ラプソディー・イン・メタル
白河久明
ラプソディー・イン・メタル
「十二時十分前、か」
やっと大学から帰れる、と思って時計を見ると、もうそんな時間。昼じゃなくて、夜の十二時ですよ。
まったく、理系の大学四年生が、こんな生活をしてるとは思わなかったよ。卒業研究の、ぼくが入った研究室は、徹夜もザラなのだ。夏休みもないし。ブツブツブツ……
まあ、今夜は実験の予定はなかったんですがね。大事な実験試料の銅線が入ってた袋をゴミとまちがえて、クチャクチャにまるめて、捨ててしまったのだ。怒られてねえ。
「試料がなくて、どうやって実験する気だ。いいか、今日中にちゃんと作っとけよ」
銅線なんて、電気屋に行って買ってくりゃいいじゃん、と思うんだけど、そうはいかんのだ。99.999%の高純度の銅の
てなわけで、今日は徹夜覚悟で、この作業をせっせせっせとやってたわけでありまして。夜食にカップラーメンやおやつを買い込んで。
けどまあ、割とはかどった。で、どうにか十二時前に、終えることができました。あふ。疲れた。
で、地下鉄の駅に着いたら、ちょうど電車がやってきた。グッド・タイミング。あわてて最前部車両に駆け込み乗車。ふう。
発車ぁ。ガタンゴトォーン、ガタンゴトォーン。
なんせこの時間なので、楽々座れた。ほっ、とひと息。
また時計を見る。十二時三十秒前。
はは、もうすぐ明日だ。今が十二日の木曜だから、次の駅に着いたころにはなんだか縁起の悪い日になってるな。
そう思った直後、悲鳴が電車の中に満ち溢れた。
「じ、地震だあ」
電車が小刻みにゆれたかと思うと、激しい上下振動。は、激しいなんてもんじゃない。ぼくは座席から跳ね飛ばされ、窓ガラスは割れ、電気は消え。耳が割れんばかりの地鳴り。落石で天井は今にもう破れそう。落盤か。わあ、生き埋めだぁ。
電車が横倒しになって、ぼくの身体が下に叩きつけられたかと思うと、落下感。地面に裂け目ができ、頭から落下しているらしい。あちこち、地割れの壁面に衝突しながら、落ちてゆく。ぼくは車両の最前部に激しく叩きつけられ……
『お、最後のひとりが気がついたぞ』
と、ぼくは思った。
えっ。今、気がついたのは、ぼくだぞ。なんでそのぼくが……
『とまどっとるな。無理ないけど』
『かえって気絶したままの方が、幸せだったかもしれないなあ』
『ま、これで全員がこの現実に直面したわけですね』
と、またまたぼくは思った。どうなってんだ。かってに思考してる。ショックで多重人格になったのか。
まてよ。その前に、いったいぼくは誰だ。わあ。き、記憶がいくつもある。新婚ホヤホヤの二十六歳サラリーマン、中年の商店主、……みんな子供のころからのことを思い出せる。なんだ、どうなってるんだ。
なにかに挟まれてるわけでもないのに、どういうわけだか、ろくに身動きもできないし……れれ。自分の身体もいくつもあるみたいだぞ。暗くて、はっきりした状況は分かんないけど。
『まあ、そのうちに自分の身体くらい、見分けがつくようになりますよ』
と、また思った。そうですか、とぼくは生返事をしといた。
が、しばらくして本当に自分の身体の見当がつくようになり、薄暗い中、目でよく見ると……
電車はやはり最前部車両から落ちたらしく、六両目くらいまで垂直になって地面に挟まれている。で、車両と車両の通路のドアが、壊れたかどうか分からないけど、五両目まで全部開いてしまっていて、一両目から六両目までの乗客のほとんどが、最前部車両に落ちてきていた。
すると、ぼくは押しつぶされて即死、となるところだけど、どういうわけか、七十人ほどの、すべての人がふわふわ浮いている。
いや、表現が悪いな。つまり、一両目にみんな固まっているんだけど、なにかの力でお互い反発しあってるらしく、六十センチくらいの間があいてるのですよ。
で、全体は淡い光で満たされている。なんだろな。
『それ、わしらの魂らしいんだ』
となりの、中年商店主のおじさんの思考が教えてくれた。
