第1話 死者への想い
【語り手:リル】
4月の朝。とても暖かくて、テラスにいると眠りそう。
目の前には大きな薔薇園。色とりどりの薔薇が我こそはと咲き誇っている。
綺麗だなぁ………
「リルー!朝食だよ!(ミラ)」
「有難う、ミラ(リル)」
今日の朝食はごくオーソドックスなもの。
ハムエッグには牧場で育てている鶏の卵が使用されている。
パンは週に一度、ハーレイの町でいっぱい買ってくる奴だ。
私とミラを含めて、ローザ・ベルジーネには5人が生活しているのだから買い出しは大事だ。ちなみに基本、じゃんけんで留守番を決め、4人で行く。
食事を手早く終わらせた私とミラは、牧場に行くためオーバーオールとトレーナーに『生活魔法:ドレスチェンジ』を使って着替える。
お客様が来たら『ドレスチェンジ』でみんな制服に着替える。
そう、私たちのご主人様は悪魔。ここに居る5人全員は魔女なの。
中でも私とミラは上級魔女。多分一番若い上級魔女ね。
ご主人様の部下に見いだされて、ご主人様も気に入って下さった。
おかげで、最上位の魔女と、部下の2人に特訓を受けることができた。
3人娘と呼んでいる3人の女の子は下級魔女。
ご主人様が選び出し、最低限の教育を施して私たちにつけてくれたの。
私はリル。
私の制服。深い青のドレスは、ややかっちりした作り。
全体に真白いレースがふんだんにあしらわれ、丈は足首まである。
頭上は青い薔薇のカチューシャ。片手に金の杖を持って。
髪は輝く金髪、そして青色の美しい瞳。
彼女はミラ。
彼女の制服。真紅のミニドレスはオフショルダー。
つけ袖の手の側と、上衣の裾からはたっぷりフリル。スカートはフレアスカート。
頭上は赤い薔薇のカチューシャ。片手に銀の杖を持って。
髪は細かく波打つオレンジブラウン、同色のぱっちりした瞳。
3人娘の制服は、いいところの子女といった服装。
レースのカチューシャ、ボートネックでハイウエスト。
柔らかそうな膝丈のパニエ入りスカート。それぞれ、紫・黄・桃に染めてある。
真珠のチョーカーにはそれぞれの色の薔薇が揺れている。
さぁ、今は牧場に行かなくちゃ。
薔薇園の背後には広大な牧場。悪魔であるご主人様への捧げものを飼育している。
そこで他の用がなければ、毎日私たちは働いているのだ。
ウシャブティ(主に仕える人形)だけに任せたら、捧げ物として価値が落ちるもの。
ウシャブティは6体いて、世話の仕方は「人形の茂平さん」に教わっている。
飼育しているのは羊(肉も毛も取れるタイプ)と、
カシミヤ山羊(毛を取る)と普通の山羊(肉を取る)、アルパカ(毛を取る)
あとウサギのアンゴラ(毛を取る)、レッキス(毛を取る)、ミックス(肉を取る)。
ニワトリ(卵と肉を取る)。ガチョウ(羽を取る)、チンチラ(毛を取る)
これだけいると、世話は大変だ。
大変だけど、ご主人様は喜んで下さる。それが一番大事な事。
ちなみに家畜の毛は毛皮と刈った毛に分けられるが、毛皮はともかく毛をどうするのかと思ったけど、毛糸にして奥様達とご主人様自身(!)の編み物に使うらしい。
魔界の品種もいいけど、人界の方がバラエティーに富んでいるのだとか。
ちなみに魔帝陛下には、山羊か羊と人間を捧げる。
魔帝陛下の生贄は、魂が綺麗な人間の女が一番良いと古来から言われている。
だけど悪魔や天使と違い、魂の見えない私たちが人間を選別するのは結構大変だ。
