(閑話:最近の新機軸)きさらぎ駅
このコーナーは実に無関係に、最近見た面白い映画をおすすめするものです。本日は『きさらぎ駅』。R5.7.4現在、Netfilixで見放題です。
これは『高等で低質なネットロア・リプレイ』な低予算邦画です。
簡単なあらすじ。
堤春奈は大学の民俗学の卒論のため、ネットロア『きさらぎ駅』を訪れたという純子に取材に行き、そしてきさらぎ駅にたどり着く。
この映画は純然たるB級ホラーで、B級ホラー好きにとってはたいていは面白いと感じるため全体的に高評価なものの(B級ホラー好きが母数の大半を占めるため高評価なのであって、一般的に好評価とは思えない。)、たいていのB級ホラー好きでも歯に物が挟まったような、手放しで褒める人はほぼいない作品である。
そんな評価はB級映画によくあるものの、今回はその原因が少々特殊で、様々な意味で視聴者を置いてきぼりにしているので、最も楽しむ方法をちょっと分析しようという試みです。
以下はネタバレを含むのですが、この映画はネタバレてからがスタートな気がする。無料期間中に2回目を見直す気力があればそれはそれで面白いかもしれないけれど、そこまで考察を求められていない映画なきがするから、おまかせします。
1.置いてきぼりポイント1:リプレイ的構成
さて、この『きさらぎ駅』の原作というか元ネタは、今はなき2chの洒落怖スレッドに投稿された都市伝説である。そして『くねくね』『八尺様』と同レベルに有名なのに、『きさらぎ駅』は極めて映画化が難しい話だ。
それは何故か。端的にいうと、明確な敵がいないから。簡単にいうと貞子や伽椰子、八尺様といったネームドどころかくねくねのようなモブ敵もいない。基本的にはあるのは山間部の見知らぬ駅に置いてきぼりにされたというソリッドなシチュエーション『だけ』なのだ。
そこからただ脱出するだけだとつまらない。そこをなんとかするためにとった方法が、リプレイではないかと思う。
リプレイというのはテーブルトークRPGとかボードゲームの用語である。そもそものTRPG自体がマイナーなわけだが、一定のルールに従ってサイコロや話し合いをもとに役どころを演じるRPGだ。
リプレイとは簡単に言うと、そのTRPGのプレイ記録だ。小説のスタイルをとったり朗読したり、はたまた朗読したり動画にしたりするものです。クトゥルフ、ロードス島戦記やD&Dが有名なような気はするが、知らない人は知らないと思うので、そういうものかと思ってください。
この映画は前半の30分は昔『きさらぎ駅』を2chに投稿したはすみこと葉山純子が体験した『きさらぎ駅』(仮に『1stPlay』と呼ぶ)で、後半1時間がはすみをインタビューをした堤春奈が体験した『きさらぎ駅』(仮に『2stPlay』と呼ぶ)で構成される。基本的に主人公は異なっても、同じ推移でストーリーが進むため、焼き直しに見える。けれどもこれは焼き直しではなく、リプレイなのだ。
TRPGでもボドゲでも、一番最初にやること、それはインストだ。
ゲームの前提となる世界観や設定、ルールなどをプレイヤーに事前に説明するもので、プレイヤーはそれを基準として様々な行動をする。この映画の場合、そのインストが1stPlayにあたり、プレイヤーが2stPlayをするというものだ。
映画だから視聴者はプレイしてないじゃん、という疑問がわくかもしれないが、これはリプレイなのです。リプレイというのはようはプレイした記録なわけで、それを読むことを主眼としたもの。ゲームでも鬼哭街とか選択肢一切なしのノベルゲーもあるわけで、そんなような特殊な楽しみ方が一番最適化された作品。
……おそろしく間口が狭い。だが、多分それを前提に組み立てられている。
なぜなら2ndPlayの主人公のムーブが完全にプレイヤーだからだ。見た人はわかると思うけど、行動が完全に不審者なのだ。モブNPCの反応やNPCの混乱に構わず、最適化された行動を取る。同行のNPCに何の説明もなく隠れ敵であるおじさんを轢き殺すし、空気をまったく読まずに先導する。
これは僕らが攻略本を持ってRPGする時に、一々NPCの話を聞いて情報収集をするという過程をすっ飛ばすのと同じ現象だ。様々な要素をスキップし、裏技的に物理で攻略し、最適な攻略行動をピンポイントで取るアレです。そしてそれは、作中に同時代的に存在するNPCにとっては、意味がわからない行動のはずだ。つまりこの映画は、その困惑までパッケージングしている。
それを表すように、主人公は時々作中で攻略本を回想という形で見直している。つまり堤という女がプレイしたゲームを鑑賞している。そしてこの映画はPOV近似の主人公視点で進んでいくことからも、2ndPlay主人公視点のリプレイである。
