第35話:涙の意味02


「俺は泣けないからな」


「泣け……ない……」


「ああ」


 ぼんやり頷く。


「俺も母親を亡くしてる」


 そうでもなければ父親が水月さんと再婚するはずもないのだが。


「そう……なの……?」


「ああ、お盆になると墓参りしてるよ」


「悲しく……ないの……?」


「それなんだよなぁ……」


 腕を組んで思案する振り。


「俺は泣けないんだ」


「お母さんが……死んだのに……?」


「ああ、死んだのに……だ」


「強いね」


「愚鈍なだけだ」


「ぐどん?」


「馬鹿ってことだな」


 肩をすくめる。さすがに小学生に愚鈍は通じないだろう。


「鏡花」


「なに……?」


「失礼」


 俺は体育座りをしている鏡花の両脇に手を差し挟んで上へとニュートンを向ける。無理矢理立たせて、


「ふえ……」


 と狼狽える鏡花を強く抱きしめた。


「鏡花は優しいな」


「どこ……が……」


「泣けるところ」


「泣き虫は……格好悪い……」


「なら君が泣くのなら泣き止むまで抱きしめてあげる。枯れるまで泣いて良いから」


「ふえええ……」


「泣いて良いんだ。その哀惜と慟哭こそが……きっと君のお父さんの遺産なんだから」


「あいせき……? どうこく……?」


「悲しくて涙を流すってことは……それだけ鏡花にとって鏡花のお父さんが大事だったって逆説的証明だろ?」


「あうう……」


「亡くなった母さんのために涙を流せない俺より……お父さんのために透き通った涙を流せる鏡花の方に価値があるんだ。だから俺はお前が羨ましい」


 ギュッと力を込めて抱きしめる。


「俺は死んだ母さんを想って泣けない。墓前に立っても何をしていいのか知らない。結局俺にとって母親の心の占有率はその程度ってことだ」


「あうう……」


「でもお前は違うだろ? 鏡花は大切なお父さんが居なくなって泣いている。それだけお父さんが大事なんだ。綺麗な涙。透き通った涙。貴重な涙。清潔な涙。泣くことは恥ずかしくないぞ? 天国のお父さんだって自分の死を娘が悲しんでくれているなら、それだけでも価値があると思ってくれているだろうよ」


「ふええ……ふえええええ……」


 俺は泣き止むまで鏡花を抱きしめていた。

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