『魂ですって』
『ああ。みんなの魂、それぞれが全員の身体に入り込んでるらしい』
魂が全員へ。ぼくの魂も全員の身体に入り込んで……。なるほど。だからみんなの頭の中の記憶が読めるし、自分の身体がいくつもあるような気がするってわけか。
あ。すると、ぼくの頭の中もみんなに。うわあ。プライバシーの侵害だぁ。
まあみんな、こんな状況になってしまって、その心細さから、今まで似たようなことがなかったか、みんなの頭の中を捜しまわって、いちおう少しはSFをかじったぼくの頭の中をのぞき込んでくる。こんなこと、現実に起こるわけないんで、結局、SFにたよるわけで。
でも、残念ながら、SFで似たような状況のものはあるけど、その後ハッピーエンド、もとの状況に戻れた、という例は、知らんのですよ。
それにしてもなあ、男ばっかで面白くないなあ。女性の頭の中ならのぞいてみたいけど、つまらんことに、一人もいない。ま、時間も時間だしね。
ところで、やけに整然と、規則正しいくっつき方してるな、ぼくら。朝礼を思い出すなあ。
もっとも朝礼じゃ、前後左右に広がるだけ。こっちは上下にも列ができてる。ぼくの前後上下左右に等間隔に人がいるわけ。で、その間を割り込むような位置にまた人がつまってて。
どういう風かと言いますと、立方体の八つの角に人がいて、その立方体の中心位置にひとり割り込んでいる、という……
あれ。まてよ。この並び方
わ。
原子のくっつき方のひとつだけど……まさしくこれは体心立方格子。まるで金属だね。
えっ。
まてよ。すると、この魂の淡いもやが……。そうか。ぼくら、金属結合しちまったんだ。
金属ってえのは、中を自由電子ってやつが、一つの原子のまわりだけを回るのをやめて、金属全体を駆けずりまわってる。魂を電子、身体を原子核としてみれば、まったく同じじゃないですか。なんてこった。
そういえば、魂はふつう身体から離れない。てことは、生きてる身体と魂はなんかの力で引っ張り合ってるわけだ。電子と原子核みたいなもんで。うん。金属結合も不思議じゃないな。
一人につき一つの魂、か。てえとこれ、アルカリ金属か。そういやあアルカリ金属は体心立方格子だ。
すると、この魂のもや、あまりに高速で動き回ってるから、こんな風に見えるのか。そういえば、さっきから自分の頭を使ってて思考がチカチカすると思ってたけど、いつも全員の身体にいるわけじゃなくて、ほんの一瞬ですべての身体を通過し続けてるんだ。
『え。金属結合だって』
ざわめき。
『もっとくわしく』『それ、簡単に外れないのか』『こら。人間を原子なんかといっしょにするな』……
そして、またもよってたかってぼくの頭を荒らしまわる。それに関する記憶を。読んだって、たいしたもんないけどね。
金属結合、か。すると、抜けられる方法は……。あ、一応あるなあ。
『ど、どんな方法だ』『本当か。教えてくれ』
と、みんなで聞いてくる。
『舌かみ切って死ねば、魂の力を受けなくなって、抜けられます』
『バカ、ふざけるな』『死んじまえ』『まじめに考えろ、この野郎』
『もう一つ。熱を全体にくわえれば、結合を切って、分離できるかも』
『熱。何度くらい』
『ええと、千度か二千度か』
『いいかげんにしろ』
もう、非難ごうごう。
と、その時。
「おーい。生きている者はいるか」
上の方から声。
『き、救援だぁ』
『助かった』『出られるぞぉ』みんな大喜び。
そういえば、地上から漏れる光が強くなってきている。ここまで掘り進んでくれたのだ。
みんな力いっぱい声を出す。
「おーい。みんな生きてるぞぉー」
さすが一心同体だね。ぴったり一致。
やがて土砂やコンクリートが取りのけられ、ヘルメットをかぶった二人の作業員が地盤のすきまから、地下へ向かって垂直に伸びている電車の、五両目あたりへもぐりこんだようす。腰には命綱。慎重に最前部車両のぼくらの方へ降りてくる。
