仕事もらいました 4

 応接間に行くと、父は確かに今にも倒れそうなほど青い顔をしていた。

 父の対面に座っている使者は優しそうな男性だったが、彼の背後に氷の宰相がいると思うとどうしても緊張してしまう。


(クラウス様の使者の方がわたしに何の用なのかしら……?)


 クラウスとは六年前のパーティー以来会っていない。もともとクラウスはあまりああいった場に顔を出さないことで有名で、城で開かれるもの以外にはほとんど参加しないのだ。六年前に彼が子爵家のパーティーにいたのは、兄のジョージル三世の代わりだったという噂だった。オルコック子爵家は、ジョージル三世の妃の遠い親戚にあたり、その縁で当日はジョージル三世夫妻が出席することになっていたが、急遽妃の体調不良でクラウスが行かなければならなくなったらしい。


 そんな六年前に一度だけ、それも短い間関わったような女のことなど、クラウスのような高貴な人が覚えているはずがない。

 レナが困惑しながら席に着くと、使者はにこりと笑った。


「突然の訪問、申し訳ございません。実は宰相閣下から、折り入ってお嬢様にご相談が」

「そ、相談ですか……?」


 ますますもってわからない。


「そ、そのう……娘が何かご迷惑でも……?」


 父がびくびくしながら使者に訊ねると、使者は大げさに首を横に振った。


「いえいえ、まさか。ご相談と言いますのは、宰相閣下がお嬢様にお会いしたいと?」

「へ!?」


 驚きのあまり変な声が出てしまった。


「娘に宰相閣下がお会いしたいですって!?」


 父も目を見開いて、ぽかんと口をあける。


「こ、こう言っては何ですが、うちの娘は平々凡々な、ええ、どこにでもいるような顔の娘でして! さ、宰相閣下のお相手なんてとても……!」

(その通りだけど、失礼ね!)


 仮にも実の娘に対してあんまりではなかろうか。親の欲目と言うだろう。少しくらいは持ち上げてほしい。

 娘を守りたいのかそれとも貶したいのか、両手をブンブンと振りながら必死になって断ろうとしている父に、使者が困った顔をした。


「ええ、落ち着いてください。宰相閣下はええっと、その、お戯れのお相手を探しているわけではなくてですね……」

「そ、そうですよね! ああよかった……」


 あからさまにホッとして、父が額の汗を拭う仕草をする。


「それでは宰相閣下はいったいどのような……?」

「それが、宰相閣下は先日美術館へ行かれまして、その時にお嬢様の絵を拝見されて、ぜひお会いしたいと」

「娘の絵? ああ、あのお遊びで描いていたあれですか」

(遊びじゃないわよ!)


 昔から絵が好きだったレナは、これでも独学で真面目に絵の勉強を続けてきたつもりなのに、父はずっとそれを遊びだと思っているのだ。


「娘が言うには、賞の一番下の下にかろうじて引っかかったとかで、一か月ほど美術館に展示されているんでしたね」

(お父様言い方!)


 確かに大賞ではなかったが、ちゃんと賞金まで出たのだ。少しは褒めてほしい。


「ええっと、宰相閣下が、その娘の絵を見て、娘に会いたいと……?」

「はい、さようでございます」

「絵が必要ならば差し上げますが?」

(勝手にあげないで!)


 ムッとして父を睨むと、視線に気づいた父が慌てたようにつけ加える。


「か、可能でしたら買い取っていただけると……」

(違う! お金の問題じゃないの!)


 せっかくクラウスと会える機会なのに、なぜ無駄にしようとするのだろう。


(あの氷のような冷ややかな美貌を近くで見れるチャンスなのに!)


 しかし父は、レナをクラウスの前に出して、何かへまをしないかと心配で仕方がないらしい。

 レナがじーっと父を睨みつけていると、使者が苦笑して続けた。


「閣下は、ぜひ絵のことでお嬢様とお話ししたいと。可能であれば明日、改めてお迎えに上がりたいのですが」

「それは……」

「わかりました!」


 これ以上父が余計なことを言う前に、レナは少し大きな声で父の言葉を遮った。


「ぜひ、お伺いします!」


 隣では、父が「ああ……」と両手で顔を覆っていた。


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