捕まれば死罪になるというところで御用聞きの口にあり付いたような手合いで、それだけに江戸の暗部の情報源として与兵衛は信を置いていた。件の強盗団の手口は盗みにかこつけ女犯も殺人も厭わない荒々しいものであった為、加役(火付盗賊改方)も目を光らせていたのだ。これを逃す機はなかった。

 昼間からどんより雲の立ち込める、星月のない晩だった。人手が足りぬと次郎衛門も駆り出され、物陰に潜み息を殺してその時を待った。

 やがて足音を殺し現れる黒々とした人影が一〇人ばかり。機を突いて篝火を焚き、鬨の声を上げる加役頭。

 そこから先は、血生臭いものだった。

 殺人強盗ともなれば、市中引き廻しの上獄門と相場が決まっている。どう足掻いても死罪は免れ得ないのだ。囲まれ逃げられぬと分かれば、盗人どもも決死の抵抗をする。誰もが長脇差や短刀を抜き、一人でも多く道連れにするか、何とか血路を開こうと血眼になった。

 闇夜を切り取る篝火、閃く白刃。怒号と断末魔。

 そんな中、次郎衛門は一人を斬った。死角となる左脇から躍りかかってきたその男を生け捕りに出来なかったのは、次郎衛門の未熟と言えるかもしれない。がら空きの胴を、心形刀流の抜き打ちが存分に薙いだ。即死である。

 ほっかむりの顔には見覚えが無かった。驚いたような顔で死んでいた。

 終わってみれば、捕り物における人的損害は無く、頭目を含めた五人を何とか生け捕りにできた。本来であれば生け捕りにするのが正道ながら、正当な職務の範疇でもある、次郎衛門に御咎めなどはない。次郎衛門にしても、もう少しうまくやれたかもしれないと思うだけで、特に感慨はなかった。

 だからその翌日、あの黒猫に改まって礼を言われた時は驚いた。

 あの筏橋で、明けの非番特有の、寝不足でぼうっとした頭を持て余していた時だ。

 まだ日の高いうちで、身体は疲れ切っているのだが気持ちがどうにも落ち着かない。昨夜の捕り物のお蔭で、まだどこか気が昂っていたのだろう。こういう時は釣果を気にせず、ただ釣り糸を垂らして頭を空にするに限る。精々今日は早めに切り上げて幾ばくか酒を飲み床に就くとしよう、そんなことを考えていた。

 気付けば、黒吉が隣にちょこんと腰かけていた。

「次郎衛門、礼を言うぜ」

 突然言われても、何の事かと首をひねるばかりだ。そんなことより、猫が喋るという尋常ならざる光景を誰かに見られていやしないかと周囲を見渡すが、近くを通りがかる者はいない。いたとして、大川沿いの通りから見下ろすのが精一杯だろうから、誰も猫が人語を話しているとは思わないだろう。

「どうしたのだ、急に」

 努めて視線を浮子の方にやりながら、そう言う。

「昨夜お前が斬ってくれた、あの男だ。あいつは、俺の子の仇でな」

「仇?」

 訊けば、あのほっかむりの男、どうやら上野は下谷のあたりにある長屋に居を構えていたらしい。どうしようもない破落戸ごろつきで、博打で小金をせしめては昼酒を飲み板の間で鼾を掻くといった按配だったのだが、ある時どうも床下が騒がしい。覗いてみると、いつの間にかそこで雌猫が子を産み育てていた。昼寝の邪魔をしやがってと怒り狂った男は床下に潜り込むと、まだ眼も開かぬ子猫をまとめて掴みあげ、近所の川に放り投げてしまった。

「それが、お主の子というわけか」

「偶にゃ良いもんを食わしてやりてえってよ、張り切って狩りから帰ってみりゃこの有様だ」

 以来、隙を見ては何とか仇を討ってやりたいとは思っていたらしい。

「とは言えよ、猫の身じゃあどうしようもねえ」

「お主、化け猫を名乗るのであれば、人に化けたりはできぬのか?」

 莫迦言ってんじゃねえや、と黒吉は鼻で笑う。

「人間なんぞに化けてどうすんだ。動きは鈍いし、身体も重い。爪も牙もねえ」

「しかし、人は人を動かすぞ。例えばだな、女に化けて酒をたらふく飲ませれば寝首も掻けるだろう」

 いや、それよりも一服盛る方が早いか、と独りごちる。

「それに、そいつが悪たれなのであれば、番所に届け出るという手もある」

 実際には、博打に打ち込む程度では過料や手鎖が良い所だろうが、他にも余罪があれば、それも一〇両以上の重い盗みなどであれば、死罪だ。

「人間ってな、悪知恵が働くもんだな」

 呆れながら、「人間、人間か」とぶつぶつ呟きながらその場を去る黒猫を、次郎衛門は横目で見送った。

 それから、一週間余りが経った頃である。黒吉が、筏橋に人間の姿で現れたのは。

「どんなもんでえ」

 その風体から最初はただの遊び人かとも思ったが、それにしては態度が気安すぎる。それに、自分と黒吉しか知らないことをぺらぺらと喋るものだから、次郎衛門も遅まきながらようやく気付いた。

「もしかして……黒吉か?」

「なかなかのもんだろ」

 黒吉は、不敵に笑った。


「黒吉さんって、不思議なお方ですわね」

 ひょうは首を傾げる。

「そうかね」

「ええ、最初は町人の方かと思っていたのですけれど、この間は立派な雉なんかも獲ってこられたじゃありませんか」

 ひょうにすれば追求ではなく軽口のつもりだったろうが、次郎衛門は内心ひやりとした。

 人に化けた黒吉を、面白がって家に招いたのは次郎衛門だ。他の来客にそうするように酒と肴を振舞い取りとめのない事を話すだけだったが、黒吉にはそれが大層新鮮だったようで、日を置かず、時には手土産を持って高田家を訪うになっていた。

「見た目に因らず多芸なんだよ」

 そんなものかしら、とひょうは納得したのか頷く。黒吉の訪問自体に否やがある訳ではなく、それどころか来るのを楽しみにしている風ですらある。

「あら、だって男前ですもの」と言って、ひょうはころころと笑った。

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