第16話 名前

 僕に彼女ができた。

 しかも、相手は超がつくほどの美少女だ。

 なんだこれ……。

 本当に現実か?


「恋人か……」

 

 恋人って何すればいいんだろう?

 キスとか……?

 

 いやいや、キスはダメだろっ。

 僕たちはまだ付き合って一日しか経ってないんだぞ?


 たぶん、僕が『キスしよう』と言ったら、篠宮は『体目当てなのかな……?』と思うはずだ。

 違うっ。

 僕は体目当てで篠宮と付き合ったわけじゃないっ。

 本当に彼女のことが好きなんだっ。

 あの明るい性格が大好きなんだよっ……。


 じゃあキスは付き合って何か月ですればいいんだ?

 三か月ぐらい待たないとダメなのかな?

 いや、流石にそれは長いか……。

 

 ずっと篠宮のことを考えていると、


「ん……?」


 突如、篠宮マイハニーが電話をかけてきた。

 なんだろう?

 僕は慌てて電話に出た。


「もしもし、坂田くんだよね?」

「あ、あぁ……」


 スマホのスピーカーから篠宮の声が聞こえてきた。


 この子が僕の彼女。

 そう思うと、胸の奥がジワジワと熱くなる。

 もう冬だというのに、ドバドバと汗粒が浮き上がってきた。

 熱い、心と体が熱すぎるっ……。


 僕は深呼吸を入れて、気持ちを切り替える。

 

「えーっと、なんで電話してきたんだ……?」

「それはその……坂田くんの声が聞きたくてっ」

「……」


 篠宮のセリフに僕は沈黙する。

 今日の篠宮さんはマジで可愛いなぁ……。

 誰かに『コイツ、僕の彼女なんだぜ』と自慢したくなる。

 まぁしないけど。


「迷惑だったかな……?」

「いや、そんなことないよ。僕も篠宮の声聞きたかったし」

「っ……そ、そっか」


 篠宮の声は震えていた。

 彼女も緊張しているようだ。


「ねぇ坂田くん」

「ん? なんだ?」

「アタシたちって恋人なんだよね?」

「ああ、恋人だ」

「じゃあさ……祐二ゆうじくんって呼んでいい?」


 篠宮に『祐二くん』と名前で呼ばれた瞬間、ドキッと心臓が飛び跳ねる。


 なんだこれっ……。

 凄く恥ずかしいんだけど。

 けど、凄く嬉しいっ。


「じゃあ僕は朱理って呼ぶよ」

「えっ!?」


 篠宮は変な声を漏らす。

 驚いている様子だった。

 ん? なんで驚いているんだ?


「『朱理』って呼んだらダメか……?」

「ううんっ! ダメじゃないよっ! 朱理って呼んでっ!」

「分かったよ、朱理」

「うんっ!」


 




 ◇◇◇




【篠宮朱理 視点】



 アタシに彼氏ができた。

 彼氏の名前は坂田祐二くん。

 クールで、優しくて、面白くて。

 

「坂田くんがアタシの彼氏か……えへ、えへへっ」


 けど、恋人って何すればいいんだろう?

 キスとか?

 

 坂田くんとキスか……。

 それを想像した瞬間、湯気が出るほど顔が赤くなる。

 うぅぅぅっ、恥ずかしいよっ……。

 

 さ、流石にキスは早すぎるよね……。

 まだ付き合って一日しか経ってないし。

 

 ふとテーブルの上にある置き時計に目を向けると、『22時32分』と表示されていた。

 坂田くん、まだ起きてるかな?


