第55話:エピローグ


 鶏冠文化祭の日。俺とフレイヤと鏡花と朱美はメイド服姿で(更に言えば俺は黒いロングのウィッグも付けて)午前中は舞台に立った。午後からはお笑い芸人を呼んでコントをして貰ったり有志の学生や吹奏楽部や合唱部などの催し物があったり。俺たちが舞台に立つと歓声が上がった。そりゃ超絶美少女かしまし娘がメイド服で現れたのだ。気持ちはわからんじゃない。てか黒いロングヘアーメイドの俺にまで黄色い声がかけられているのは気のせいだろうか。そっちのケは無いんだが……。


「ではこれよりオークションを開催させてもらいます」


 マイク片手にフレイヤが場を進行させる。ちなみに生徒会と教師にはさすがに事情を話してあったが、一般生徒に対してはサプライズだ。そうでもしなければ色々と面倒が起こる故、次善の処置と云ったところ。


「私たちの部室で午後からメイド喫茶を開きます。招待券は一枚のみ。取引はその場で即金のみ。つまりこの場で支払ってもらいます。お財布事情と勘案してオークションに参加してもらえれば嬉しいです。それではスタートプライスは千円から。どうぞ!」


「千五百円!」


「二千円!」


「二千三百円!」


「二千五百円!」


 結果、一万二千円でフィニッシュ。




    *




「ふわぁ」


 文芸サークルのメイド喫茶に招待されたのは気弱そうな愛らしい男子だった。四人の極上美少女メイド(というと語弊だ)が紅茶を入れてくれて、穏やかに話してくれて、少し悪戯っぽく誘惑してくる。俺も男だから男子の気持ちも汲んで取れる。


「ご主人様?」


 フレイヤが尋ねる。


「紅茶とケーキのセットでよろしかったでしょうか?」


「あ、はい」


 緊張しているらしい。さもあろうが。


「では奉仕して欲しいメイドを選んでください」


「えと……」


 男子はおどおど。


「じゃあ」


 俺はカシカシとスマホで小説を書いていた。一応俺もメイドなのだから客に奉仕せねばならないのだが、いいだろ別に。


「金也さんで」


「…………」


 えーと……。


「正気かご主人様?」


 パイプ椅子に背を預けて確認を取る。


「駄目……かな……?」


「やれと言われるならやりますが」


 まさか俺を指名してくるとは。


 カップを蒸らす。沸騰寸前の湯で茶葉を広げる。紅茶を用意してケーキと一緒に盆に載せる。そして仕事。


「お待たせしましたご主人様。紅茶にミルクと砂糖は入れますか?」


「お願いします」


「では失礼します」


 ティースプーンを持って紅茶にミルクと砂糖を投入。スプーンで混ぜる。


「どうぞ。ご主人様」


「ありがとうございます」


「恐縮です」


 ニコッと微笑む。


「あう……」


 と男子は照れた。


 ――勘弁してくれ。そこまで可愛いか? 俺の女装姿は……。


 それから歓談しながら俺たちはティータイムに入った。ご主人様の許可を得て俺たちも紅茶を飲んでほんわかした時間を過ごす。


「あはは」


 引きつった笑いの男子。俺くらい唐変木でも無ければ、このかしまし娘と付き合えはしないだろう。特に自慢出来る能力でも無いとして。


「ご主人様は午後から巡りたい催し物はあるのですか?」


 フレイヤが問う。


「特に予定は無いけど……」


「では午後いっぱいはこちらで過ごしても?」


「うん。問題は無いね」


「では精一杯お持てなしさせていただきますよ」


「いいの?」


「もちろんですとも」


 爽やかな営業スマイル。それから俺たちはダラダラと紅茶を飲みながら文化祭を過ごした。非生産的なこと請け合いだが、とはいえやりたいことも取り立てて見つからない。男子と一緒にまったりとしたティータイムで時間を潰すのも悪くはなかった。そうして文化祭は終息する。


「最後に記念として誰か一人と一緒に写真を撮りませんか?」


 デジカメを手に持ってフレイヤがニッコリ男子に聞いた。


「いいんですか……?」


「ええ、これも少なくない出費をなされたご主人様へのご奉公です」


 どういう理屈だ。


「誰と一緒に写真を撮りましょう?」


「じゃあ金也さんで」


「…………」


 無常に茶をすする俺だった。もしかしてコイツ……そっち系?


「じゃあ金也ちゃん?」


「何でっしゃろ?」


「ご主人様の腕に抱きついて」


 軽やかに言ってくれる……。


「これも文化祭」


「へぇへ」


 頷いて、


「失礼しますご主人様」


 営業スマイルをつくって男子の腕に抱きつく。


「ふわ……っ」


 真っ赤になる男子。


 嬉しいか?


「では記念撮影をさせていただきます」


 はい、チーズ。




    *




 文化祭の終わりはフォークダンスだった。キャンプファイヤーを囲んで男女が踊り手を繋ぐ。俺はメイド服を速攻で脱ぎ捨て制服に着替えた。ウィッグも問題外だ。


「金也ちゃん?」


 フレイヤが、


「お手をどうぞ」


 と差し出してくる。


「何か?」


「踊ろうよ」


「ま、いいがな」


 そしてフォークダンスに参加する俺とフレイヤ。ちなみにこの後、鏡花と朱美とも踊ることになった。あの二人が俺とフレイヤを無条件で二人きりにするわけも無いのだが。


 楽曲はオクラホマミキサー。ベタ真っ盛り。


「どう金也ちゃん? 楽しい?」


「男に奉仕して喜ぶ男が何処にいるんだ」


 男の子の気持ちも理解出来なくはないが、こちらはいい迷惑。


「そっちじゃないよ」


「フォークダンスは時間潰しには最適だな」


 一応踊れないこともない。


「そっちじゃないよ」


「じゃあどっちだ?」


「今までの人生。私と出会うまでの今までと、私と出会ってからのこれからと。金也ちゃんにとっては楽しいかな……なんて」


「ああ」


 素直に頷く。


「お前と相対して答えが出た。それは素直に喜ぶべき事だ」


「えへへ」


 とても精神的アラフォーとは思えない無邪気な笑顔だった。


「金也ちゃんは可愛いなぁ」


「母さん……」


 うんざりと俺は言った。そして、


(――やばっ!)


 そう思ったが覆水は盆に返らない。


「金也ちゃん!」


 パアッと表情を輝かせるフレイヤ……引いては璃音。


「初めて母さんって言ってくれたね!」


「……忘れてくれ」


「私のおっぱい吸いたくなった?」


「お前のおっぱいはいらねぇよ!」

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お前のおっぱいはいらねぇよ! 揚羽常時 @fightmind

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