第21話 手を繋いで

「お父さんがね、おうちで独りだからご飯作らないと。だから帰らなきゃなの。車がむかえにきてるでしょう」

何回彼女からこの言葉を聞いただろうか。

今日だけで多分10回は聞いている。

「ん〜でもね、あの車はおうちとは真反対のところに行く車みたいです。そうだ佐々木さん、一緒に少しお散歩しませんか?」


高齢者の為のデイサービスで母が働いているから、暇な時は私もボランティアに行く習慣がついてから3年が経った。

最初通い始めた時は私の名前も顔も通ってる高校も、将来の夢も覚えててくれて1番仲の良かった利用者さんはいつの間にか認知症を発症して、どんどん症状が悪化していた。

今では自分の名前も覚えていない。もちろん私のことも覚えていない。最初こそショックでボランティアを1時休んだこともあったが、いまではそんな彼女とのお喋りも楽しいと思えるようになって、また通っている日々

いつの間にか夏祭りも終わって、冬の訪れと共に寒さもやってきた。

「ねえ佐々木さん、今日寒いからこのわんちゃんついてるコート着てお散歩行きましょう」

「ほんとだ。これ私のだよね。」

「そうですよ。わんちゃん好きなんですよね。この子に名前あるんですか?」

「犬だよ」

「犬って名前なんですね笑」

佐々木さんは、認知症を発症してから人格が変わった。

職員のことを怖がるようになった、心を開く職員と開かない職員がいるそうで、こんなに話してくれないという。それがどこか嬉しかった。

私のことを覚えてくれていなくても、きっと佐々木さんのどこかで私の記憶があるのでは無いかと思うから。


「佐々木さん、もう冬が来ますよ。冬は沢山美味しい食べ物がありますね。」

「…そうだねぇ。大根に柚子に、鍋も美味しいかな」

彼女と手を繋いで、秋風と木枯らしに包まれながら今日も2人でお散歩をする。

いつまでもこの日々が続いたらいいのに。

「佐々木さん、お迎えが来たみたいですよ。おうち帰りましょうね」

「また明日ね。」

「はい、また明日。寒いから暖かくしてきてくださいね」

そういって私は繋いでいた手をはなした。


その日の帰り、母から

「佐々木さん実は急に施設の入所が決まったの。御家族がもうこれ以上介護できないからって。会えるの最後だったんだよ」

と伝えられた。

佐々木さんとまた散歩に行けることも、また明日ということも叶わなくなってしまった。

冬は何時でも誰かを一緒に連れていってしまう。

そうして春が来るのだけれど

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る