鉱物研究者ですが、魔物退治はじめました。
一花カナウ・ただふみ
オパール編
第1話 左遷された先は死が近い部署でした。
バル・メルキオー
上記の者を本日付で特殊強襲部隊への転属に命ずる。
鈍さには定評のある俺であるが、この意味がわからないほど鈍感ではない。
目の前に浮かぶディスプレイに表示された人事異動の知らせを見て、俺は頭を掻いた。突然の辞令ではあるが、心当たりはある。
登庁して自分の部署に立ち入るなり道を塞ぐがごとくディスプレイが中空に展開して驚いたが、そういうことなら従うしかない。俺は慣れた操作で確認ボタンを選択して、ディスプレイを非表示にする。
同情の視線はなく、好奇の視線ばかりだ。ヒソヒソ話も耳に入るが、どうやら味方はいない。引き留めもしないあたり、巻き込まれたくないのだろう。
いい仕事、していたと思ったのにな……
目も合わせてくれないとは、昨日まで部下だった後輩たちは薄情ではなかろうか。とはいえ、自分の身を守るためには大事なことかもしれない。俺自身も、有望な彼らを道連れにする気はなかった。研究はきっと彼らが引き継いでくれるし、それなりの成果を出すだろう。人類に貢献――とまではいかずとも、この国の民を守る力に変えてくれるはずだ。
俺は少ない私物を鞄に突っ込むと、さっさと部屋を出ることにした。
「んじゃ、みなさん。お世話になりました!」
誰もこちらを見もしない。だが、それでいい。
俺は深々と下げた頭を起こし、鉱物精霊技術研究所をあとにした。
*****
精霊管理協会・特殊強襲部隊といえば、俺が研究していた鉱物人形たちが多数所属している部署だ。魔物退治のエキスパートが配属されているのだといえば聞こえはいいが、精霊管理協会ではもっとも死が近い部署である。
つまり、俺はていのいい厄介払いをされたことになる。
学部生だった頃から研究所に出入りしていた研究一筋の人間に、戦場に出向いて指揮を取れという話なのだからそういうことなのだろう。
特殊強襲部隊が待機している建物を目指して歩いていると、視線を感じた。この感じ、人間のものではない。
無視しようかと思案していると向こうから近づいてきた。
「――想像よりもはつらつとしていて驚いたぞ」
片手を上げて気さくに声を掛けられたが、俺が知っている人物ではない。
白い髪白い肌。水面のような透明感のある大きめな瞳。同じく独特の光沢のある白を基調としたローブを纏う姿は、おそらく蛋白石の鉱物人形だろう。
「バル・メルキオーだな? オレは蛋白石の鉱物人形、オパールだ。特殊強襲部隊に案内するように派遣された。よろしく頼む」
「ああ。わざわざ迎えを寄越すとは気が利いているな。俺がバルだ。こちらこそ、よろしく頼むよ」
挨拶を簡単に済ませて、俺はオパールの案内で建物の奥に進んでいく。
やがて通された部屋は、講義室のような場所だった。扉に近い場所には小さめの机と椅子がディスプレイ用のスペースと思われるまっさらな壁に向かって規則正しく並べられている。部屋の奥のほうには休憩スペースなのか、広めのテーブルの周囲に椅子が置かれていた。コーヒーメーカーがあるのだろう、コーヒー豆の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「きみはコーヒーは飲めるかい?」
奥の休憩スペースに通されて、オパールが尋ねてきた。
「飲めるし、好きだ。といっても、豆にこだわりがあるほどではないが」
「それはよかった。ここを利用する連中はみんなコーヒーが好きでな。紅茶派は別の部屋を利用している」
適当に座れと手で指示されたので俺は近場に腰を下ろす。
部屋をじっくりと見渡す。殺風景で俺たち以外の姿はなかった。
ふたりだけの部署、ということではないと思うが……
オパールがコーヒーメーカーを操作して、カップを持って戻ってくる。俺の前に置かれたカップにはいい香りを漂わせる黒い液体が注がれていた。
「ほかのメンバーは?」
「今は出払ってる。任務に出ているんじゃなくて、鍛練中だな。身体を動かしていた方がいいらしい。連携も念入りに見直さないと、すぐに四肢をなくすからさ」
まあ、オレらは回復できるから痛いだけだが、と続けてオパールは笑った。
彼なりのジョークなのだろうか。俺は腕を組んだ後、自身の唇を軽く指先で摘んだ。唇が乾いている。
「人間はそうはいかない」
「戦場に出てくれるなら、オレがきみの盾になろう」
「その申し出はありがたいが、上は望んじゃいない。身体を張るほどの価値は俺にはないよ」
そう答えて、俺は肩をすくめた。
よそに行くことを考えなくもなかったが、研究を続けるには精霊管理協会に所属していることが絶対条件で、民間では続けられない。それが《鉱物人形》という国家機密の塊に触れている者の定めなのだ。外部に情報を漏らそうものなら、おそらく秘密裏に消される。
つまり異動は温情だ。自分で死に場所を選べるだけ。
俺の言葉にオパールは意外そうな顔をして目を瞬かせた。白くてふさふさの睫毛が上下に揺れる様は、元が宝石であるだけに見惚れるほど美しい。
「そうなのか? きみは精霊使いとしての才能もあるようだし、この部署で上手くやれるんじゃないかと思うんだが」
思わぬ言葉に、俺はオパールの顔をじっと見た。鉱物人形は男性型なのだが、オパールはとても愛らしい顔立ちである。ちょっとときめいてしまって、思っていた以上に疲労が溜まっていたのだなと自覚した。
俺は首を横に振る。
「いやいや。そうやってここに引き止めろって言われているんだろ?」
「んじゃ、試してみるかい?」
そう告げて、オパールはどこからともなく小さな石を取り出した。俺の手を取ってそこに石を乗せる。
「ほら」
石は蛋白石のようだ。遊色効果のない薄緑色の石が、ぼんやりとほのかに光って見える。仕事柄、石をいくつも扱ってきたが、発光しないはずの石でこのような反応は見たことがない。
「どう見える?」
「光っている」
「だろうな。そう感じるってことは、精霊が宿っている石を鉱物人形として起動できるってことだ」
鉱物人形として起動できる? 俺が?