ご主人様は人間は要らないそうで、私たち5人の血を所望された。お安い御用だ。
ちなみに、肉ではなく毛を取る動物には首輪やタグをつけ、名前を与えて可愛がっている。ベル(3人娘の1人)などは家畜小屋で寝るのも好きだそうだ。
私もやってみようかしら?ウサギ小屋なら蹴られたりしないわよね。
なにはともあれ、今夜はご主人様への捧げものを送る日なので、気合が入る。
羊も山羊もウサギも毛は刈ったし、毛皮ももう取った。
肉は新鮮でなくてはいけないので、毛皮を取った時の肉は、私達が食べている。
後は、今夜の儀式の寸前に殺す家畜の選別をしている。
血抜きをしないといけないので、儀式の一時間前に「しめる」
送るのは子山羊が2頭、ウサギが3羽、鶏のオスが3羽だ。
選別し終わったら夜になっていた。祭壇の準備だ。
牧場と森の境目に、木が幻になっている場所があって、その先は魔力を毎日交代で注がれている「力ある場」がある。
時間をかけているうちに、魔力を持った植物なども生えてきた、いい儀式場だ。
その中央に、生贄を乗せても大丈夫な大きさの、石の祭壇を作る。結構大きい。
「みんなー採決するから、専用の瓶を持って集まってー(リル)」
「もうそんな時間?分かったー(ミラ)」「「「はーい(3人娘)」」」
私は手元に自分の瓶と、専用の注射器を『アポート』で取り寄せた。
瓶はブルーに飾り切りの入った綺麗な瓶で、ハーレイの町の特産品だ。
全員が集合したので、採血していく。ミラ、リタ、ベル、エナ、私の順番だ。
ヴァンパイアの牙(ご主人様のものらしい)で作られた針は、一切の痛みなく腕に突き刺さる。お客様の採血もこれでやる。針は一切汚れない仕組みだから大丈夫。
ただ血管に刺さらないといけないので、使えるようになるには練習がいったけど。
それぞれの持って来た瓶に血を移して―――量は小さなゴブレットぐらい―――祭壇の上に置く。それから家畜を処理した。
3人娘は毛糸と毛皮が入った大きな麻の袋を祭壇に置いていく。
もうすぐ10時。1時までには血抜きが終わるだろう。儀式は2時(丑三つ時)だ。
全ての準備を整えた祭壇の前にひざまずき、祈りの言葉を唱和する。
「魔帝の僕 尊きお方 高貴なるお方 美しきお方 我らの想い受け入れたまえ
魔界の公爵 雷鳴=ラ=シュトルム公爵よ 受け取りたまえ………」
ゆっくりと祭壇の向こうに黒い霧が発生し、凝固してご主人様―――雷鳴=ラ=シュトルム公爵―――の姿になっていく。
「魔女たちよ、顔を上げよ」
みんなが顔を上げる。ご主人様の顔が目に入る。いつもながらカッコいい。
「お前たちの忠義は受け取った。魔帝陛下への贈り物も欠かすでないぞ」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
「ではまた会おう、何かあれば相談してくることを許す」
「「「「「ありがとうございます」」」」」
そして捧げものとご主人様はゆっくりと消えた。
♦♦♦
【語り手:ミラ】
次の日、朝食を食べ終わってティータイムを楽しんでいたところ。
「もうすぐここに辿り着きそうな人間の気配がするわ(リル)」
「みんな、ドレスチェンジ!(ミラ)」
「「「はーい(3人娘)」」」
全員が館の中に入り、リタはお茶の準備。
私とリルは玄関ホールへ、3人娘は居間で立ったまま待機。
リーンゴーンと鐘が鳴る。
入ってきたお客様は、武装した青年だった。冒険者か軍人かな?
