第4話
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それが空に浮かぶ雲ではなく、炎が出す灰色の煙であることが分かる度に、雪勿は絶望を繰り返す。
(またこの夢だ)
一体いつまで苦しまなければならないのか。目尻から落ちた涙が落ちる。
「……雪勿…」
不意に呼ばれたように感じて、俯いていた顔を上げた。でも、いつもはそんなこと……。
「雪勿」
聞こえる。自分以外の声が聞こえる。呼ばれている。いつもは無い、人の気配を微かにに感じる。
その時視界の端を金色の光を振りまいて飛ぶ黒い蝶が横切っていった。
直後、急激に意識が浮上していった―――。
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「起きれる?」
脳が眠りから覚めたことに気がつくまで、若干の時間を要した。雪勿はしばらく、ぼうっと紫蒼を見上げていた。
「雪勿?」
「……助けて、くれたんですか」
掠れた声で雪勿が聞くと、紫蒼は首を振り心配そうに眉を下げた。
「うなされていたよ。また悪い夢を見たの?」
「……はい。でも、いつもとはちょっと違うものでした。あなたが助けてくれた」
「そう」
それはよかったと鷹揚に微笑む紫蒼に、何故だろうと雪勿は首をかしげた。彼の顔が眠る前よりも近くに見える。
だがそれにしてもこの男、見れば見るほどこの世のものではないような、目を奪うほどの麗しさを持っている。雪勿を見下ろしてしだれる黒髪は、そう、さしずめ月明かりに照らされて揺れる藤の花に似て……。
雪勿はそこまで考えて、あれ、と今の自分を客観視してみた。横になる自分、それにかぶさるような姿勢の紫蒼。
いつの間にか紫蒼の膝の上に頭を置いて眠っていたようだ。
とんでもない状況だと、雪勿は跳ねるように体を起こした。
「すみません!」
紫蒼は驚いて目を瞬く。
「突然倒れたうえにこんなこと……重かったですよねすみませんっ!」
「ああ…いや、構わないよ。俺が勝手にしたことだから、気にしなくていい。それよりも顔を見せて。ここに来た時は、肌が白を通り越して青くなっていたからね」
ソファに額をこすりつけていた雪勿は、遠慮がちにおずおずと顔を上げた。
「少し眠ったからかな。さっきよりは良くなったようだ」
雪勿の頬に触れた紫蒼は、ふっと顔をほころばせて、また、よかったと呟いた。
「ありがとうございます、助けてくれて。やっぱり来てよかった」
「うん?俺は何もしてないよ」
「そんなことないです。あなたがわたしを助けてくれたんです。夢の中で、あなたの声が聞こえました。ずっとわたしの名前を呼んでいてくれていた…あなたが近くにいてくれたから……ありがとうございます!」
雪勿に再び深々と頭を下げられ、紫蒼は戸惑いの表情を浮かべた。
「もうわかったから。ほら、頭を上げて。参ったな。昨日の貴女とは別人のようだよ」
「え?あ…昨日は、その…ちょっとイライラしてて…すみません」
雪勿は、自分は昨日転校してきたこと、クラスメイトに休み時間中絡まれ続けたこと、それに加えて寝不足のせいもあってストレスが溜まっていて紫蒼に八つ当たりしてしまったことを伝えた。
ひたすら謝り倒す雪勿を、紫蒼は笑って許しの言葉をかけた。
「あの時は、俺も少し貴女に意地悪してしまったからね。お互い様だよ」
「……あ、あの」
「なに?」
「あなたは…本当に、幽霊じゃないんですよね?」
紫蒼はその黒い瞳を一瞬だけ見開き、そしてすぐに細めた。口元はどこか挑発的に弧を描いている。
「そうだよ。もう一度確かめてみる?」
そう言って、紫蒼は手のひらを雪勿の顔の前に出した。雪勿が自分の手を少し伸ばすと、簡単に触れることが出来た。
「どう?」
「……幽霊…じゃない」
「正解。じゃあ今度は俺の番」
「え?…わっ」
雪勿が首をかしげた時にはもう腕を掴まれ、声を上げた時には既に体が倒されて紫蒼の顔が間近にあった。
「な、なんで…!?」
「俺の膝枕はお気に召しませんか?」
「…そ!んなことは、ない、ですけど」
「昼休みは長い。俺がここにいてあげるから」
でもと食い下がる雪勿の唇に、紫蒼の細い人差し指が添えられた。シーと息を吐きながら、紫蒼は反対の手のひらで雪勿の視界を優しく奪う。
「おやすみ。雪勿」
まるでその言葉に誘われるように、雪勿は再び眠りに落ちていった。
「夢から覚めたら、俺の名前を呼んでね、雪勿」
その日から、雪勿が悪夢を見ることはなくなった。
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