第9話:母が訪ねて三千里09


 部室でのこと。


 俺はカシカシとスマホで文章を綴っていた。


 元々サークル勧誘を積極的に受ける鏡花と朱美が困っていたため断りの文句に添える理由で設立したサークルだ。


 鶏冠高校は三人からサークルが作れる。


 では何故『文芸サークル』なのかというと、俺が小説の執筆が趣味で、鏡花がビブリオマニアだからだ。朱美は付属品である。


「ふええ……。ふえええ……」


 純粋に泣きながら鏡花が俺の胸に飛び込んできた。


 鏡花は泣き虫なのだ。


「すまん。泣かせたな」


 俺は抱きついてきた鏡花の頭を撫でてあやす。


「何で泣いてるの?」


 これはフレイヤ。


「俺の小説読んだからだろ」


 サックリ言ってのける。


「金也ちゃん小説書くの?」


「暇潰し程度にな」


「鏡花ちゃんが泣くほどの傑作?」


「いや、俺の小説は人気ないぞ? そもそもズブな素人の作品だしな」


「でも鏡花ちゃんは金也ちゃんの小説を読んで泣いてるんでしょ?」


「鏡花は泣き虫だから。本を読むのが好きなくせに悲しい展開があるとすぐに泣くんだよ。俺の小説の力量とは関係ない案件だ」


「そなの?」


 とフレイヤは朱美に視線をやった。


 幼馴染みは彼女のカップに紅茶を注ぎながら、


「そうだね」


 と肯定する。


 俺の今書いている小説は男の子と雪の妖精のラブロマンスだ。


 春が来る度に日差しに溶けて消える妖精。冬のロマンスと夏の主人公の焦燥を描いた三文小説。それでも鏡花にとっては春の日差しに溶けて消える雪の妖精に心を痛めて泣いているのだ。


「すまん。泣かせてばっかりだな俺は」


「兄さんのせいでは……ありません……」


 グシュグシュと義妹は俺の胸で泣き続ける。


 基本的に俺の小説は『キャラクターの死』をテーマに書くことが多い。


 母親を殺して生まれた自分。


 故に人一倍『死』について考える俺だ。


 執筆する小説の題材には死を採用するのが必然と……そういうことである。


「ふえ……ぐしゅ……」


 鏡花は泣き続ける。


 俺はそんな彼女の頭を撫でてあやす。


 自分で泣かせておいて……と思われるかもしれないが俺以外に彼女の心を癒やせる者はいない。だからこそ鏡花は俺に心を仮託しているのだから。


「スノーが……また死んだ……」


「そういう小説だからな」


 義妹の頭を撫で撫で。


「ほら、泣き止め。悲しいことは現実には起きないから」


「兄さん……」


「大丈夫だ。俺は此処にいる」


「はい」


 そして鏡花はスッと離れた。


 朱美の準備した紅茶を飲む。


「お見苦しいところをお目にかけました」


 サッパリと。それに関してはこっちの責任。


「お前は俺の小説で泣いてばかりだな」


「兄さんがキャラを殺すからいけないんです」


「ご尤も」


 俺は粛々と紅茶を飲む。と、そこで、


「書けたー!」


 フレイヤが喝采を上げた。


 何が……かは、入部届だろう。

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