職業柄、石に宿る精霊の話に詳しい俺ではあるが、石の物理的な部分についての興味が高いせいか精霊や魔力の有無には無頓着だ。
そもそも、俺は生まれつき魔力量が少ない。守り石を持たずに外を歩くと魔力酔いを起こすくらいには、他人の魔力にも魔物がまとう瘴気にも抵抗力がないのだった。
そんな俺に鉱物人形たちを使役する精霊使いが務まるわけがない。
戸惑っていると手のひらから小石が取り除かれた。オパールはまたどこかにそれをしまう。
「待て待て。俺はこれまでいくつも石に触れてきた。その中には精霊が宿っていたものもある。こんな反応をしているのを見たのは今回が初めてだ」
「ふむ。それはまあ、精霊側の都合だろうな。きみが精霊使いとして無自覚だったから、気を引く必要はないと思ったんだろう」
オパールの話は興味深いが、なんとなくうさんくさい。信用できるのか怪しいと思えた。
「あんたは俺に残って欲しいのか?」
「オレの意志だけじゃない。きみを勧誘して、長くここに残ってもらいたいとみんな願っている」
この部署でなにかあったということだろう。オパールの話だけを聞いて判断するのはよくない。
私物の異様に少ない室内をちらりと見やって、俺は確認をすることにした。
「この部署、人間はいないのか?」
「先月まではいたんだが、精霊使いとして独立してしまってだな。まあ、身体を壊してしまって現場に出られなくなったからってのもあるから、栄転だろう。優秀な女だった」
「優秀、ねえ……」
興味がなかったから官報を見なかったが、たぶん彼女の名前はそこに書いてあったのだろう。優秀というのが事実ならば、必ずあるはずだ。
「期待されても、俺は応えられないと思うが」
「才能の開花なら、オレを使うといいぜ?」
テーブルを挟んで反対側にいるのだが、オパールは身を乗り出すようにして顔を覗き込んできた。ギョッとして身をひき、俺のために用意されたコーヒーを啜る。苦味と酸味のバランスが俺好みだ。美味しい。
「……グイグイ来るな」
「きみと一緒に仕事をしてみたかったんだよ」
にこにこと人懐っこく迫ってくるので、俺は首を傾げた。
「俺はあんたに会ったことがあるのか? あまり人の顔と名前は覚えられなくて、忘れているなら申し訳ない」
するとオパールは首を横に振った。
「あったとしても、鉱物人形は基となった石が同じなら外見にほとんど差異がない。見分けられなくても仕方がないことだな」
「じゃあ」
「心配せずとも、オレときみは初対面だ。きみの書いた論文に毎回目を通していたってだけで」
なるほど、と理解した。
鉱物人形についての研究論文は国外に発表できないものではあるが、精霊管理協会の者であれば閲覧可能になっている。俺が関わった研究――精霊が宿る石から鉱物人形を起動するにあたっての魔法式の確立と鉱物人形の強度については、比較的閲覧回数が多い研究論文だ。
「……鉱物人形って、ああいう論文も読むのか」
「強くなりたいからなあ。みんなを、そしてマスターを守れる強さを、オレは欲している。きみが書く論文は、鉱物人形がどういう構造をしているのか、どのように魔力を利用しているのか、そういったことに精通している。これまでの考え方から逸脱している箇所もあって、実に興味深い」
そこまで捲し立てるように告げると、突然両手をポンっと合わせた。
「そうだ。きみが望むなら、オレの身体を貸すぞ?」
あまりにもキラキラした眼差しをこちらに向けながら突拍子もないことを言い出すので、俺は苦笑する。
「いやあ、要らない、かな……。ファンがこんなところにいたとは」
「オレだけじゃない。今回、きみを迎えるために編成を変えてもらった。その方が戦果も上げやすいだろう? きみが協会にとってどれだけ有益な存在なのかを示したい」
ずいぶんと協力的だ。研究所でもこんなに好意的に扱われたことはない。なんだというのだろう。
「それはありがたいが……有益なことが証明できたら、俺は元の部署に戻されるんじゃないか?」
「それはそれでいいさ。オレはきみの新しい論文が読みたいからなあ」
うっとりとしながら告げるような台詞ではないと思うが。オパールは残念な美人である。
「ずいぶんと変人だな」
「おいおい、あきれてくれるな。なんなら、ちゃんと論文を読んでいるかどうか、質問してくれていいんだぜ? 学部生時代のものから最新の論文まできっちりここに刻んでいるから、確認してくれよ」
そう告げて、オパールは自身の頭を指差した。
「なら、試してみるか」
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