 大好きな人の声が聴きたくなったアタシは、坂田くんに電話をかける。

 部屋中にプルプルとコール音が鳴る。

 しばらくして電話が繋がった。


「もしもし、坂田くんだよね?」

「あ、あぁ……」


 スマホのスピーカーから坂田くんの声が聞こえてきた。

 それと同時に胸の奥がキュンキュンってなる。

 やっぱり、坂田くんの声かっこいいなぁ。


「えーっと、なんで電話してきたんだ?」

「それはその……坂田くんの声が聞きたくてっ」

「……」


 アタシの言葉に坂田くんは黙り込む。

 そのせいで、部屋の中が静まり返る。

 物音一つしない。


 この沈黙に耐え切れなくなったアタシは、ゆっくりと口を開いた。


「迷惑だったかな……?」

「いや、そんなことないよ。僕も篠宮の声聞きたかったし……」

「っ……そ、そっか」


 坂田くんの言葉にアタシの顔はカっと赤くなる。


 坂田くんもアタシの声が聞きたかったのか。

 えへへ、なんか嬉しいなぁ。

 

「ねぇ坂田くん」

「ん? なんだ?」

「アタシたちって恋人なんだよね?」

「ああ、恋人だ」


 坂田くんの言葉に思わず頬が緩む。


 そっか、アタシたちは本当に恋人なんだ。

 坂田くんがアタシの彼氏だと思うと、幸福感に満たされる。

 えへへ、本当に幸せだっ。


「じゃあさ……祐二くんって呼んでいい?」


 前から『祐二くん』と名前で呼びたかったんだよね。


「じゃあ僕は朱理って呼ぶよ」

「えっ!?」


 坂田くんの返事にアタシは変な声を漏らす。


 い、いいい、今! 坂田くんがアタシのこと名前で呼んでくれたっ!

 嬉しいけど、凄く恥ずかしいっ……。


 黙り込んでいると、


「『朱理』って呼んだらダメか……?」


 スマホのスピーカーから坂田くんの不安げな声が聞こえてきた。

 アタシは慌てて口を開いた。


「ううんっ! ダメじゃないよっ! 朱理って呼んでっ!」

「分かったよ、朱理」

「うんっ!」






 ◇◇◇




 ――30分後――


「じゃあまたな」

「うん、また学校でね」


 アタシはそう言って電話を終了した。

 すると、スマホのスピーカーから祐二くんの声が聞こえなくなり、部屋の中が静寂に包まれる。


 アタシはベッドの上に寝転んで、坂田祐二大好きな人のことを考える。


 一ヵ月前、アタシは東条先輩に襲われた。

 もし祐二くんが助けてくれなかったら、アタシは東条先輩に純潔を奪われていただろう。

 祐二くんは命の恩人だ。

 感謝してもしきれない。


 好きっ。

 好きっ。

 好きっ。

 祐二くんのことが大好きっ。


 キスしたいっ。

 ううん、キスじゃ足りないっ。

 キス以上のことをしたいっ。

 大好きな彼とベッドの上で愛し合いたいっ。


 けど、自分から『エッチしよう』と誘うのは嫌だなぁ。

 エッチな女の子って思われちゃうよ……。

 そんなの嫌だっ。


 もし彼が『最後までしようっ』と言ってきたら、アタシは喜んで自分の身体を差し出すだろう。

 この身体は彼のモノだからね。


 ずっと祐二くんのことを考えていると、ジワジワと下腹部が熱くなる。

 本能が坂田祐二大好きな人を渇望しているのだ。

 

 我慢できなくなったアタシは、Tシャツとショートパンツを脱ぎ捨てて、自分を慰め始める。

 

「祐二くんっ……」


 切ない声で祐二くんの名前を呼ぶ。

 部屋にピンク色の空気が流れる。


 突如、妄想の祐二くんが『大好きだよ、朱理』と言ってきた。

 彼の甘い言葉を聞いた瞬間、ビリビリと全身に電気が走る。

 腰が抜けて、頭の中がピンク色に染まる。


「祐二くんっ……」

 

 現実の祐二くんとこんなことしてみたいなぁ……。

 けど、自分から『エッチしようっ』と誘うのは恥ずかしいよっ……。

 なんてことを思いながら、自分を慰め続ける。


 もし祐二くんが今のアタシを見たら、失望するかな?

 アタシのこと嫌いになるかな?

 それは嫌だっ。

 彼に嫌われたくないよっ……。

 ずっと好きでいてもらいたいよっ……。

 

「祐二くん……」

 

 

 

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