第8話 イスカ⑦

 ■


 ヨハンが喋っている間、ゲイリーも何か出来た筈なのだが彼は動かなかった。

 なぜなら眼前の術師の目が……まるで蛇の様にこちらの一挙手一投足を嘗め回す様に窺っていたからだ。

 隙あり、と襲いかかる事はできるが、どうにもゲイリーにはそれが罠である様な気がしてならなかったのだ。


「何をした……?」


 ゲイリーが低い声でヨハンに問う。

 ヨハンは苦笑しながら答えた。


「ゲェェイリィィ、子供じゃないんだ。自分で考えなさい。まあすぐに分かるさ……」


 ヨハンはナイフをクルクルと手元で回し、無造作に男達へ歩いていった。

 セシル、シェイラ、リズはそれを見て慌てて男達へ向かっていく。男達も各々の得物を構えてそれを迎え撃とうとするが……


「な、ァ……ッ!?」


 ゲイリーの、男達の膝が地に落ちた。

 その手は痺れ、冬とはまだ程遠い季節であると言うのに妙に寒い。体の震えが止まらない。

 そんなゲイリー達をヨハンはニヤニヤしながら見つめていた。


「辛いかい? その症状はとある毒を術で再現していてね。少し前まではよく使われた毒だよ。妻が夫を毒殺する時に使われていたんだ……。お前達も知っての通り、少し前の時代は男尊女卑と言うのかな。西域での女性の社会的地位が著しく低かった。当時はなんというか、女性は奴隷同然だったそうだよ。だがね、女達だってずーっとそんな扱いされていれば怒って当然だろう? 一時期、そういう怒った妻達が傲慢で暴力的な男性を毒殺しまくったんだよ。不思議だと思わないか? そんな毒、それ以前には使われた事もなかったのに。ただ、当時帝位についたレグナム西域帝国7代皇帝ハナーは帝国史上初の女帝だったのだが、彼女は継承権を持つ男の親族全員を毒殺してね、丁度彼女が帝位につく少し前に件の毒が……ってああ、もう声も聞こえないかな?」


 機嫌が良さそうにべらべらしゃべり狂うヨハンの肩をシェイラがぽんぽんと叩く。


「……なんだ? 邪魔しないでくれよ」

 シェイラの方を振り向いたヨハンは機嫌が悪そうだった。


「わ、悪かったよ。でも、こいつらはどうするんだい? もし何だったらイスカの衛兵へ引き渡したいんだけど……ほら、元凶の商会について証言させたいし……」


 シェイラの言葉に、ヨハンは深刻な表情を浮かべるのみだった。


「え……もしかしてこいつらは助からないのかい……?」


 シェイラが恐る恐る問いかけると、ヨハンはやや引きつった笑みを浮かべ答えた。


「いや、大丈夫だ。今すぐ解毒をすれば……」


「で、でも血を吐いてるよ……」


 ヨハンは沈痛な表情を浮かべ、倒れ伏す男達へ目を向けた。


「大丈夫だ……1人くらいはきっと生かしておける……はずだ。参ったな、俺は殺すのは得意だが癒すのは苦手だぞ……」


 ブツブツ言いながら男達に手当てをするヨハンを、セシルもシェイラもリズも不安そうに見つめていた。


 ■


 紫狼の呪い。

 これは実際の所、余り使い所がない。

 特定条件でのみ起動する呪毒の術なのだが、まず敵対者が男で仲間が女である必要がある。


 そして女の方が心からの怒りを……理不尽への叛逆の炎を胸に燃やしている必要がある。

 男達も男達で、自身の欲望というか、そういう私利私欲を傲慢に女へ押し付けていなければならない。


 単純に敵に男がいて、味方に女がいればいいというものではなく、様々な条件が設定されており、その条件を全て満たした場合にのみ起動する。


 その者に毒物の耐性があってもそれを貫通するという利点はあるのだが、ただただ敵対していた場合では理不尽へのなんたらかんたら等の条件を満たす事はできない。


 だが、連盟式の術とは少なからずこのように使い勝手が悪い部分があり、ヨハンは連盟式の術式のどこか不器用な部分が気に入っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る