上巻・第十九章 伝説の誕生(旧翻訳版・未収録)

19.1 英雄譚の森の中へ(1)おとぎ話と現実

 戦争で何が起きているかを見極めるのはいつも困難だ。

 当時は、物事がどのようにして起こったのかを明確に理解することはまったく不可能だった。


 オルレアン包囲戦では、行政官たちが集めた数々の巧妙な戦争兵器が相当役に立った。現場には、そのことを認識できる鋭い人もいたに違いない。


 しかし、人間は一般的に、結果を奇跡的な原因にしたがるものだ。

 オルレアンの人々は、自分たちの解放の功績を、当初は町の守護聖人である聖アニャンと聖ユヴェルトに、そして次に、神の乙女ジャンヌに帰属させた。彼らが目撃した出来事に対して、これほど簡単で、単純で、自然な説明はないと信じていたのである。[1550]


 オルレアンの元・行政官(町役人)で、シャトレの公証人だったギヨーム・ジロー(第十二章で登場)は、包囲戦の解放に関する短い記録をみずから書き、署名した。


 その中で彼は、昇天祭前日の水曜日、サン・ルーの要塞がまるで奇跡のように襲撃され占領されたと記している。


「神から遣わされたジャンヌ・ラ・ピュセルがそこに現れて、戦いを助けた」


 そして、翌土曜日には、(ロワール川にかかる)大橋の端にあるレ・トゥーレル要塞にて、受難以来もっとも明白な奇跡によってイングランド軍の包囲が解かれたと述べている。

 さらに、ギヨーム・ジローは、ジャンヌ・ド・ラ・ピュセルがこの作戦を指揮したと証言している。[1551]


 包囲戦の目撃者であり、現場にいた当事者自身が、出来事の概要を明確に理解してなかったとしたら、現場から遠く離れた人々はなおさら、出来事についてまともに考えることが可能だろうか?


 フランス軍の勝利の知らせは、驚くほどの速さで広まった。[1552]

 信頼できる正確な記録は簡潔だ。しかし、おしゃべりな聖職者・書記官の雄弁さと、民衆の想像力によって「包囲戦の物語」はたっぷり補完された。


 ロワール遠征(オルレアン包囲戦後の残党討伐)と戴冠式に向かうシャンパーニュ遠征は、当初はほとんど知られておらず、おとぎ話のような伝聞だけが一人歩きして広まった。

 そういう眉唾な話を、人々はごく単純に超自然的な出来事として受け止めていた。


 王室秘書官が、王国各地の都市やキリスト教各国の君主たちに送った手紙の中で、ジャンヌ・ラ・ピュセルの名は、あらゆる勇敢な行為と結び付けられていた。

 ジャンヌ自身も、彼女に仕える修道士の書記官を通じて、自分が成し遂げたと固く信じている偉業を口述筆記させて全世界に知らせた。[1553]


 実際には、王の顧問や隊長たちがジャンヌに助言を求めたことはほとんどなく、聞いたとしてもごくわずかで、都合のよいときだけ彼女を呼び出した。ところが、事実に反して「すべてがジャンヌを通して行われ、王はすべてのことをジャンヌに相談した」と信じられていた。


 すべての功績が、ジャンヌのみに帰属されたのだ。


 ジャンヌの人柄(personality)は、一見したところ「驚異的(に見える)行為」と結びつき、膨大な「奇跡的(な作り)寓話」のサイクルの中に埋もれ、英雄譚の森の中へと消えていった。[1554]



(⚠️人柄(personality):文脈的にもっと広い意味を持たせたい。人格、個性、性格、人柄、人間的魅力など)


(⚠️さらに補足:英訳版序文で、著者は「私は、乙女(ラ・ピュセル)を命ある人間としてよみがえらせた。それが私の罪である」と述べている。つまり本書は、聖人化される過程で剥ぎ取られたジャンヌの人間らしい魅力を取り戻すことを目的に書かれたことに留意したい)


▼原著者アナトール・フランスによる英訳版・序文

https://kakuyomu.jp/works/16817330649585060746/episodes/16817330649593863800

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