そもそも、リプレイというジャンルの認知度が著しく低い。これを前提に楽しめるのは、TRPGやボドゲのプレイヤーだけだろう。
そういえば所々のレビューでリアルタイムアタック感があるという書き込みが見られるが、2chで書き込まれた時点で、BBSを介したリアルアタックであったことを忘れてはならない。
2.置いてきぼりポイント2:洒落怖マスター
一般的に認識されている『きさらぎ駅』というのはこのような内容だろう。
はすみが乗った電車がなかなか停波せず、漸く止まって降りたら『きさらぎ駅』という山間の駅だった。
詳しく知っている人でも、「伊佐貫」というトンネルがあったという程度だろう。
つまり、一般的なホラー民にとっては、1stPlayの時点で既にこの映画の半分以上は監督オリジナルなのだと認識する。けれども実際はかなりの割合で原作、というか予想以上にスレッドの書き込みに忠実だ。
スレッドのはすみの書き込みをよく追えば、下記の情報にぶちあたる。
線路を歩いていると太鼓の音が聞こえる。そうすると「線路を歩いたら危ないよ」という声が後ろから聞こえ、振り返れば片足だけのおじいさんが立っていて、そのままおじいさんは消える。伊佐貫トンネルを抜けると男が立っていて、車で近くの比奈駅に送ってくれるという。乗ると運転手の様子は次第におかしくなり、はすみはどうにかして逃げようという書き込みで、書き込みは終了する。
そして洒落怖スレへの最初の投稿から7年後、再びはすみの書き込みがある。運転手が森の中で車を停めると光が見え、男が現れた。気がつくと運転手は消え、男は光の方へ歩けとはすみに告げる。目を開けると、両親が待っていた。そして7年が経過していたが、はすみにはその間の記憶がなかった。
作中の1stPlayer
上記の通り、後述の一部を除いて、元スレに限りなく忠実だ。ネットロア好き民にとって、自分の知識に沿った展開というものは、最高に興奮をもたらす。
けれどもそもそも、『きさらぎ駅』の全体像の認知度が著しく低い。これを前提に楽しめるのは、よほどのマニアだけだろう。
3.置いてきぼりポイント3:チープな映像
多くの人が述べるこの映画の欠点、それはCGが安すぎるところだ。今の水準を考えても過剰に安っぽすぎる。けれどもこの過剰に安っぽい爆発や触手部分こそが、監督オリジナルである。
けれどもよく考えてほしい。爆発したり触手が出たりしなければ、この『キサラギ駅』はドラマも何もないただのソリッドなシチュエーション『だけ』だということを。このネットロアには化け物が出ないのだ。つまり、映画化してもちっとも面白くない。盛り上がりにも欠ける。
じゃあどうすればいいのか。ネットロアの内容自体があまりに荒唐無稽なので、忠実に再現した場合、これをヒューマンドラマで切り抜けるのも難しい。だからきっと化け物を登場させたのだ、と思う。原作を崩壊させない程度のモブ的な化け物を登場させ、限りなく薄い登場人物にキャラクター性をなんとかもたせたのだ。
ここに『きさらぎ駅』の難しさが有る。
『きさらぎ駅』を成立させるためには、あくまでこの映画の中心は『きさらぎ駅』とそこからの脱出に置かざるを得ない。つまりここに線路をおっかけてくるテケテケや高速ババァのような個性を持った化け物を配置してはだめなのだ。
そしてその存在の価値を低めなければならない。なぜなら化け物の存在感を高めれば、映画のタイトルが『テケテケ』とか『高速ババァ』になってしまうからだ。
その手法としてとられたのが、安すぎるCGなのだと思う。だって高精細の触手が現れたら触手がメインになっちゃうじゃん。
という絶妙なバランスのもとに、あの安いCGで価値を低めるという帰結になったのだ、のではないだろうか。いやだってさ、いくら低予算でももう少しましにCG作れると思うし。
けれどもそもそも、そんなことを考えて見る視聴者などいないのだ。これを前提に楽しめるのは、考察厨くらいだろう。➔♡
その他にも異世界エレベータや動画実況をとりいれたり、ネットロア好きにはたまらん部分も散見されます。
最終的な映画の印象は『色々なせめぎあいのなかでうまくバランスをとった』映画です。この映画は上記のようなポイントを知ればより面白いのではないかと思いますが、それを除いてもシュールすぎるので、B級映画好きにはオススメします。普通の映画好きが面白いかはわからないな。
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