番外編
聖女ウルのお悩み相談所その1
それは聖女ウルがアクロード王国全土を覆う、神聖大聖域の維持のための魔力を補充し終え、王都大神殿の中をぶらついていたときのことだった。
魔の森に帰って与えられた教会の掃除をするか、それとも王都の貧民街へ行っている炊き出しに参加するか、などと荘厳なアクロード王国女神教本部の大神殿を散歩しながら考えていたとき、大司祭に声を掛けられたのだ。
「……はい? 隣国の、ええと、なんですか?」
「隣国のリズクラウ王国だよ。どうにも、正義と審判の女神様が現れて王国全土に呪詛を掛けていって国が滅んだらしい。聖女ウルよ、調査を頼む」
「えぇ……調査って、私がですか?」
ジト目のウルに下から覗き込まれて、老人の大司祭がうぅ、と身体をのけぞらせた。
「私、お腹、こんな感じなのですけれど。赤ちゃんいるんですけど?」
修道服に覆われた、ぽっこりと膨れた聖女ウルの腹を見せられて大司祭は「あ、あのな? 迷宮伯にちょろっと頼んで貰えんか? どうにも我が教会の手の者が侵入しようとしたら国境の辺りから呪いで動けなくなってしまってな?」と不機嫌そうなウルに慌てて言い訳を重ねる。
今まで従順に、言われるままに搾取されるだけだった聖女ウルは迷宮伯と結婚してから実に強くなってしまって、大司祭も手を焼いていた。
だが、それでもウルに頼むしかないのだ。
それは女神教の教会で最も強く、最も信仰心が高く、最も女神から愛されているのが聖女ウルだからだ。
教会が保有する人材で、神域の呪詛に侵されたと思われるリズクラウ王国内で活動できる人材がいるとしたらこの少女しか可能性がないのである。
それを知ってか知らずか、聖女ウルは「じゃあ貸し3つぐらいで、とりあえず今度美少女の執行者を貸してくださいよ。旦那様に味見させちゃうんで」と気楽に
執行者、教会が保有する武力の一つだが、荒事と裏事に従事させられる貴重な者たちである。
ただ、女性執行者は数が少なく、いずれも大陸中を飛び回っている。気軽に迷宮伯の接待に貸し出すわけにはいかない存在たちだった。
とはいえ、聖女ウルにしかできない仕事をさせて、その報酬がそれならば貸し出すことも否ではないのだが……最近、聖女ウルが教会女を魔の森の迷宮伯の館に連れ帰って、迷宮伯に差し出しているという噂を聞いている大司祭としてはお小言を言うしかない。
「聖女ウル、教会は娼館じゃないんだぞ? それに
「それこそ娼婦でも雇えばいいじゃないですか。全く、度し難いですね貴族様たちも。初々しい修道女を抱きたいなどとは」
大司祭はもっともだと頷きたくなる気持ちを抑え「そういうことも必要なのだ」と言う。
大司祭とて綺麗ごとだけで生きてきたわけではないが、それにしても貴族たちの特権主義は度し難いとは思っている。
世の中綺麗事だけでうまくいくわけではないが、権力者の一人として世の酸いも甘いも味わい尽くした大司祭としては、もう少し住心地がよくなって欲しい気分だった。
「はぁ、仕方なし。接待用の教会女は、
近年、いくつかの中小規模の貴族領地で飢饉が発生し、民衆の救済のために教会は処女の修道女を貴族に差し出して援助を乞うている。
大司祭としても別に好んでいる手段ではないが、こういう方法が一番手っ取り早い。
餓死する十万、百万の民草の命を、神に仕えることを誓った修道女の貞操程度で救えるならば、そちらの方がいいと考える程度には大司祭も現実的だった。
無論、女神教が飢餓地域で炊き出しや支援をしたことで民草は貴族への不信を得、女神教への信仰を新たにするという教会の利益も否定しないが。
「それで、リズクラウ王国ですか。ふむふむ、
「どうやら、心当たりがあるようだな?」
「リズクラウ王国出身の冒険者でも高名な冒険者パーティーが私への面談を要求しているようで」
