剣士と門番
霞(@tera1012)
前
夜空に閃光が走った。
秒数をカウントしながら、
(9、……10、)
『――クソッ』
ゴロゴロと雷鳴が
異様にクリアな声に眉をひそめながら、急いでレインウェアを身に着けると窓から飛び出す。
(
風に上着のすそがバタバタと音を立て、雨粒が顔を打ち視界を遮る。ゴーグルもつけてくるべきだった、蒼馬は唇を噛む。取りに戻っては、おそらく、間に合わない。
そのまま進み続けると、目的地はすぐに分かった。
深夜の小学校の校庭。上空から見ると、異様に大きなうごめく影と、細身の人影が対峙しているのが見えた。
大きな影は、ばちりばちりと、その身に青白い光をまとわりつかせている。うねうねと、触手のようなものがその中心から四方八方に伸びていた。
ゆっくりと降下していくと、細身の人影の肩が激しく上下しているのが見て取れる。その手には、細長いものが握られていた。
すう、とこちらに聞こえるくらいの勢いで、細身の人物が息を吸う。
「イイヤァ!」
はっきりとした肉声だった。先ほど脳内に響いてきた声と同一人物だ。
渾身の力で打ち込んだと思われる彼の刃は、大きな影のうねる触手に絡め取られる。触手の一本が、恐ろしいスピードで地を這い彼の足元に襲いかかった。
(まずい!!)
考えるより前に、蒼馬の口は動いていた。
「
瞬間、
途端に、細身の人物の
「はは、……何だよこれ。豆腐切ってるみてえだった」
どうと倒れた巨大な塊を足で軽く蹴り、動かないことを確かめたあと、細身の人物は苦笑いの声でつぶやいた。そして、おもむろに、背後の蒼馬を振り向く。
「あんたのおかげだよな、これ。……どうも」
そこで、彼の動きが一瞬止まる。それから、ぐいとゴーグルを額にあげた。現われた眉が寄っている。
「え、……
「……
蒼馬はため息をついた。
「何やってんだよ、お前」
「そっちこそ」
二人は互いを探るように見つめ合う。
沈黙に耐えられなくなったのは、
「なあ、言いたいこと、あんだろ。いいから、言えよ……」
「ああ。……お前、それ、銃刀法違反だぞ」
「……」
烈は無言で蒼馬の顔を眺め、ゆっくりと手元の大太刀を見下ろした。それからくしゃりと、自分の前髪を握ってつぶやく。
「……やっぱお前って、よく、わかんねえ」
*
「これは、
すっかり雨の上がった小学校の校庭で、蒼馬と烈の二人は並んで花壇の縁に腰かけ、ぼそぼそと話をしていた。
いつの間にか、空には満天の星がある。
「大昔に、
烈の手元の大太刀が、月光に照らされ薄青く光る。黒目がちな猫目を眇めてそれを眺める烈の少年臭さの残る横顔を、蒼馬はしばらく黙って見つめていた。
「……
「ええ……こえーんだけど。なんでそんなこと、知ってんの……」
「知らいでか。俺もそっち側だってこと、もう、分かってんだろ」
「それはまあ、そうだけど。俺、自分のご先祖様以外のことなんて、
「お前らしいな。それで、
「……知らんし。俺、刀しか使えねーし」
「……」
蒼馬はすくりと立ち上がると、烈の正面に回り込んだ。
「お前、いつから、
「親父が死んでからだから……3年目かな」
3年。なるほど、気付かなかったわけだ、蒼馬は小さくつぶやく。
「蒼馬。俺も聞いてもいいか? ……お前、あれが見えて戦えたってことは、俺と同類なんだろうけど、俺とは全然違うタイプだよな。……やっぱり、血筋ってやつ?」
蒼馬は烈の顔を見つめ続ける。怪訝そうにそれを見返していた烈の顔がゆっくりとこわばりはじめる。目線がどんどん、上にずれていく。目だけではない。蒼馬の身体はゆっくりと静かに、上空へと浮き上がっていた。
月を背に、彼の均整の取れた長身はシルエットとなり、愁いを帯びた美しい顔立ちも陰になる。
あっけにとられて見上げていた烈がまばたきした瞬間、上空の蒼馬は視界から消えた。
「!!」
上向いていた顔を戻すと、真正面に蒼馬の顔。思わず烈はのけぞる。
「びっ……くりしたあ。もう、何なんだよお前!!」
「全然修行が足りてないな、というかこれ、まったく修練できてないんじゃないか」
「悪かったな!! 親父が急に死んじまって、何にも教わってなかったんだよ!!」
「……なるほど」
口元に手をおき、蒼馬はしげしげと烈の顔を眺め続ける。
「……よく今まで、死ななかったな」
「うるせえ! 格闘ゲームでイメトレとかはできてんだよ!」
「ゲーム……」
ふ、と蒼馬の口から漏れた笑いに、思わず烈は激昂する。
「ほんとお前、なんなんだよ! ばかにしやがって。昔っからスカした奴だとは思ってたけど、5年経ってもそのまんまだな!」
「……お前も、変わらないな」
烈の怒鳴り声にも、顔色一つ変えずに蒼馬はつぶやく。
「昔から、球技も器械体操も、なんでも学年でいちばんうまかったもんなあ。先生の説明なんてひとつも聞いてないくせに」
「……」
不意打ちでよくわからない褒め言葉をぶつけられ、思わず烈はぐっと詰まる。
「……んだよ。調子狂うなあ……」
「なあ、烈。この半年、
烈から視線を外し、蒼馬は軽く夜空を見上げるようにしながら、低い声で続けた。
「『門』が壊れたんだ」
「『門』?」
「……ああ。
「はあ……」
悪口のレベルの低さに、烈は思わずため息を漏らす。
「今年の春、
「ふーん……」
「俺は、割れた石に替わる
「え、……なんかずいぶん重大な役割じゃない、それ?」
意外に鋭いな、と、蒼馬は苦笑いした。
「そうだ。今生きている俺たち『門番』の一族では、俺にしかできないと言われている」
「へええ……おまえ、凄いんだな」
「いや別に。単に、童貞だからだ」
「どっ……。……その情報、俺に言う必要ある?」
「情報は正確に伝えるべきだろ」
烈は半ば呆れて、蒼馬の表情の変わらない横顔をみつめた。
烈と蒼馬は、小学校の同級生だった。蒼馬は中学から私立に進んだため、2人が顔を合わせるのはそれ以来だ。もともと、物静かでインドア派、聡明な蒼馬と、ひたすら近所を駆けまわって遊びほうけていた烈は、同級生といってもほとんど接点もなかった。
小学生当時から、蒼馬の周囲には、なにか近寄りがたい硬い空気が漂っていた。おそらく親しい友人は、ほとんどいなかったのではないかと思う。烈ははじめて、その理由が何となく分かった気がした。
横顔のまま、蒼馬が口を開く。
「烈。おそらく今のままだと、お前、早晩死ぬことになるぞ」
「……だとしたら何なんだよ。どうしようもないだろ」
「俺が、使い手を紹介してやる。そこで、刀の扱い方を教われ」
「え……。そんな人、いるの? 俺以外にも?」
「まあ、よぼよぼの爺さんだが、お前に教えることくらいできるだろ。とにかく、基本の気の使い方ぐらいは習わないと。お前いま、普通に筋力で斬ってるだろ」
「うん。……ん?」
それ以外どうしろと、といった風に首をかしげた烈に、蒼馬はそっとため息をついた。
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