「もう大丈夫ですよ。けがはどうです。すぐ病院に連れていってあげますからね。死んだ方はどのくらいいらっしゃいますか。できれば致命傷を負った方から順次お助けしたいのですが」
はは。死傷者多数に決まってると思い込んでやがる。幸か不幸か、この奇妙な現象のおかげで、ひどいケガをした者は、ほとんどいないのだ。
「あ」
ようやく、ぼくらの状況に気がついた二人の救命員、びっくりしてる。そらするわな。整然と並んで、ふわふわ浮いてるんだから。
でも、役目だけは忘れなかったよ。
「さあ。とにかく、ぼくらに一人ずつ、つかまってください」
すぐそばまできたが、誰も手をのばさない。なんせ、金属結合してて、うまく体が動かせんのよ。
二人、へんな顔をしながら、こちらに手をのばす……
ん。悪い予感。
次の瞬間、目にもとまらぬ速さで二人はぼくらにくっついてしまった。それも、こちらにならって整然と、規則正しく。魂もぼくらと溶け合って……
あーあ、やっぱり。
ぼくらは、一瞬とまどったが、わっと二人の頭の中を荒らし始めた。
新しく来た二人の知識で、ぼくらはようやく外界のようすがつかめた。
この地震、なんでも起きた時刻が十三日金曜の十二時0分0秒、で、震源地は、ここ。たしかに大学でこのあたりに活断層があるって聞いたことがあるけど。地震に強いはずの地下鉄も、これじゃたまりませんわ。
マグニチュードは8・0。関東大震災よりでかいのですよ、なんと。
まあ、耐震強化がされている建物が多いこともあり、被害は前回ほどではなかったらしいけど。
すると、あまりにも強力な地震のエネルギーが、直下で発生したため、それが異常な場を創り出し、そのせいで、こんな変なことになったのかな。呪われた時刻でもあることだし。
そうこうするうちに、上の方の準備が整いまして、クレーン車で車両ごと引き上げられた。そして、最前部車両は、近くの神社の境内に置かれて、慎重に解体。
地下生活から、一挙に地上に上げられたんで、まぶしかったよ。
外界はすでに昼下がりでありまして。神社をはじめ、ビル以外、あたり一面焼け野原だけど、この異常な状況を聞いて、学者さんたちが集まってた。
で、その学者さんたちが、寄ってたかっていろいろ悪さをするんですよ、これが。
連中はまじめにやってるんだろうけど、こっちは大迷惑。超音波やら何やらで測定するくらいでやめといてくれりゃいいのに、結合強度を調べるために、ぼくらを引っ張ったりねじったり。
人間が直接タッチすると、くっついちゃうのは分かってるから、ぜんぶ機械でくるわけ。マジックハンドとか。いたいんだよこれが。
不幸なのはあとからぼくらの仲間になった二人の救命員。命綱をつけたままだったもんで、ことあるごとに引っぱられるのだ。
ところで、救命員によると、助けようとした時にはまだ、二人の目には魂のもやは全く見えなかったらしい。てことは、ぼくら以外の人間には、このもやは見えないってこと。
そんなもんで、学者連中、こちらの言うことを信じてくれない。で、とんちんかんな測定ばかりやってるんだよ。バカだね、この連中。これじゃいつまでたっても解決がつかないよ。いいかげんにしてくれよぉ。
でも、こっちがムキになって「魂が……」なんていうと、学者は学者でも、精神科みたいなのがやってきて「ほう、そうですか、なるほどなるほど」
こんな状態なもんで、気がおかしくなってると思ってやがるんだよ、連中は。
その中で気になったのは、こういった連中の外側からこちらをじっと見ている、初老の学者。ぼくらの言葉をまともに聞いてくれてるような気が……
痩せた猫背の男で、白衣を着ている。猫背というより、せむしの軽いのみたい。白衣というより灰衣。なんせ十数年間着つづけてる、て感じで、汚れがすごい。いろんな薬品のシミ、油のシミ、焼けこげ……。そして顔をあげてこちらをにらんでる。目は異様な光を放って……
この場の学者の中で、全く異質な感じなのだ。妖気さえ漂っている。
これが、マッド・サイエンティストてやつか。
そんな気がしてくる姿だった。