「冒険者パーティー? リズクラウ王国というと、あれか? 勇者パーティーか?」
「『魔王殺し』の権能もなく、悲劇に鍛えられた『聖剣』も持っていないのに、勇者を名乗るとは片腹痛いですが、そのような方たちですね」
「……時折、聖女ウルは私の知識にないことを知っている素振りを見せるが、その知識は女神様から?」
「大聖域の維持をしている私を暇人だと思ってか、お声を掛けていただきますから」
そうか、と大司祭は頷くと「それで、今すぐ動けるのか?」とウルに声を掛ける。
懐からスマホを取り出したウルは「ええ、すぐにやっておきます。なので」と大司祭に強請るように声を掛ければ大司祭は「わかっている。執行者第三位のマチェットでいいだろう。あれは顔が良い」とウルの要求に答えた。
「ありがとうございます。大司祭様。旦那様もお喜びになられます」
「迷宮伯によしなに、と伝えてくれ」
執行者第三位のマチェット、とウルは唇を唾液で湿らせ、楽しげに頷く。遠目に見たことはあるが、顔の良い教会の暴力装置だったはずだ。旦那様のベッドに引きずり込んで、盛大に女の喜びを教えてから魔紋を打ち込んで貰うとしよう。ウルがそうだったが、複数の好感度上昇スキルを組み合わせたレオンハルトの手練手管にお硬い教会女は耐えられない。マチェットはレオンハルトによって身体を開いて、心を開いて、最終的には魂に刻印を刻まれることを、自ら望むだろう。
ふふ、とウルは笑う。とにもかくにも魔紋の刻印者を教会に増やすことで、ウルは教会内でそれなりに快適に過ごせるようになっていた。ウル自身、上位の淫紋刻印者が要求するからなんとなく教会女を差し出していたが、最近は自主的に旦那様の為に生贄を探すようになってしまっている。そう、今、目の前で歩いていた聖女ウルを見て、慌てて腰を直角に折って、礼をしてきた娘とかどうかしら?
「ねぇ、そこの子、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど? あ、今晩は他所に泊まるように寮に連絡してね?」
「え? わ、私ですか? 聖女ウルのお手伝いなら光栄です! なんなりと!!」
――教会は教会女が淫紋刻印者たちに徐々に取り込まれていることに気付いてはいなかった。
◇◆◇◆◇
勇者クラウにとって、何もかもがうまくいかなくなったのは三年前からだった。
きっかけはなんだろうと思い出せば、一人のパーティーメンバーが罪を犯したことになったので裁判にかけて処刑したのだ。
執行者は同じくパーティメンバーだったその犯罪者の妹が担った。雑魚の癖に自分たちのパーティーにしがみついていた男を、どうしようもない悪人を処刑する為に神が人類に授けたという炎の魔法で魂まで砕いてやった。
処刑したそいつは最後まで冤罪だと叫んでいたが誰も気にしなかった。実際冤罪だったが、証明など不可能だった。だから、生意気な馬鹿が馬鹿やって死ぬのはいい気味だとパーティーメンバー全員で嗤ってやった。
それから、リズクラウ王国出身のSランク冒険者パーティーにしてリズクラウ王国公認勇者パーティー『炎と正義』はクエストを成功したり、失敗したりと繰り返してきている。
「さてさて、おまたせしました」
故郷の小国リズクラウに比べればずっと大国であるアクロード王国。その王都アクロードに存在する、この世界における最大宗教である女神教の大神殿を訪れた勇者パーティーは、そこで面会を申請していた人物にようやく会うことができていた。
勇者クラウは内心のみでほっと息を吐く。
待たされること半年ほど、あとはなんとか目の前の人物を口説き落とせばいい、と考えていたのだが。
「聖女、ウル様ですか?」
背後に教会所属の女聖騎士を二人ほど連れて現れたその少女を見て、勇者クラウは顔を引きつらせた。
