第53話:罪の在処08
「本当に病院に行かなくていいの?」
繰り返し聞かれる。
「面倒」
繰り返し答える。救急箱を持った使用人によって応急処置を受ける。
「ごめんね」
「それは既に聞いた」
「私のせいで」
「自意識過剰だ」
珍しく殊勝なフレイヤの態度。こっちとしてもやりにくいことこの上ない。いつもの俺を振り回す無軌道ぶりはどうした。心情はわからんじゃないが。
「今日は風呂に入っちゃ駄目だよ?」
「そういうのな~」
とはいえ清潔にせねば怪我とは別方向で健康に問題がある。使用人にお湯とタオルを用意させてフレイヤは俺の体をふいてくれた。
曰く、
「これもお母さんの仕事」
とのこと。いつもの理屈なのでツッコミも野暮だろう。
「ねえ、金也ちゃん。小説書いてて楽しい?」
「そりゃまぁな。義務ならともあれ好きでもないのに趣味が続くか」
「一応読んだけどさ」
俺を理解する一端だろう。
「どの小説も主要キャラはほぼ死に絶えるよね? なんで鬱展開ばっかり書くの?」
「殺したいから」
他に何がある?
「キャラを殺したいの?」
「本当は現実で人を殺したいんだが、さすがにそれは気が引けるから架空の世界でキャラを殺してる」
「何で?」
「死を理解したい。それだけ」
「…………」
「生命が何故死ぬか。考えたことあるか?」
「何故死ぬかって……」
「先回りして言えば死は生命が後付けで獲得した能力なんだよ」
「どういうこと?」
「原初の生物……そうだな……酵母なんかは栄養さえ補給出来れば死ぬことはないらしい。生命の最初の最初……オリジナルの生命に死の概念はなかった」
「そうなんだ?」
「ああ。だから死ってのは進化の過程で得た機能。何故死が必要だったのか? どうして生命は劣化する? いつもそんなことばかり考えてる」
「それって楽しい?」
「スカッとする類のものじゃないが考察することそのものは俺の心の栄養だ」
「金也ちゃんがいいならいいけど……」
そう言って体を拭いた後のタオルを絞って使用人に片付けさせる。
「でもそのあくなき情熱はどこから来るの?」
「俺は殺人者だからな」
「人を殺したことがあるの?」
「ああ、生まれてすぐな」
「――っ!」
何のことかは覚ったらしい。俺は母親の死と引き替えに産声を上げた。
「母親が何故死んでまで俺を産んでくれたのか? 俺はソレを考えるために死について深く知る必要がある」
「私の……せいなの……?」
「自惚れるな」
そこだけはハッキリさせておくべきだった。これは俺の心の問題。
「だいたいお前はスワンプマンだろう?」
「ま、ね」
「ある種の殺人だ」
「知ってる」
ソウルユビキタスネットワークを通じた人格の複写。即ち『本来のフレイヤの人格』を消去して『白銀璃音の人格』を上書きする精神的殺人。それが今のフレイヤだ。
「罪悪感はないのか?」
「別段本来のフレイヤちゃんに同情するほど心を傾倒させていたわけじゃないしなぁ」
ほけっとフレイヤは言う。
「罪悪感は無いと」
「全くね」
気後れした様子も無い。大物なのか何も考えていないのか。
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