きらきら星

文学少女

きらきらひかる おそらのほしよ

 受験の時、何よりも嫌だったのは悪い成績でも、好きな事を我慢することでもなく、自分は頑張ることができないという事実だった。理屈の上では分かっていたのだ。今、ここで頑張るべきだと。それでも、僕は勉強することが出来なかった。

 何を恐れているのか、自分でも分からなかった。頑張った上で、落ちるならしょうがないとも思っていた。頑張ることができない僕の根底にあるものは、臆病な自尊心ではないようだった。

 高校球児が甲子園で見せる涙を見て、僕は感動するわけでもなく、貶すわけでもなく、ただ羨ましく思っていた。

 涙を流すほど、本気で打ち込み、悔しむことができる彼らに尊敬の念を持っていた。僕はいつからか、それができなくなっていた。子供頃は、できていたはずなのに。


 

 今日は大学の授業がある日だった。僕は何も考えずに、ただ黙々と身支度をしていた。大学の授業は行きたいわけでも、行きたくないわけでもなかった。そんな中途半端な感情を抱く自分のことを、自分で軽蔑していた。


 駅は多くの人で溢れていた。僕はこの光景を見る度に、自分という存在がいかに小さくて、どうでもいい物なのかを感じていた。次の日に、この中の誰かがいなくなってもきっと誰も気づかないだろう。自分が人間社会という大きな流れの、とてもとても小さな粒子の一つであるというのは、益々自分を無気力にさせた。

 改札を通り、その大きな流れに身を任せ電車に乗る。電車に乗るとき、全然人がいない時を除き、僕はいつも座席には座らなかった。人と人の間にある一席に、座ることができないのだ。その間に座る時に両脇の人にかかる僅かな迷惑が、僕にはとても気がかりだった。迷惑をかけられるほどの存在じゃないと、常日頃感じているからだった。

 

 電車を降り、大学へと向かう。僕の大学は郊外にあり、大学への道は緑が生い茂っていた。囁くような鳥の囀りを聞き、上から降り注ぐ優しい木漏れ日の中の道を進むと、僕はあの人間社会の大きな流れから切り離されているような気がして愉快だった。しかし、この後大学の中に入れば、またあの大きな流れの中に閉じ込められると思うと、憂鬱であった。


 大学の授業には、一切の興味が持てなかった。この授業熱心に聞いて、いい成績を残して、いったい何になるのだろうと感じていた。それをしたところで、きっと僕の人生は何も変わらないだろう。僕はこれまでの経験で、僕の根底にある歪んだ何かは、何をしても変わらない、変えようがないことをなんとなく分かっていた。

 

 大学の授業が終わり、帰路に着く。この時、僕はどこに帰っているのだろうという感覚に陥る。もちろん、自分の家であるのだが、僕はその家に帰るということになんだか強烈な違和感を覚えていた。そこは、僕が属している場所なのか、常々疑問を感じていたのだ。僕が一日帰らなかった所で、それを気にするような人はきっといないだろうと感じていた。僕は僕の家族を、赤の他人のように感じていたし、僕の家族も、僕のことを赤の他人とみなしているだろう。そんな場所になぜ帰るのか、よくわからなかった。


 僕は帰ると、すぐにベッドの上に横になった。そしてそのまま、ぼんやりと天井を眺めていた。僕は今、何のために生きているのか分からなかった。この先の人生を生きていって、僕は何者になれるのだろうか。今の僕には、将来への絶望もなければ、希望もなかった。ただ、無気力に日々を淡々と過ごしていた。

 そうやってぼんやりと天井を眺めていたら、段々と意識が遠のいていった。


 真夜中に目が覚めた。僕は近頃、ずっと眠りが浅かった。乾いた喉と、今目が覚めたことで深い眠りにつくことが出来なくなったという事実で、また僕は憂鬱になる。

 僕は、深く眠りたかった。いっそのこと、ずっと目が覚めないぐらいに、深い深い眠りについていたかった。そうすれば、今抱えている憂鬱も、煩わしさも、無になるのだから。


 翌日、大学の授業がなかった僕は病院に向かった。近頃、眠りが浅いと伝えると医者は睡眠薬を処方してくれた。僕は眠りの浅さから解放されるという期待に胸が躍った。こんな気分になるのは、いつぶりだろうか。


 本屋を適当に見て回った後、僕は家に帰った。本屋にいると時間の感覚がなくなってしまうが故、もう夜遅い時間になってしまっていた。それでも、僕の家族はそのことに何も言及しない。

 

 部屋に入り、水のペットボトルと、今日もらった薬を取り出す。思わず、笑いが込み上げてくる。僕は、声を出さないように必死に抑える。

僕はゆっくりと、味わうように、薬を喉へと流し込んだ。そして、ベッドに身を預けた。



また、真夜中に目が覚めた。狂わしいほどの絶望感が、僕を襲う。薬を飲んでも、僕は深く眠れないという事実が、僕をさらに絶望の淵に突き落とす。僕はしばらく窓から夜空を見つめたまま、そのまま何も出来ずにいた。


 その夜空には、星々が輝いていた。

 その星々の輝きは、優美で、優雅で、神秘的で、魅力的で、憧れだった。

 僕はずっと、星になりたかった。


そうしていると、僕は薬が足りないんじゃないかと思うようになった。薬の量が多ければ多いほど、それだけ深く眠れるだろうと思った。だから僕は、今目の前にある全ての薬を、飢えた獣のように飲み込んだ。








しばらくすると、自然と眠気がやってきた。この眠気に身を任せ、僕はベッドに身を預ける。そうして、僕はやっと深い深い眠りへとついた。

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