「はい。聖女ウルです。勇者……くすくす……ええと、勇者クラウさんですね。どうもおまたせしました。半年ぐらい前に申請が来てましたが、私もこの通りでして。あ、民草には内緒にしておいてくださいね? 産まれて、お腹がへっこんだら王都で大々的に婚礼の儀を行う予定なのです」
「……そ、そうですか。その、私のパーティーのパーティーメンバーに、加入していただけたり、とかは?」
ダメ元で言ってみる。腹の子が産まれてからでも、という気分だったが、それを聞いたウルは目を丸くさせてから、突然口を抑えた。
「ぷ、は、う、嘘でしょ。こ、この人」
あははは、と嘲笑うような口調でウルが突然クラウたちを見て笑い出した。お腹を抱えて「ちょ、や、やめてください。いきなりそんなたちの悪い冗談は。笑い殺す気ですか?」と勇者クラウに笑いながら、
自分がいきなりな要求はしたことはわかっている。しかし、大陸最大の大聖堂に所属する聖女とはいえ、初対面の
しかし笑いながら怒るという器用なことをしている聖女ウルは背後の女騎士に背中を擦られながら「いえいえ、なんだかわかってないようですが、その、勇者クラウでしたっけ? リズクラウ王国出身の。後ろの三人は貴方のパーティーメンバー?」
大魔法使いユララ。リズクラウ王国の教会で聖女認定された聖女シルク。聖騎士として勇者クラウとともに前衛を張るリズクラウ王国の貴族令嬢である聖騎士レオナ。三人とも頼れるパーティーメンバーで、クラウの女たちだった。
目の前の美少女聖女もその一員に加える予定だったのに、まさかもう孕まされているとは、残念な気持ちを抱えながら勇者クラウは「ええ、そうです。頼れる仲間たち。Sランク冒険者にして勇者パーティーのメンバーです」と答える。凄まじい美貌の聖女とはいえ、他人の手垢がついた女はあまり気分はよくない。その点、パーティーメンバーはもう奪ったが全員が処女であり、誰もが自分を信頼してくれている。目をつけてから手をかけてモノにした甲斐があるというもの。
まぁ聖女ウルもなんとか口説き落としてから――「うわ。嘘、全員時間魔法で受精卵を保存してるし。呆れた。男を見る目がないとこんなのに引っかかるのね」と聖女ウルは傍らの聖騎士に声を掛けている。
言われたパーティーメンバーの少女たちはその事実に動揺している。
勇者である自分ならばまだしも、小国出身の少女たちでは、聖女ウルのカリスマの前には言葉がうまく発せられないらしい。
それでも貴族令嬢である聖騎士レオナがおずおずと聖女ウルに問いかける。
「その、呆れた、とはどういうことでしょうか? それと、あの、聖女様。勇者様を侮辱するのはやめてほしいのですが。私たち、初対面ですよね? 彼の良い所とか知ってもらって、それで、その」
「ああ、いいえ、面会前に貴方たちについてはきちんと調べてます。わざわざ神に呪われた地、リズクラウに調査員も向かわせました。なので勇者クラウ。私、
――それは、何についてか。
「……出直します」
慌てて、立ち上がろうとした勇者クラウの前で、聖女ウルがぱん、と手を叩いた。魔力圧ともいうべき圧力がクラウやパーティーメンバーの肩にかかる。きゃ、だの、ひぃ、だのとパーティーメンバーの少女たちが悲鳴を上げる。
有り得ない、と勇者クラウの内心は驚愕で満ちる。魔力圧による威圧など、よほどのレベル差がなければ発生しないものだからだ。
嘘だろ。目の前の聖女は、自分たちよりも圧倒的に強い、のか?
「勇者クラウ。お前の汚い
全く、旦那様と人類滅亡を防がなければならないのに、と聖女ウルは言い。そしてもう一度、全員の頭に事実が浸透するように言った。
「勇者クラウ。パーティーメンバーに
勇者クラウの背後で、かつてのパーティーメンバーから
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