第2話


 ▪️違和感


 アウス達が滞在しているイデアルという街は大陸では中規模なものだった。

 多くの行商人が横行し賑わいをみせるが、街の各所では魔道式機械人形(マギアドール)が労働力として働く姿が散見できる。

 クオリアを除くドール達は自らの意思を持たず、人間の指示を淡々と聞くだけの存在。機械の身体と魔力で動く彼ら、彼女らは、その卓越した身体能力を遺憾無く発揮して人間の生活を豊かにするのだ。


「…………」


 時折、クオリアの視線がドール達に向くのをアウスは知っていた。

 自分と同じ存在であるにも関わらず、自らの意思を持たないドール達に抱く感情が何なのか、それはクオリア本人しか知り得ない。

 考えたところで真意は見えない。アウスはそこで思考を切り、辿り着いた建物の前で足を止めた。


「さあ、本屋に着いたよ」

「……ん」


 街の景観と似つかわしい随分と古い建物だ。

 コンクリートで固められた壁面はどこか冷たさを感じるが、対して店主である初老の女性は穏やかな表情で本棚を眺めていた。


「おはようございます」

「あら、少し前に見た顔だね」


 アウスは笑顔で「また本が欲しくなりまして」と答えると、すっかり本に興味を向けたクオリアの肩に手を乗せた。


「好きな本を持っておいで」

「いいの?」

「この街にはまだまだ滞在しないといけないらしい」


 外を眺めるアウスの表情は憂いていた。視線の先には街で働くドール達が映っている。


(動きが不自然だな……ただの素体のメンテ不足か、もしくは偽魂の定着が浅いか)


 遠巻きに見るだけでは詳細は分からないが、この街に存在するドール達は目に見えて整備が行き届いていないのは明白だった。

 数日の滞在で分かった事は多いが、その中でも一番問題視されるのは『魔導機巧士(クリエイター)』の少なさだろう。

 魔導機巧士(クリエイター)とはドール達を整備する職人の総称であり、アウスもその一人だった。

 流浪の職人であるアウスは整備の行き届いていないドール達を調整する旅をしているが、ここまで職人の少ない街は初めてだ。存在するドールの数から考えても異常だと言える。


「すみません、少しお聞きしたいのですが」

「なんだい?」

「この街に『ラボ』はありますか? 見た所、それらしき施設は無さそうですが……」

「ラボねえ……昔は有ったんだけど、ずっと昔に職人達が居なくなってからはーーーー」


 老眼鏡を外した店主は目を伏せると、懐から小さな球状の物体を取り出した。


「それは……偽魂ですね」

「そうさね。もう動かなくなって解体された、私の家族だよ」


 後ろに飾られた写真に映る若い頃の店主と女性型のドール。無限の命が約束されるドールに寿命があるとすれば、魔導機巧士(クリエイター)による整備が出来ずに起こる機能不全くらいだろう。

 大規模なラボが見当たらない以上、恐らく個人の魔導機巧士(クリエイター)がメンテナンスをしていると考えられる。ともなれば、職人の手が足りないのは明白だ。


「個人経営のラボはどこにありますか?」

「それならココを出て左に行くといいよ。煙突が見える小さな家に、腕の良い若い職人がいるさね」

「ありがとうございます」

「……アウス」


 話が済んだ頃を見計らったように、五冊の本を胸に抱いたクオリアが姿を見せた。


「本は決まったかい?」

「うん、コレ」

「ではこの本を下さい」

「あいよ。ああそれとお兄さん、そのラボに居る職人は少しクセが強いから気をつけるんだよ。特に魔導機巧士(クリエイター)が嫌いでね」

「自分も魔導機巧士(クリエイター)なのにですか?」

「その子にも色々あるんだよ。でも根は良い子だから、根気よくね」

「分かりました、ありがとうございます」


 買ったばかりの本をリュックに入れると、アウスは店主に頭を下げて店を後にした。


「次はどこにいくの?」

「ん、少し気になる場所ができたんだ」


 街には大量のドール達、そしてそれを整備する職人の少なさ。アウスは店主から聞いた職人の住むラボへと向かうと決めた。

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