やがて日は暮れ、学者たちも段々と姿を消してく。これ以上研究しても解明できそうもないし、第一、首都圏は地震のおかげで大被害、その復興対策に、ひとりでも人材が欲しい時だからね。こんな変なのは、やめにして、そっちに回ろう、でなわけ。だと思う。いると迷惑だけど、いなくなるとちょと心細い。
そして、マッド・サイエンティスト氏だけが最後に残った。
すでにあたりは暗い。地震で送電線も切れているらしく、街灯もビルの明かりもない。月や星たちが、やけに青白い光を放っていた。
そして、こちらに歩み寄ってくる。
「物理を少しでもかじったやつはいるか」
すると、みんなは、ぼくのほうを指して、
「はいはい、おります」
わあ、やめてくれ。いくら物理学科生とはいえ、知識は高校並みっての、みんな分かってるじゃない。
「ふむ」
その目でぼくを見る。う。身体中に悪寒が。
「それは、金属結合なんだな」
「えっ」
普通の人と違ってると思ったら、やはり。やっとわかってくれる人が……
「ええ。そうですそうです。でも……信じてくださいますか」
彼はフン、と鼻をならしただけ。わかって当然、といった風。
が、思い直したように、一言。
「あの時、この一帯のすべての人が気絶しておる」
「は」
どういう話のつながりだ。気絶。
あ、なんとなく分かってきたぞ。
魂のエネルギー準位は、金属結合を組むと、低くなる。てことは、余ったエネルギーが放出される。原子でいうと、エネルギーは、熱とか、電磁波になるわけなんだけど。
この場合、魂でのエネルギーなんで、何らかの霊的エネルギーが電磁波みたいに放出されて、この一帯の人は、集団気絶……
それと結びつけるとは、すごい人だね。このひとならひょっとして……
「お願いします。助けてください」
みんな口々に。今、この人を逃したら、もう永久にこのままだ、という確信のようなものがみんなの中にある。
が、彼は表情も変えずに、またぼくに質問してきた。
「内殻電子は存在するか」
「え」
なるほど。実際の金属には、金属中をかけめぐってる自由電子のほかに、ここの原子核の周りをまわっている、内殻電子があるはずだなあ。
なんとか目をこらして、意識を研ぎすまして、魂を研ぎすまして見ると、なんとなくそれらしいものがあるみたい。全くどんな魂か分からんが、これが守護霊とか祖先霊というやつだろうか。
「あります」
「フム。……スピンは同一か」
「えっ」
スピン……は。そんなものもあったけな。
ええと、スピンが同一ってことは、魂がみんな同一方向に回転してりゃいいんだから……。えーと。えーと。えーと。
なんせ、魂、超高速回転してるんで、そんなこと、とてもわかんないよ。たしかに、そう言われてみれば、そんな気もするけど。うーん。反対方向に向かってるのはないような気が。
「なんだか、そんな感じですが」
「あいまいなことをいうなっ」
マッド・サイエンティスト、怒った。わっ。
「は、はい。スピンは同一です」
スピンが同一、か。てえと、強磁性体か。つまり、強い磁石。はは。するとぼくら、磁石か。つーことは、ぼくらのほかに金属人間の塊があったら、吸い寄せてたことになるな。
「よし。……P軌道自由電子はいるか」
「ええと……」
P軌道て、八の字軌道のやつか。てえと、だれかの魂が、身体を中心に八の字軌道をしているのがあるかってことか。……うう。わからん。
わからないけど、そんなのはないような気がする。S軌道しかないような。
「ないようです……いえ、ありません」
「うむ。
一段上の殻のS軌道は?」
一段上ってことは、ほかの魂より、身体から離れた位置に軌道があるやつか。ううん。これは、あるようだぞ。
「ええと。あるようです。時々ですが」
「ほう……」
考え込んでしまった。う。なにかまずいことを言ったかな。
なにか独り言をつぶやいている。
「ふうむ。……すると、P軌道のエネルギー準位が通常の原子と違い、かなり高いわけか……」