「いらっしゃいませ、お客様。居間でお話をお伺いいたします(リル)」
「こちらへどうぞ!(ミラ)」
「あ、ああ。はい、わかりました」
青年の話はこうだった。
自分は傭兵をしているのだが、ずっと気にかかっていることがある。
しばし前の戦争で、行方不明(おそらく死亡)になった親友を、遺体でもいいから探しているのだそうだ。けれど行方は知れない。
死体の場所を突き止めて、せめて墓を立ててやりたいのだが―――
「わかりました。魔道具を持って来ます。ミラ、お代の説明をお願いね(リル)」
私は青年―――サーブルさん―――にお代の説明をする。
「どうですか、大丈夫でしょうか?(ミラ)」
「ちょっと驚きましたが、弊害がないのでしたら―――」
「お客様にご迷惑をおかけすることはありません(ミラ)」
「なら、いいですよ」
「持って来ました(リル)説明しますね。
これは「魔法の矢印」といって、目標の方向をずっと示し続ける魔道具です。
距離が分からないのが難点ですが。
こちらは「追悼のハンマー」といい、死者が眠る地を叩けば墓が立ちます。
お代は2回分になりますが、どうされますか?」
「………両方お願いします」
彼は、魔道具の使い方の説明を詳しく受け、お代を払った。
「それと、お守りを渡しておきます。不要になったら破棄してください。
ルビーよ、我が分身を封じよ」
私の分身を封じたスタールビーのペンダントを彼に渡す。
「できれば、目的を達成するまで持っていてくださいね」
「いいんですか、こんな貴重な物………」
「魔法で作った物ですから、構いません」
「そうなんですか?わかりました。身につけておきます」
そう言ってサーブルさんは立ち去って行った。
「ベルー。ラジオ持って来て。皆座って座って(ミラ)」
「はいぃー(ベル)」
皆が座り、ラジオがベルに抱えられてテーブルの真ん中に置かれた。
スイッチON。
「いやー。本格的には初のお客さんでんな」
「そうね、できたら成功すると良いんだけど(リル)」
「じゃあお客はんの未来を語るでぇー。まず、魔法の矢印やけど、かなり距離があるわ。せやけど方向的には隣国やから、納得しとるみたいや。遠いけどな」
「そんでたどり着いたのは、あんまり活気のない辺境の村や。よそもんのサーブルはんは歓迎されてないなぁ。けどサーブルはんは気にせずに矢印の通りに行動してはる。戦火の後か、焼けた家屋が並んで廃村になっとる一画に辿り着いて、とうとう矢印が止まったんや。よう見たら地面が掘り起こされて、埋められたけいせきがあるとこや。サーブルはんは矢印が示した場所を「追悼のハンマー」でドンっと叩いた!」
「すると、親友の名前が書かれた、綺麗な墓が立ったんや。しばらく祈った後、サーブルはんは宿に帰りはった。けど問題はここからや。翌日目覚めて墓に行ってみると―――墓は徹底的に壊されとった。犯人はもちろん村人や。サーブルはんは村長に直談判に行ったんやけど、どうもここに来た故郷の国の兵士は、かなり虐殺や処刑をしとったらしくてな。仇の墓なんぞ立てさせるわけにはいかんと言われたんや」
「親友はそんなことする奴やないゆうて粘ったんやけど、戦争は人を変えるからゆうて相手にしてもらえんかった。サーブルはんは本人の言葉が聞けたら、と思っとるようやけど、それはかなわへん」
「待って、声をかける「サーブルさん、ご友人を蘇らせたくない?」(ミラ)」
「今はそうして本人の口から真実を聞きたいゆうてはる」
「じゃあ「これを使って」って(ミラ)」
ミラは「天使の血の樽」を『アポート』で取り寄せて、小瓶に移した。
「これをペンダントから送るよ「お代はペンダントを通じて頂きます」(ミラ)」
この機能は2つとも便利だよね。どうやって採血してるのかは謎だけど。
「天使の血は遺体に振りかけないといけまへん。けど、遺体を掘り返すのを村の連中が邪魔してきよる」
「シールドを張って、近寄せないようにするよ!(ミラ)」
「無事にこれが遺体やと「魔法の矢印」が示す遺体が掘り起こされて、「天使の血」が振りかけられた。村人は恐れおののいて2人を攻撃してくる」
「仕方ないね、シールドを継続して逃がすよ。村から出たら『クリエイトフード』で、食べ物を出しておく」
「サーブルはんは、親友から事情を聞いた。村人の言うたことは事実やった。親友は止めようとしたけど、仲間から殺されそうになって抵抗できんかった。その後て騎兵が押し寄せて来て、状況を見た敵兵は逆にこちらを皆殺しにした………と言うのが真相や。この後サーブルはんは傭兵にもどり、ペンダントは売られた。親友は神官になって仲間や殺した人々を弔った」
「そっか、真実だったんだね(リル)」
「サーブルさんは辛いね(ミラ)」
「でも、ご友人が神官になったなら、いいではありませんか(リタ)」
「一人でも生き返ったんだもんね(エナ)」
「暗くならないようにしませんとぉ(ベル)」
「願いは叶えたわ。仕事は終了よ!(ミラ)」
「そうね、何はともあれ、これで幕引き。みんな、いつもの作業に戻るわよ(リル)」
「「「はーい(3人娘)」」」
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