第3話


 イデアルの街、その最北端。

 本屋の女店主から聞いた個人経営の小さなラボは確かに存在していた。


「……ガラクタの、山?」

「失礼だよクー」


 クオリアの言う通り外観はガレキの山であるが、その内部は確かに人が住める構造を残しておりラボと呼べなくもない。

 よく見れば小さな部品の数々はドールを構築するものであり、職人の住処というのは本当なのだろう。


「ごめんください」


 ドアノックが無いのでドアを軽く叩いてみる。

 返事は無いが、代わりに部屋の奥で大きな音が鳴り響いた。二人は互いに顔を見合わせて困惑するが、アウスは意を決してドアノブに手を掛け、恐る恐る開いてみた。


「入りますよ〜?」

「アウス、危ない」

「え? ーーーーあだッ!?」


 クオリアの言葉に反応するより早くに飛来したもの。それは小指の第一関節ほどの“ナット”であった。

 勢いよく額で受け止めたアウスは尻餅をついたが、コロコロと地面を転がるナットを摘み上げると、それが飛んできたであろう場所へと視線を上げる。すると奥で作業していたらしき職人が怪訝な目をこちらに向けていた。


「なんだ、客かい?」


 油で汚れた頬を拭いながら現れたのは年端もいかない少女だった。歳は恐らく十六か十七だろうか、鋭い三白眼と黒いバンダナが印象的だ。


「……いてて、君がこの街の職人さんでいいのかな?」

「そうだけど……誰だいアンタ、この辺じゃあ見ない顔だね」

「僕はアウス。旅をしながらドール達を調整しているんだ」

「職人……ってことは魔導機巧士(クリエイター)なのか?」


 アウスは頷くと、改めて少女のラボを見渡した。

 外観は乱雑な印象を受けたが、それに反して内側は簡素な造りとなっていた。ラボと呼ぶに相応しい道具の数々が並んでいる。

 どれも年季を感じさせるが手入れが行き届いており、大切に扱ってきたのだろうと見て取れた。

 道具を見ればその職人の力量が理解できる。このラボの主はまだ若いが、確かな技量があるのだとアウスはひとり納得した。


「なんだい人の顔を見てニヤニヤして、気持ち悪いヤツだな」

「あはは、ゴメン。それと良かったら名前を聞いてもいいかな?」

「名前? あたしはセリエ・フロキスってんだ。見たまんま魔導機巧士(クリエイター)一本で食ってる職人だよ」


 セリエと名乗った少女は袖を捲り上げた腕をグッと上げて見せた。顔から指の先まで油と煤で黒ずんでおり、とても年頃の少女の姿とは思えない。手もマメだらけだ。

 このご時世、個人で魔導機巧士(クリエイター)として生計を立てるのは難しいとされている。理由は簡単だ。部品の流通が都市部に集中しており、無名の小さなラボでは在庫の確保が困難だからだ。

 仮に早期にドールの不調に気付けたとしても、その状況に応じた整備をしようとすれば腕の良い職人だけでは成り立たないーーーーあらゆるトラブルに対応するには潤沢な部品が必要だ。

 ラボの外にある使い古された部品の数々がそれを物語っている。セリエはかき集めた部品の中から使えるものを選定した結果だろう。


「今はひとりで職人を?」

「ああ、そうさ」

(年齢から考えるに、相当腕の良い師匠が居たんだな。父親なのかそうじゃないのか……初対面でそこまで聞くのは野暮だね)


 アウスは僅かな興味を喉の奥に押し込む。それと同時に、セリエはアウスの後ろに隠れる様に立っていたクオリアの顔を覗き込んだ。


「…………」


 クオリアは何のリアクションも示さない。

 自らをドールと認識した人間に対してはそうする様にアウスから言われていたからだ。言葉を話す、反応を示すといった行為はドールである根底を覆す事に繋がる。

 旅を続ける中で結ばれた絶対的な約束だった。

 だがしかし、セリエは軽くクオリアの頭から爪先までを一瞥すると「……この子はドールだね。どこか調子が悪い様にはーーーーうん、見えない」と言ってのけた。

 アウスはやや驚いたが、彼女はやはり腕の良い職人なのだなと再確認し、ゆっくりと首を縦に振った。


「うん、どこも悪いところはないよ。僕はイデアルの……この街の職人事情について聞きに来たんだ」

「…………この街の?」


 訝しげな目を向けるセリエ。

 だが同時に、荒々しくドアがノックされた。


「ごめんくださいよ〜セリエちゃん」

「!? アイツら、また来やがったな」

「あれは……」


 現れたのは二体のドールを従えた中年の男だった。黒髪を後ろで結び、金縁の眼鏡を掛けた痩せ型の男だ。

 男は不適な笑みを貼り付けたまま、セリエのラボをぐるりと見渡しため息を吐いた。


「そろそろ良い返事を貰いたいんだがね? おや、お客さんが居たのかい」

「そうだよ帰んな、ゲルドル」

「嫌われたものだね。俺はただ、君にとって美味しい話を持ってきただけなのに」

「なにが美味しい話だ。あたしはこのラボを離れる気はないよ!」

「ふむ、いつまで経っても話は平行線……っと」


 薄く苛立ちを含んだ言葉を吐くと、ゲルドルは眼鏡に指を置きつつ、二体の男型ドールに向けてポツリと指示を出した。


「ーーーーもう待つのはやめだ、潰せ」

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