マッド・サイエンティスト氏、確信に満ちた顔になり、きっぱりと言った。
「よし、判った。助けてやるぞ」
翌日。
「……本当に、なんとお礼を申してよいやら。ご恩は一生忘れません」
やっと皆、晴れて大地を踏みしめることができた。あの中年商店主は、夫婦でぺこぺこと博士に頭を下げている。そのほか、何組の夫婦やカップルが礼を。
もっとも、浮かぬ顔をしてるペアもいるけどね。
そりゃそうでしょ。一団の塊からは脱せたものの、今度は夫婦で結合して離れられなくなっちゃって、お互いの内面が見え見えになってるんだからねえ。
商店主夫婦とか、あきらめかけていたお互いの愛情を再確認できて、喜んでる人々もいるけど、新婚サラリーマン氏とか、ゲンメツしているペアも多い。今まで相手を理想化しすぎてたわけですわ。
でも、博士の方法ってのが、こういうことだったとはね。
つまりですね、男同士の結びつきを断ち切るには、男女の仲という、それより強い結びつきを使うしかないってわけでして。
そういえば、ぼくらの中には女性は一人もいなかったんだなあ。すべて男。
博士は、ぼくら金属結合男性群に女性をくっつけたわけ。すると、女性に一番近いところにいた男は、金属結合を切って、その女性と、共有結合という強ーい結合をするのですよ。ダイヤモンドとかがやってるやつで、原子間で一番強い結合。
ふつう金属は共有結合なんてしないんだけどねえ。P軌道というやつのエネルギー準位ってやつが高いと、そんなことも起こるわけ。
共有結合ってのは、スピンが反対のもの同士じゃないとできない結合で。まあつまり、魂の回転する方向が、右回りと左回り、とか、正反対じゃなきゃならんのですよ。
そのスピンの違いってのが、なんと、男女の差だったわけ。
男だけなら金属結合しかしないけど、女をそこに持ってくれば、より安定な、共有結合に移ってしまう。
でもね。この共有結合、身体の中に、ちょうど自分の魂がいる時にタイミングよくやらんと、魂は自分の身体に戻れんのですよ。他人の魂がかわりに入っちゃって。
魂は超高速で回ってるでしょ。もうこの困難さたるや、すごいんだから。みんな慎重そのもの。
女性をくっつけるタイミングをはかる博士も、何やら自作の装置を使っていたみたいだけど、魂が見えないはずなのに、そのお手並みは絶妙。
そのかいあって、ぼくはじめ、大部分が奇跡的にも、自分の身体に戻れたのでありますが。
しかしねえ。戻れたといってもねえ……
くそ。マッド・サイエンティストめ。志熊博士という名前らしいが。
「でもこれは、ひどすぎるんじゃないですか」
博士にくってかかった。
「魂のままの方がよかったか」
こんにゃろ。平然としてやがるよ。
でも、それをいわれると、つらい。
「いえ、それは……」
「それに、あの連中よりましじゃろ」
博士が顎で指した方には、あわれ、魂が他人の身体に入ってしまった六カップル。もとの自分の身体を未練がましく眺め、ため息ばかりついてる。
いったん共有結合してしまったら、これはもうよっぽどどえらく高い霊的エネルギーでもない限り、離れることはできない。
「それはそうなんですがね」
博士は、ニヤリとした。いやな笑い。
「君に、生涯一緒になってもいいという恋人が、一人もいなかった、ということだけだ。責任は君自身にある」
「しかしですねえ……」
ぼくにくっついているパートナーは、明らかにぼくに対して猛烈な嫌悪を示してる。こんなことで一生やっていくなんて……
「まあ、いずれなれる。関係のない女性を犠牲にするわけにはいかんからな。仕方ない。人間の魂のエネルギーレベルに極めて近く、結合可能なものと言ったらそれしか……」
「でも、いくらなんでもメスザルなんかと」
「キー、キキー、ギキャキャ……」
ぼくの嫌悪の感情を察し、背中にいるわが生涯の伴侶は、さっきから抗議の声をさかんにあげていた。
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