この綺麗な首飾りを君にあげる

墨色

第1

 初夏。じっとりとした汗が喉元を伝う。


 それが大きな胸の谷間にするりと落ちた。


 よく晴れた空の真下。ベランダから眺めた空は、先週までの雨が嘘みたいに晴れ渡っていた。


「これは乾くの早いね〜…お買い物に行こうかしら」


 町村綾香。今年で22歳になる育児休暇中で仮の専業主婦状態。夫ともうすぐ一歳になる一人娘との三人暮らし。


 お家はマンションの四階。賃貸。二人暮らしには向いてるけれど、娘が大きくなれば少し手狭。でもまだまだ小さいし、引っ越しは考えていない。


 夫、敦志とは失恋を慰めてもらってから始まった恋愛だった。結婚して二年。まだまだ新婚気分が抜けないけど、子供が可愛くて可愛くて仕方ない。


 娘の虹歌。体重3152gの小さな生命がわたし達の元にやってきてからもうすぐ一年になる。



「ありゃ〜まだ寝てまちゅね〜ふふ」



 スピースピーと少しお鼻が詰まってる虹歌ちゃん。可愛い可愛い一人娘が可愛い。


 ふふ、寝顔なんて、そりゃあ天使だなんて言うわよね。


 ふさふさの黒髪にまっちろな頬に紅がふんわりと滲んでる。目を閉じた顔は、何処となく夫に似ている。


 あ、目とまつ毛は私かなぁ。多くて長いし。私みたいに、美人さんになるかなぁ。



「ん〜〜可愛いなぁ…」



 さてさて、起こさないように抱っこ紐しないとね。さ、お手手のものは離しましょうね。


 あーやっぱり泣き出しちゃったか。



「やっぱりこれ…離さないのよね…出すんじゃなかったな…」



 白い貝殻で出来た、綺麗な首飾り。


 これは昔、幼馴染にもらったものだ。



「……」



 でも今はそんなに大事なものじゃなくなっていて、娘のお気に入りになってしまった。


 これを握らせておけば、大抵はいい子で静かなのだ。



「きゃ、きゃ、まうま」


「ふふ……もぉ、すぐご機嫌さんなんだから」



 お掃除の最中、整理していたら出てきて懐かしくなって眺めていたこの首飾り。


 そこに配達の人が来て、対応していたらいつの間にか机になかった。少し目を離した隙に、娘の虹歌が手にして遊んでいたのだ。


 低いとはいえ、ローテーブルだし、まだハイハイしかできないからと油断していた。



「だうあっ!」


「ごめんね。獲らないよ〜」



 それからはこれが無いと寝てくれない。肌身離さずに手にしてる。まるで小さな頃の私みたい。



「……もぉ、そんなとこ似なくていいのに…」



 まあ忘れて他のおもちゃで遊ぶこともあるけど、うとうととし出したら探し出す。なかったらうっうっと涙を溜めて泣き出す始末。



「でも口に入れないのはびっくりしたなぁ」



 焦ってすぐに取り上げたら泣き出して。恐る恐る持たせてみたら泣き止むし。


 でも口にせずにしゃらしゃらと撫でるだけ。強く引っ張ったりもしない。


 そういえば丸く削ってくれたって言ってたな……



「……えらいえらい」


「えあぃ?」



 ふふ。不思議なお顔をしてますね〜。でも敦志から「何これ」と聞かれた時は咄嗟に嘘をついてしまった。


 お母さんにもらったなんて。


 でも言ったら拗ねそうだし、仕方ないわよね。敦志って昔から口が悪いし。娘の教育上よくないし。



「さあママとお買い物にいきましょうね」


「あー」


「お利口さんですね〜ふふ」



 さあ、愛する夫の為に、何を作ろうかしら。


 やっぱり精のつくものかしら…


 最近……ご無沙汰だしね。


 

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